第2話:Sleepless Forest Beauty
主題歌:MEGAZONE23 Ⅲ/眠れぬ森の美女
https://youtu.be/lZ0lecw_-kM?si=XU7NrnVwIYa17mY6
王都北端。廃棄された魔導放送塔。
錆びついた鉄骨が天を突き刺すその塔の頂上付近を、ナラティブ・ヴェリタスは駆け上がっていた。背中にはルミ。肺が焼けつくような呼吸音だけが、鼓膜を叩く。
下からは、黄金の光が迫ってくる。
『民の声』が、塔をよじ登ってきていた。
支持率は、99.9%。
国民の熱狂は頂点に達し、ゴーレムの装甲はダイヤモンドよりも硬く、その炉心は核融合炉並みのエネルギーを蓄えている。
『逃がさんぞ、誘拐犯! 正義の裁きを受けろ!』
宰相レイノルズの声が、ゴーレムのスピーカーから轟く。
極太の熱線が放たれる。ナラは鉄扇で防御するが、衝撃で鉄骨ごと吹き飛ばされそうになる。
「くっ……!火力が!」
エラーラからの通信が入る。
『ナラ!奴のエネルギー値が計測不能だ! まともにやり合えば蒸発するぞ!』
「わかってるわよ! ……でも、やるしかないの!」
ナラは、頂上の放送室にたどり着いた。
錆びた扉を蹴り破り、ルミを中へ押し込む。
「入りなさい!古い機材だけど、回線は生きているはずよ!」
「ナラさんは!?」
「私はここで食い止める! ……あんたは歌いなさい!真実の歌を!」
ナラは扉を閉め、鉄扇を閂代わりにしてロックした。
そして、迫りくる黄金の巨像に向き直った。
「……さあ、人気者。メッキを剥がしてやるわ!」
ナラは、死を覚悟して突っ込んだ。
鉄扇による斬撃。体術による打撃。
だが、ゴーレムには傷一つ付かない。「支持」という名のバリアは、物理攻撃を無効化する。逆に、ゴーレムの拳がナラを捉える。
ナラの身体が宙を舞い、鉄骨に激突する。肋骨が折れる音。口から血が溢れる。
圧倒的な敗北。
(……ここまで、か)
意識が霞む。ゴーレムが、トドメの熱線をチャージする。
その光の中で、ナラは放送室の扉を見た。間に合ってくれ。ルミ。
その時。
王都中のスピーカーから、ノイズが走った。
『……聞こえますか、王都の皆さん』
澄んだ、悲しげな声。歌姫ルミの声だ。
ゴーレムの動きが止まる。街中の人々が、空を見上げる。
『私は、誘拐されたのではありません。……逃げていたのです。私が信じ、愛していた人……レイノルズ宰相から』
ルミの声は、涙に濡れていた。
『彼は、私を愛していると言いました。でも、裏では私を「便利な広告塔」と呼び、汚いお金の受け渡しに使っていたのです。……これが、証拠です』
音声データが再生される。宰相の肉声だ。
『国民なんて、家畜だ』
『金だ。裏金を集めろ』
『逆らえば、社会的に抹殺するぞ』
あまりにも醜悪な、本音の数々。
静寂。そして――爆発。
愛は、反転した。
熱狂的な支持は、瞬時にして、どす黒い殺意と軽蔑へと変わった。
「信じていたのに裏切られた」という怒りは、最初から敵だった場合よりも遥かに強い。
ゴーレムが、悲鳴を上げた。
エネルギー供給源である「支持」が断たれ、代わりに「殺意」が逆流してきたのだ。
システムが許容量を超え、エラーを起こす。
『警告。支持率低下。』
黄金の装甲が、泥のように剥がれ落ちていく。
輝きが失われ、中から錆びついた鉄骨が露わになる。
ナラは、血を拭って立ち上がった。
目の前の怪物は、もう無敵の神ではない。ただの、張りぼてのガラクタだ。
「……閉会式よ!!」
ナラは、残った力を振り絞り、跳躍した。
鉄扇を最大出力で展開し、脆くなったゴーレムの核を一撃で粉砕する。
巨像はバランスを崩し、放送塔から落下していく。
地面に激突し、バラバラに砕け散る黄金の残骸。
それは、一人の権力者の栄光と没落を象徴するような、あっけない最期だった。
・・・・・・・・・・
数週間後。
王都は、かつてない熱狂に包まれていた。
ただし、その熱狂の対象は変わっていた。
街頭ビジョンには、連日連夜、ルミの姿が映し出されている。
『腐敗と戦った聖女ルミ!涙の復活コンサート、チケット即日完売!』
『歌姫の再来!新時代の象徴!』
画面の中のルミは、純白のドレスに身を包み、悲劇を乗り越えた聖女として、民衆の心を完全に掌握していた。彼女の歌声に、人々は涙し、新たなカリスマの誕生を祝っている。
宰相レイノルズは失脚し、逮捕された。
獣病院の応接室。
ナラティブ・ヴェリタスは、包帯を巻いた腕でコーヒーカップを持っていた。
目の前のテーブルには、山積みの札束が入ったアタッシュケースが置かれている。
依頼料の10倍はある。
「……どゆこと?」
ナラは、目の前のソファに優雅に座る女性を睨んだ。
ルミだ。
だが、彼女はもう、あの雨の夜に震えていた少女ではなかった。
サングラスを外し、高級な煙管をふかしながら、艶然と微笑んでいる。その瞳には、怯えも、正義感も微塵もない。
あるのは、底知れぬ野心と、勝利者の余裕だけだ。
「ボーナスよ、探偵さん。最高の……『共演』への対価」
ルミは、紫煙を吐き出した。
「貴女のおかげで、計画は完璧に進んだわ。宰相の失脚、私の好感度の爆上げ、そして……彼が隠し持っていた裏金口座のパスワードの入手」
「……?」
ナラの思考が停止する。
「パスワード? ……あんた、正義のために告発したんじゃ……」
「まっさかぁ!──政治なんて興味ないわ。」
ルミは鼻で笑った。
「私、次のステップに進みたかったのよ。この国での人気は頭打ちだったし、宰相も飽きてきたし。……次は帝都の皇太子あたりを狙おうと思ってるんだけど、それには『箔』と『軍資金』が必要でしょう?」
ルミは、まるで今夜のディナーの話でもするように、淡々と語る。
「だから、宰相を脅したの。『手切れ金として全財産を寄越しなさい。さもなくば証拠をばら撒く』って。……彼が逆上して『民の声』を差し向けてくるのはもちろん計算通りよ」
「計算通り……?あんた、死ぬところだったのよ!?」
「ええ。だから、『最強の盾』を用意したんじゃない」
ルミは、ナラの顔を覗き込んだ。
「すべて、計画通りよ。私が貴女の前で、『わざわざ』エラーラ女史に相談したのもね」
ドクン、とナラの心臓が跳ねた。
あの日。雨の夜。
ルミは最初にエラーラに頼み、断られた。
エラーラは言った。『リスクとリターンが見合わない』と。
それを見て、ナラは義憤に駆られて引き受けた。『見捨てるなんて最低だ』と。
「エラーラ女史は完璧だわ。完璧に合理的よ。完璧だから、こんな見え透いた塵案件には手を出さない。絶対に断ると分かっていたわ。……でも、貴女は違う。迅速に動いた。」
ルミは、悪魔のように目を細めた。
「冷徹な母親に拒絶された可哀想な少女……そんな『絵』を見せれば、貴女は意地でも私を守ろうとする。……同情と、母親への反発心を利用すれば、貴女という最強の戦力を確実に縛り付けられる」
ナラの背筋に、氷のような寒気が走った。
守っていたのではない。
利用されていたのだ。
あの涙も、逃走劇も、放送塔での演説も。
すべては、ルミが「悲劇の歌姫」として再ブレイクし、宰相の財産を奪ってのし上がるための、壮大なプロモーションビデオの撮影だったのだ。
ナラは、自分の手を見た。
命を懸けて守ったものは、少女の未来ではなく、悪女の野望だった。
私は、踊らされていた。
彼女の書いた脚本の上で、道化のように。
「……あんた、化け物……ね」
ナラが呻く。
ルミは立ち上がり、サングラスをかけ直した。
「褒め言葉として受け取っておくわ。……この街でトップを張るなら、これくらいの『脚本』は書けなきゃね」
ルミはドアノブに手をかけ、最後に振り返った。
「さようなら、正義の探偵さん。……貴女のアクション、最高のスパイスだったわ!おかげで、私の『悲劇』は、より一層……リアルに映ったもの!」
ルミが出ていく。
外では、彼女を待ち構えるパパラッチのフラッシュが、雷光のように瞬いていた。
歓声が、聞こえる。
残されたナラは、テーブルの上の札束を見つめ、呆然と立ち尽くした。
怒りすら湧いてこない。ただ、底知れぬ徒労感と、自分の浅はかさへの絶望だけが胸に広がる。
そこへ、奥の研究室からエラーラが出てくる。
彼女は札束を一瞥し、いつもの調子で言った。
「……やれやれ。……だから関わるなと言ったのだ」
エラーラは、コーヒーを淹れながら、諭すように続けた。
「彼女の瞳孔、心拍数、発汗量……。最初の依頼の時から、全ての生体反応が『演技』を示していたよ。彼女はプロだ。自分自身すら騙して、涙を流せるタイプの……」
「気づいてたなら止めなさいよ!」
ナラは力なく悪態をついたが、その声には覇気がなかった。
「止めても無駄だっただろう?君は、『他人の物語を守るという自分の物語』を守るために戦ったつもりで、実のところは脇役として、塵のように使い捨てられたんだ」
エラーラの言葉が、鋭利な刃物のようにナラのプライドを切り裂く。
脇役。
ナラティブ・ヴェリタスが、誰かの引き立て役。
完敗だ。
政治家の汚職も、民衆の暴走も、全てはこの若き歌姫の手のひらの上で踊らされていただけだった。
ナラは、札束を鷲掴みにした。
札束の厚みが、自分の愚かさの重みのように感じられた。
「……食べにいくわよ、お母様」
ナラは、立ち上がった。
その目には、悔しさと、そして一種の開き直りの色が宿っていた。
「王都で一番高いハンバーガーを、死ぬほど食べるわ。……この汚い金でね。」
「ふむ。……やけ食いか」
「いいえ!……出演料の回収よ!」
ナラティブ・ヴェリタスは、札束をポケットにねじ込み、ふてぶてしく歩き出した。
彼女の足取りは荒かった。
街頭ビジョンでは、ルミが涙ながらに新曲を歌っている。
その歌声は、皮肉なほどに美しく、王都の夜に響き渡っていた。
真実など、誰も求めていない。
大衆が求めたのは「スキャンダル」であり、ルミが求めたのは「踏み台」だった。
ナラは、夜空を見上げた。
星は見えない。王都の人工的な光が、空を白く染めている。
「……次は、もっと高いギャラを請求してやるわ!」
ナラは、夜の街へと消えていく。
騙され、傷つき、利用されても、タダでは転ばない。
それが……この嘘と欲望にまみれた街で生きる、探偵の唯一の流儀なのだから。




