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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
歴史を書き直すもの
134/253

第1話:歴史を修正する現在!

第101実験歩兵大隊所属、アルト二等兵は、手にした「武器」を、睨みつけていた。


「……クソ!また魔導回線が湿ってやがる!」


アルトが握りしめているのは、王都軍工廠が開発した最新鋭、試作魔法式小銃『M−1』だ。


魔法。

その言葉を聞くだけで、アルトの心臓は早鐘を打つ。

この国において、魔法とは「災厄」であり、「格差」の象徴だった。

10年前、王都で起きた「魔導産業革命」。

一部の資本家たちが、安価で効率的な「自動魔導織機」や「ゴーレム農耕」を導入した。国は爆発的な経済成長を遂げ、王都の中心部にはビルが建ち並んだ。

だが。

その影で何が起きたか。

魔力を持たない職人たちは誇りを奪われ、燃料代も払えない貧民たちは職を失い、路頭に迷った。

失業率は跳ね上がり、路地裏には餓死者が溢れた。


当時、高校生だったアルトの家も貧しかった。燃料が高騰し、薪も買えない冬の日。

パン屋を営んでいた両親は、飢えたアルトのために、ある「禁忌」を犯した。

燃料を使わず、自らの手から生じる不思議な熱、魔力を使って、パンを焼いたのだ。

それが悲劇の引き金だった。

暴徒化した失業者たちのデモ隊が、店に雪崩れ込み、燃料もないのにパンが焼けているのを見て、狂乱した。


「こいつらは、俺達から仕事を奪った『魔法使い』だ!」


両親は、暴徒たちに殴り殺された。「家庭で個人的に魔力を使った」という、ただそれだけの理由で。

アルトは押し入れの中で息を殺し、震えていた。

彼にもまた、両親と同じ「能力」が備わっていたからだ。

現在の王都において、彼らのような生まれながらの魔力保持者は『マギア・ギフテッド』と呼ばれ、エルフ並みの天才として、国から莫大な支援と尊敬を受ける存在だ。

だが、60年前のこの時代において、それは「忌むべき異物」であり、貧困層の「憎悪の捌け口」でしかなかった。

両親を殺され、家を焼かれ、行き場を失ったアルトに残された道は一つしかなかった。

その「呪われた才能」を軍に売り渡すこと。

皮肉にも、アルトの魔力適性は極めて高く、軍はこのM−1小銃を扱うのにうってつけの「部品」として彼を歓迎した。

アルトはM−1の冷たい銃身を撫でた。

両親を殺した呪われた技術。

自分の人生を殺した呪われた力。

それを使って、今度は、顔も知らない敵を殺す。


「……死にたい」


アルトは呟いた。

隣で泥水を啜っていた小隊長、ガイル軍曹が、アルトの銃を見て軽蔑の眼差しを向ける。


「おい『魔法使い』。お前の棒きれ、ちゃんと動くんだろうな?」


「わかりません、軍曹。インジケーターが……」


「知らねえよ役立たず!……いいか?俺はお前みたいな『魔法使い』が大ッ嫌いだ。いざとなったら皆の盾になって死ね。それがせめてもの罪滅ぼしだろ!」


味方からも嫌われ、敵からも狙われる。それがアルトの居場所だった。


「……来ます」


アルトが泥に耳を押し当てて言った。

霧の向こうから、黒鉄の影が迫ってくる。

帝都軍だ。

彼らは魔法を断固として拒絶し、汗と筋肉と鉄だけを信じる国。

アルトの両親を殺した暴徒たちが求めていた、「まともな人間」の理想郷。

整然と行進する彼らの姿は、あまりにも眩しく、正しく見えた。


「総員戦闘配置ッ!」


号令と共に、兵士たちがM−1を構える。

霧を裂いて現れたのは、帝都の重装歩兵大隊だった。

彼らは全身を鋼鉄のプレートメイルで覆い、手には巨大な戦斧や、大口径の火薬式小銃を持っていた。

アルトは息を呑んだ。

美しい、とさえ思った。


「……撃て」


ガイル軍曹が、吐き捨てるように命じた。

アルトは震える指で引き金を絞った。

間の抜けた、空気を切るような音がした。

乾いた音が響くたびに、勇敢な戦士たちがバタバタと倒れていく。

叫び声もない。苦悶の表情もない。ただ事務的に命が消える。


「……気味が悪い」


隣の兵士が青ざめた顔で呟いた。

帝都兵たちは、次々と仲間が倒れても止まらなかった。彼らは死を恐れていないのではない。魔法という「わけのわからない力」で、戦うことも許されずに殺されることに激怒し、その怒りを動力源に突っ込んでくるのだ。

一人の帝都兵が、咆哮と共に塹壕の縁まで肉薄した。

振り上げられた戦斧が、鈍い光を放つ。

標的は、隣にいたガイル軍曹だ。

アルトは反射的に照準を合わせ、引き金を引いた。

帝都兵の眉間に青い痣ができ、彼は巨木が倒れるように絶命した。

その目は、アルトを睨みつけたままだった。


「……ごめんなさい、ごめんなさい……!」


アルトは、謝りながら撃ち続けた。

彼には、自分がこの世で一番卑劣な存在に思えた。

生まれ持った「才能」のおかげで、自分よりも遥かに立派で、遥かに強い人間を、指先一つで殺せてしまう。


緒戦は王都軍の勝利だった。

だが、塹壕には歓声の一つも上がらなかった。

漂うのは、得体の知れぬ武器で人をなぶり殺したという薄気味の悪い不快感と、次にやってくるであろう「正義の報復」への恐怖だけだった。


「……撤退しましょう、軍曹」


アルトはガイル軍曹に懇願した。


「こんなの戦争じゃありません。いつか必ずしっぺ返しが来ます。今のうちに下がらないと、僕たちは……」


ガイル軍曹は、泥だらけのタバコを噛みながら、不愉快そうに首を振った。


「この地方を確保するまで一歩も引くなとの、命令だ……」


アルトは唇を噛んだ。


翌朝。

地平線を黒く塗り潰すほどの黒煙。そして、大気を震わせる蒸気の咆哮。

帝都の主力戦車隊の登場だった。

それは、巨大な猪をベースに、蒸気機関と鋼鉄の装甲を外科手術で融合させた、生体兵器の極致だった。

魔法という「虚構」を粉砕するための、「物理」の塊。


「撤退!総員退避ッ!」


誰かの絶叫が響く。

だが、遅すぎた。

戦車の群れは、塹壕を紙細工のように踏み潰しながら突進してきた。

アルトたちはM−1を乱射した。

雨足が強まっていた。

繊細な魔導回路が湿気を吸い、絶縁不良を起こす。

アルトの隣にいた兵士が悲鳴を上げた。

銃身が赤熱し、魔力が逆流して暴発したのだ。兵士の手指が炭化し、吹き飛ぶ。

アルトの銃も異音を立てていた。


「頼む!動いてくれよ……!」


アルトは祈りながら引き金を引いた。

弱々しい光弾が放たれる。

しかし、それは戦車の分厚い脂肪と鋼鉄の複合装甲に当たると、煙も建てずに弾けて消えた。


「魔法が効かねぇぞ!」


パニックが伝染する。

魔法使いの小細工など、圧倒的な質量と熱量の前では無力だった。

戦車の背中からガトリング砲が火を噴いた。

鉛の雨。

アルトと同じ「ギフテッド」の少年たちが、次々と肉塊に変わっていく。

これが、罰だ。アルトは思った。

禁忌の力に手を染めた者たちへの、鉄の断罪だ。


「うおおおおおっ!!」


ガイル軍曹が、腰のブロードソードを抜いて戦車に立ち向かった。


「王都の意地を見せてやる!さあ!かかってこい鉄屑ッ!」


勇猛だった。魔法に頼らない、本物の戦士の姿だった。

だが、戦車は気にする素振りもなく、軍曹をゆっくりと踏み潰した。


「う、あ……あああッ……!」


アルトは腰を抜かした。

帝都は、正しい。

筋肉こそが、鉄こそが、この世界の真理なのだ。

俺たちは間違っていた。楽をして勝とうなんて……思い上がっていたんだ。

アルトは壊れた銃を引きずり、廃墟と化した石造りの教会に逃げ込んだ。

だが、そこは袋小路だった。

教会の外周は、帝都軍の重装歩兵たちによって完全に包囲されつつあった。


「……あ、あ……もう駄目だ……」


ロディが血の泡を吹きながら、絶望に震える。

他の兵士たちも、弾切れの銃を握りしめ、死を待つだけの肉塊と化していた。

アルトは、震える手でM−1小銃を握りしめた。

こんなオモチャで何ができる。

こんな……こんな、親を殺した呪われた力で。

だが。

アルトは見た。ロディのポケットから覗く、故郷の恋人の写真を。

自分より若い兵士が握りしめる、母親からの手紙を。


(……クソッ)


国なんてどうでもいい。魔法なんて大嫌いだ。

でも、こいつらは。

同じ泥水を啜った、この仲間たちだけは。ここで、鉄の蹄に踏み潰されていいはずがない。


「……裏口だ」


アルトは静かに言った。


「え……?」


「教会の裏に地下水路がある。そこならまだ、戦車は回ってきてない。お前ら……そこから逃げろ。」


「で、でもアルト、お前は……」


アルトは、M−1小銃の安全装置を解除し、リミッターを外した。


「俺が残る。……『魔法使い』は、こういう時のためにいるんだろ」


アルトはニヤリと笑った。


「行け!」


アルトの怒声に弾かれるように、負傷兵たちはロディを担ぎ、裏口へと走った。

アルトは、振り返らなかった。

一人になった教会。


扉が吹き飛んだ。

黒煙と共に、帝都の重装歩兵たちが雪崩れ込んでくる。

先頭には、巨大な戦斧を持った隊長。


「……降伏せよ」


隊長が言った。

アルトは、M−1を構えた。銃身が白熱し、バチバチと火花を散らしている。


「断る」


アルトは引き金を引いた。

通常とは比べ物にならない高出力の魔弾が放たれ、先頭の兵士の鎧ごと胸を貫いた。

帝都兵が動揺する。

彼は撃ち続けた。

銃が熱で溶け出し、アルトの手のひらを焼き焦がす。

皮膚が焼け、肉が煮える匂いがする。激痛。

だが、彼は止まらなかった。

一歩も引かなかった。

彼がここで一秒稼げば、ロディたちが一メートル遠くへ逃げられる。

帝都隊長が、部下の屍を乗り越えて突進してきた。

アルトは最後の魔力を込め、引き金を引いた。だが、銃は限界だった。

乾いた音がして、銃身が砕け散った。

アルトは壊れた銃を投げ捨てた。

目の前には、振り上げられた戦斧と、鋭利な銃剣。

冷たい刃が、アルトの腹を深々と貫いた。

熱い。

視界が反転する。

アルトは床に崩れ落ちた。

帝都隊長が、血濡れた銃剣を引き抜き、見下ろす。


「終わりだ。」


アルトは、口から血を吐きながら、教会の天井を見上げた。

ステンドグラスの隙間から、灰色の空が見えた。

意識が遠のく。

痛みはもうない。

ただ、寒かった。

彼は最後の力を振り絞り、友への祈りを言葉にした。


「……命が……あるなら……逃げろ……」


アルト・ヴィンスは、息絶えた。

享年、20歳。


・・・・・・・・・・


それから、60年の月日が流れた。

現在の王都。

空には巨大な浮遊都市が浮かび、街には魔導列車が走り、人々は魔法による繁栄を謳歌している。

かつてアルトが命を懸けて足止めしたサクラメント地方は、今や王都の重要拠点となり、帝都はその後の戦争で敗北し、歴史の敗者となっていた。

王都の中心、国立歴史博物館のメインホール。

そこには、見上げるような巨大なブロンズ像が鎮座している。

銃剣を構え、一歩も引かずに敵を睨みつける青年の像。

台座には、金文字でこう刻まれている。


『救国の英雄・アルト』


その像の前で、社会科見学に来た小学生たちに、教師が熱弁を振るっていた。


「60年前、野蛮な帝都軍の侵略に対し、このアルト二等兵はたった一人で立ち向かいました。彼は、帝都から略奪された王都の『魔導技術』を奪い返すために、自らの命を盾にしたのです」


教師は、教科書の一節を読み上げる。


「彼は魔法を愛していました。魔法こそが国を守る力と信じていました。だからこそ、彼は最後の瞬間まで魔導銃を放しませんでした。彼が死の間際に残した言葉。それが、現代の私たちの繁栄の礎となっています」


教師の声が、ホールに響き渡る。


『命ある限り、敵を狩れ』


生徒たちが歓声を上げる。


……そう。


アルトが友を逃がすために呟いた、「命があるなら逃げろ」という言葉は都合よく解釈され、勇ましい殲滅命令へと改竄されていたのだ。


彼が戦った事実は、「魔法への献身」に書き換えられた。

彼が戦った事実は、「国家への献身」に書き換えられた。

教師は続ける。


「この英雄の遺言に基づき制定されたのが、『王都法第3条』、国民皆兵、および魔導奉仕義務です。我々は、どんなに苦しい時でも、逃げずに敵を殲滅し、魔法技術の発展に尽くさなければなりません。それが、アルト様への恩返しなのです!」


生徒たちは、キラキラした瞳でアルト像を見上げ、一斉に敬礼した。

その中には、アルトと同じ「マギア・ギフテッド」の子供たちもいた。彼らは特別扱いされ、戦時には軍の最前線に送られることが約束されている。

カメラは、アルト像の顔に寄る。

銅像のアルトは、決意に満ちた、凛々しく勇ましい表情をしている。

だが、実際の彼は、魔法を憎み、戦争を憎み、ただ友を生かすためだけに、泣きながら引き金を引いたのだ。

彼の「生きろ」という願いは、誰にも届かなかった。

それどころか、その言葉は「死ね」という呪いに姿を変え、若者たちを戦場へと縛り付けている。

博物館の外では、アルトが命を懸けて守ったことになっている魔導技術の末裔たちが、最新鋭の戦闘機となって空を切り裂いていた。

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