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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
悪を飼いならす女帝
133/212

第2話:極道の魔女たち(2)

王都警察本部前広場。そこは、異様な熱気に包まれていた。

連日の報道により、警察への抗議デモを行う市民と、それを威圧する機動隊、そしてその外周を取り囲むように配置された「自警団」と称する黒スーツのヤクザたち。

三つ巴の緊張状態。

そこへ、一台の暴走するトラックが突っ込んだ。


「どきなさいッ!!」


ナラティブ・ヴェリタスの絶叫とともに、トラックはバリケードを粉砕し、警察本部の階段前で急停止した。

蒸気を上げるボンネット。飛び出すナラ。そして彼女が引きずり下ろした、後ろ手に縛られた犯人の男。


「聖女様が現れたぞ!」


民衆がどよめく。カメラのフラッシュが焚かれる。

機動隊が銃を構える。


「撃つな! 生け捕りだ!」


現場指揮官の叫び声。だが、殺気立った警官たちの指は引き金にかかっている。

その時、黒スーツの集団――黒鉄会の男たちが、警察とナラの間に入った。


「手出しはさせねぇぞ、ポリ公!我々が保護する!」


ヤクザがナラを守るように壁を作る。

狂った光景だった。犯罪組織が警察から逃亡犯を守り、それを市民が「正義の味方」として称賛している。

そのカオスの中心で、ナラは高々と「証拠」を掲げた。


「聞きなさい!王都の民!そして無能な警察よ!」


ナラは犯人の隠れ家から回収した魔導記録媒体を再生した。

空中にホログラムが投影される。

そこに映し出されたのは、犯人がラミタスを拷問し、殺害し、解体していく映像だった。

映像の隅には、日時が刻印されている。

ナラが銀行を襲う、数時間前の日時が。


「……う、うわぁぁぁぁ……」


あまりに残酷な映像に、広場の熱狂が凍りつく。

ナラは涙を流しながら、叫んだ。


「私はラミタスを殺していない!私が電話を受けた時、彼はすでに死んでいた!この男が、声を録音して私を操ったのよ!」


ナラは犯人を地面に叩きつけた。


「これが真実よ!私の相棒は、最後まで警察官として、誇り高く死んだわ!汚職なんてなかった! 彼は被害者よ!」


沈黙。

圧倒的な事実の前に、陰謀論は霧散した。

ナラの無実は証明された。

だが、それで「正義」が勝ったわけではなかった。

人混みを割って、一人の女性が現れた。

白衣を着たエラーラ・ヴェリタスだ。彼女の背後には、黒鉄会の会長が従っている。


「……証明終了だ。ナラ」


エラーラは静かに言った。


「よくやった。これで君の殺人容疑は晴れる。強盗傷害についても、緊急避難と情状酌量で執行猶予がつくだろう」


「お母様……」


ナラはその場にへたり込んだ。終わった。やっと、終わった。

だが、エラーラは冷淡に続けた。


「ただし、この落とし前はつけねばならないね」


エラーラは背後のヤクザ会長を示した。


「今回の件で、黒鉄会は多大な貢献をした。警察の失態をカバーし、真相究明に協力した『善良な組織』としてな」


会長がニタリと笑い、ナラに手を差し伸べた。


「嬢ちゃん、いい度胸だったぜ。ウチの若いモンも、あんたの啖呵に惚れちまったようだ。……これからは、ウチが全面的にバックアップしてやるよ」


ナラは寒気を感じた。

周囲を見渡す。

民衆は、手のひらを返したように叫んでいた。


「やっぱりナラティブ様は無実だった!」


「真実を暴いたのは黒鉄会だ!警察は何をしていた!」


「ラミタス刑事は警察の犠牲になったんだ!」


ラミタスの名誉は守られた。だが、それは「反警察のシンボル」として祭り上げられる形だった。


そしてヤクザは、この混乱に乗じて「市民権」を得てしまった。


ナラは悟った。

自分が足掻いた結果、世界はより一層、歪んでしまったのだと。

善と悪が反転し、暴力が秩序の顔をして歩く世界。

ナラはその片棒を担がされ、ヤクザの庇護下に入ることでしか生きられない身となってしまったのだ。


「……あ、ああ……」


ナラは震える手で、ヤクザ会長の手を握り返さざるを得なかった。

カメラのフラッシュが、その「歴史的握手」を焼き付ける。

それは、高潔だったナラティブ・ヴェリタスが死に、清濁併せ呑む「王都の魔女」が生まれた瞬間だった。


・・・・・・・・・・・

 

数週間後。

王都の外れ、獣病院の二階。

そこには、あの陰惨な事件など嘘のような、いつもの騒がしい朝があった。


「エラーラ君! いるかね!」


事務所のドアが勢いよく開かれ、茶色のトレンチコートを着た男が入ってきた。

カレル警部だ。

その首には、痛々しいほどゴツい、最新鋭の魔導コルセットが巻かれている。


「おや、カレル警部。喉の調子はどうかね?私の計算では、まだ筆談生活だと思っていたのだが」


ソファでコーヒーを啜っていたエラーラが、ニヤニヤと笑う。


「バカ言っちゃいかん! 執念で治したわ! ……ゴホン。声がまだ少しハスキーだがな」


カレルは「あー、あー」と喉の調子を確かめると、ドカッとソファに座り込んだ。

かつて喉を潰された相手の家に平然と上がり込む。この男のタフネスもまた、王都の規格外だ。


「それで? 復帰早々、我々に何の用だね?」


「うむ。実は……困ったことになってな。『黒鉄会』の傘下組織が、また妙な密輸に手を染めているらしいんだが……」


カレルが渋い顔で資料を広げる。

先日の事件以来、黒鉄会は「街の自警団」として民衆の支持を得てしまい、警察はうかつに手出しができなくなっていた。


「正規の手続きでガサ入れしようとすれば、世論が『警察の横暴だ』と騒ぎ出す。……そこでだ、エラーラ君。君の科学捜査で……」


カレルが言いかけた、その時だった。


「あら、そんなの簡単じゃない」


部屋の奥から、黒いドレスの女――ナラティブ・ヴェリタスが現れた。

彼女はカレルの手から捜査資料をヒョイと奪い取ると、パラパラとページをめくった。


「な、ナラ君!それは極秘資料だぞ!返したまえ!」


「嫌よ。お母様に頼むと、また変な実験台にされるわよ?この件、あたしが預かるわ」


ナラは優雅にソファに腰掛けると、卓上の魔導通信機を取り上げ、慣れた手つきでダイヤルを回した。


「おい、待て! どこにかけているんだ!」


「どこって? 決まってるじゃない」


ナラは受話器を耳に当て、艶然と微笑んだ。


「――もしもし? 黒鉄会の若頭? ……ええ、あたしよ、ナラティブ・ヴェリタスよ」


カレルは、唖然とした。

ナラの口調は、完全に、組織を支配する「女王」の響きを帯びていた。


「今、カレルのおじ様から面白い話を聞いたのだけど。……あんたのところの末端、また変な密輸してるらしいわね? ……ええ。迷惑なのよ。あたしの顔に泥を塗る気?」


受話器の向こうから、平身低頭な謝罪の声が漏れ聞こえてくる。


「30分以内に、その密輸品と実行犯を、獣病院に配送しなさい。……ええ、梱包はいらないわ。そのまま警察に突き出すから。……あら、『ナラティブ様の顔を立てるためなら喜んで』?まあ、殊勝な心がけね」


ナラは受話器を置くと、呆気にとられるカレルに向かってVサインをした。


「解決したわよ、警部」


「……は?」


「30分後に犯人がひとりでに自首してくるわ。証拠品のおまけ付きでね。これで世間も『黒鉄会は自浄作用がある』って褒めるし、警察も手柄になる。Win-Winじゃない?」


カレルは口をパクパクとさせた。

警察が手を出せないヤクザの犯罪を、警察が市民に相談し、市民がヤクザの幹部に命令して、ヤクザが自ら警察に犯人を差し出す。

食物連鎖が完全に狂っていた。


「君なぁ……それじゃあ警察の面子が丸つぶれじゃないか!我々は正義のためにだな……!」


「あら?だったら、またあたしが銀行強盗でもして証拠を奪ってきましょうか?今度は喉だけじゃ済まないかもよ?」


ナラが鉄扇をチャキッと鳴らす。

カレルは反射的に首のコルセットを押さえて後ずさった。


「ひぃっ! ……わ、わかった! 今回だけだぞ! 今回だけナラ君の顔を立ててやる!」


「賢明な判断だね、警部」


エラーラが愉快そうに笑い、コーヒーを飲み干した。

裏口のチャイムが鳴る。どうやら、ヤクザの「直送便」が到着したらしい。


「さあ、仕事よカレル。犯人を受け取りに行きましょう」


ナラはカレルの背中をバンと叩き、カツカツとヒールを鳴らして歩き出した。

その背中は、かつての悲劇のヒロインではない。

警察権力を利用し、ヤクザを手足のように使い、王都の闇を優雅に泳ぐ「最強のトラブルシューター」の背中だった。

ラミタスの死は、彼女を変えた。

けれど、彼女は今日もここで生きている。

奇妙な同居人たちと、壊れた正義と、一杯のコーヒーと共に。

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