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第1話:死体探しの映画!

魔導豪華客船『シルバー・ウィング号』が、音もなく高度を下げていく。

窓の外に広がるのは、雲海を突き抜けて聳え立つ、白亜の巨塔群だった。

合理魔法都市・テロス。


「……素晴らしいですわ」


特等室の窓辺で、漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスは、感嘆の溜息を漏らした。

眼下に広がる都市は、幾何学的な美しさで構成されていた。

魔力光で舗装された道路、完璧に区画整理された居住区、そして空を音もなく行き交うリニア・チューブの光帯。

そこには、ナラが知る王都の雑多さも、スラムの汚濁も、一切存在しなかった。


「見てくださいまし!お母様!……塵一つ落ちていませんわ!」


「ふむむ。…た、大気中の魔素浄化率99.99%!?……論理的に考えて、これは『無菌室』だね!これは凄いことだぞナラ君!」


白衣のマッドサイエンティスト、エラーラ・ヴェリタスも、分析端末を片手に唸った。


「犯罪率ゼロ、貧困率ゼロ、失業率ゼロ。……まさに、ユートピアの具現化だ!」


「ええ。……ここには、あたしが大ッッッ嫌いな『理不尽』がありませんもの!」


ナラは目を細めた。

かつて未来の地獄で泥水を啜り、理不尽な暴力と飢えに苦しんだ彼女にとって、この「整然とした平和」は、喉から手が出るほど欲しかった理想郷に見えた。

誰もが満たされ、誰もが傷つかない世界。

それこそが、あたしたちが目指すべきゴールなのではないか。

船が着陸する。

入国審査は、網膜スキャン一つで完了した。


「ようこそ、結果の国へ。貴女方の滞在が、有意義な『成果』をもたらしますように……」


・・・・・・・・・・


都市管理省、第4データ処理室。

淡いブルーの光に包まれた静謐なオフィスで、アキはホログラムのディスプレイを操作していた。


「……タスク完了。効率変動なし」


彼女の指先が空中で止まる。

隣のデスクで、同僚の女性が立ち上がった。

彼女は、穏やかな微笑みを浮かべていた。


「皆さん。……お世話になりました」


オフィスの全員が手を止める。

アキも顔を上げた。同僚の頭上に表示されたステータスウィンドウには、『生産性低下』という赤い警告灯が灯っていた。


「私の存在が、システム全体への愛を損なう前に、私は『最適化』を選びます」


彼女は、誇らしげに言った。

周囲の同僚たちが、静かに拍手を送る。

誰一人、涙を流さない。

悲しむことは「非効率」であり、彼女の崇高な決断への冒涜だからだ。

彼女は、オフィスの隅にある白いカプセルに入った。

シュゥ……という音と共に、彼女の身体は光の粒子へと分解され、都市のエネルギー循環システムへと還元された。

即座に、彼女のデスクは床下に収納され、壁からは「彼女の貢献を称える電子プレート」が出現した。


「……美しい」


アキは、口の中で呟いた。


早く生き、成果を出し、早く死ぬ。


それは、最も効率的な生命活動の「結果」だ。

そこには、老いの醜さも、病の苦しみも、別れの未練もない。

これこそが、我々が手に入れた「人間性」であり、「愛」なのだ。

アキは再び業務に戻った。

だが、胸の奥にある冷却された心臓が、わずかにノイズを立てている気がした。


その夜。

アキは自室の端末で、廃棄予定のデータアーカイブを整理していた。

それは「旧時代の非効率な遺物」として、削除される運命にあるデータ群だ。

その中に、一本の映画ファイルがあった。


「……なんだ、これは」


アキは再生ボタンを押した。

画面の中に映し出されたのは、4人の少年たちだった。

彼らは、線路の上を歩いていた。

ただ、歩いていた。


「……目的は?」


アキは解析を試みる。

彼らは「死体を探しに行く」と言っている。だが、死体を見つけたところで、彼らの生産性が上がるわけではない。社会的地位が向上するわけでもない。

彼らは無駄口を叩き、転び、喧嘩し、そして笑い合っている。


「……非効率だ」


アキは眉をひそめた。

彼らの行動は、全てが「無駄」で構成されている。


だが。


アキの指は、停止ボタンを押せなかった。

少年たちが焚き火を囲んで語り合うシーン。

一人が泣き出し、もう一人が肩を抱く。

そこには、何の成果もなかった。

問題は解決していないし、彼らの境遇が変わったわけでもない。


なのに。


画面の中の彼らは、テロスの市民が決して見せない表情をしていた。

熱っぽく、痛みを含んだ、生き生きとした目。


なぜ。


アキの思考回路がエラーを起こす。

ここには「結果」がない。あるのは、ただ長く、苦しく、無意味な「過程」だけだ。

なのに、なぜこんなにも……胸が焼けるような感覚がするのだろう。


『通信を受信』


恋人のハヤトからのメッセージだ。


『思考ノイズを検知。アキ、何を視ている?』


アキはハッとして、画面を消した。


『……古い「映画」だよ』


『ならば、その視聴から得られる最適解を要約して転送しろ』


アキは、キーボードに手を置いた。

最適解。教訓。メリット。

この映画から得られる「結果」とは何か?


「……これは、結果を求めるものじゃないんだ」


アキは送信した。


『結果を伴わない行為は、存在してはいけない。それはリソースの浪費であり、最大の悪だ』


ハヤトの返信は、冷徹で、そして、正しかった。

この国では。

アキは、黒い画面に映る自分の顔を見た。

無表情で、整っていて、そして死人のように蒼白な顔。

あの少年たちのような「熱」は、どこにもなかった。

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