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【5位】異世界探偵ナラティブ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
ナラティブ・ヴェリタス短編集
13/97

第13話:自転車の飛行と、未来の可能性!

王都工業地区。

そこは、巨大な煙突が林立し、空が常に灰色のスモッグに覆われている場所だ。

歯車が噛み合う音、蒸気が噴き出す音、そして、工場で働く人々の疲れた足音だけが響く、鉄と油の街。


「不潔ですわね……空気がジャリジャリしますわ!」


漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスは、ハンカチで口元を覆いながら不快げに言った。

そのドレスの裾は、油まみれの地面に触れないよう、魔力で微妙に浮かせている。


「文句を言うなよ、ナラ君。ここは産業革命の最前線! テクノロジーの揺り籠だ!」


隣を歩くエラーラ・ヴェリタスは、防塵ゴーグルを装着し、背中に巨大な掃除機のような装置を背負って上機嫌だ。


「揺り籠というより、墓場に見えますけれど?」


ナラが冷ややかな視線を向けた先。

工場地帯の上空、スモッグの切れ間を、一つの影が飛んでいた。

自転車だ。

翼をつけた奇妙な自転車が、空を飛ぼうとしてはバランスを崩し、墜落を繰り返している。

地面に激突する寸前で影は霧散し、また上空に現れては墜落する。

終わりのない、墜落のループ。


「……『イカロスの自転車』。噂通りの怪異だね」


エラーラが背中の装置――『霊的質量捕獲機』のスイッチを入れた。


「あの亡霊が現れてから、工場の機械が次々と誤作動を起こしている。……『飛べないものは落ちるべきだ』という呪詛を撒き散らしながらね」


「夢破れた少年の成れの果て、ですか。……切ない話ですわ」


ナラは鉄扇を取り出し、パチンと開いた。


「行きましょう、お母様。……あの子を、空へ還してあげなくては」


二人が墜落地点である廃工場の屋上へ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。

屋上の端に、半透明の少年が座り込み、壊れた自転車の設計図を呆然と見つめている。

その周囲には、無数の「歯車」の形をした小型の精霊たちが漂い、少年を嘲笑うように回転していた。


『無駄ダ……』


『オ前ハ部品ダ……』


『飛ベルワケナイ……』


「……まあ、趣味の悪い野次馬ですこと」


ナラが一歩踏み出す。

その瞬間、歯車の精霊たちが集結し、巨大な「鉄屑の巨人」へと変貌した。

工場の廃棄物、鉄骨、鎖が絡み合い、見上げるような巨体がナラたちを見下ろす。


『夢ナド見ルナ。……現実ヲ見ロ!!』


ゴーレムが腕を振り上げる。

鉄骨の拳が、ナラを押し潰そうと迫る。


「ナラ君! 跳べ!」


「言われなくてもッ!」


ナラはドレスを翻し、バックステップで回避。

屋上の床が砕け散る。


「物理攻撃が効くタイプね?……上等ですわ!」


ナラは鉄扇を構え、ゴーレムの懐に飛び込んだ。

だが、ゴーレムの体からは蒸気と共に強烈な「重力波」が放たれていた。

体が重い。泥沼の中を歩いているようだ。


「くっ……! 重力が……!」


「こいつは『常識の重力』だ!」


エラーラが叫ぶ。


「『飛べるわけがない』という集団心理が、物理的な重力場を形成している! 正攻法では近づけないぞ!」


『落チロ……地ニ這イツクバレ……!』


ゴーレムが追撃の拳を放つ。

ナラは動けない。


「させるかッ!」


エラーラが『ゴースト・キャッチャー』の出力を最大にした。


「吸引開始!」


強力な吸引力が、ゴーレムの周囲の重力場を吸い込み、中和する。


「体が……軽い!」


ナラが顔を上げる。


「ナラ! 今だ! 核を抽出する!」


エラーラが『因果抽出式・時間逆行注射器』を放り投げた。


「ナイスパスですわ!お母様!」


ナラは空中でシリンジをキャッチし、ゴーレムの腕を駆け上がった。

そして、その頭部にシリンジを突き立てた。


「成分、抽出ッ!」


ゴーレムが悲鳴を上げ、シリンジの中に灰色の液体が満たされていく。

重力場が消滅し、ゴーレムは鉄屑の山へと戻った。


「……解析完了だ」


エラーラはシリンジを受け取り、データを読み解いた。

その表情が、怒りで険しくなる。


「彼の名はレオ。……30年前、この工場で働いていた少年工だ」


ホログラムが展開される。

昼間は工場で働き、夜は隠れて「空飛ぶ自転車」の開発に没頭する少年の姿。

彼の目は輝いていた。いつか、この灰色の空を越えていくことを夢見て。

だが、ある日。

工場長のガストンに見つかった。

ガストンは、「仕事中に遊ぶな」「人間が自転車で飛べるわけがない」と罵り、レオが書き溜めた設計図をビリビリに破き、作りかけの翼を踏み潰した。


『お前はただの歯車だ! 余計なことを考えるな!』


レオは絶望し、夢を諦め、死んだ魚のような目をして一生を工場で終えた。

その無念が、この場所を呪っているのだ。


「……才能の芽を摘む。あたしが一番嫌いな『剪定』ですわ」


ナラは、拳を強く握りしめた。

彼女もまた、かつては誰かの道具として扱われ、物語を奪われていた。

だからこそ、レオの痛みが我がことのように分かる。


「お母様。……送って」


「ああ。だが今回は少々厄介だ」


エラーラは、再生し始めたゴーレム(鉄屑の山が再び動き出している)を指差した。


「この怪異は強力だ。君が過去へ行っている間、私がここでこいつを食い止めなければ、ゲートが閉じて君が帰れなくなる」


「……一人で大丈夫なの?」


ナラが心配そうにエラーラを見る。


「君は誰に言っているんだね? 私はエラーラ・ヴェリタスだよ?」


エラーラは白衣を翻し、魔導ライフルを構えた。


「君は過去で『原因』を断て。私は現在で『結果』を抑え込む。……時空を超えた、親子のコンビネーションだ!」


ナラは、エラーラの頼もしい笑顔を見て、フッと笑った。


「了解ですわ。……最高のショーにしましょう!」


シリンジがナラの首筋に刺さる。

意識が飛ぶ。


30年前。工場の裏倉庫。

油と鉄錆の匂い。


「あーあ。ゴミが増えちまったなァ」


工場長ガストンが、ニヤニヤしながら設計図を破っていた。

その足元には、踏み潰された翼の残骸。

少年レオは、地面に這いつくばり、涙を流しながら破片を拾い集めようとしている。


「やめてください……! それは……僕の……!」


「うるせぇ!お前はネジを回してりゃいいんだよ!空を飛ぶだァ? 頭のネジ、飛んでんじゃねぇか?」


ガストンが、レオの手を踏みつけようと足を上げた。


(……今ッ!)


倉庫の影から、ナラティブ・ヴェリタスが飛び出した。

彼女はガストンの足を空中でキャッチし、そのまま一本背負いで投げ飛ばした。


「ごめんあそばせッ!!」


ガストンがドラム缶の山に突っ込む。


「な、なんだぁ!?」


「通りすがりの、航空力学アドバイザーですわ!」


ナラはレオの前に立ち、鉄扇を構えた。


一方、現代。

廃工場の屋上で、エラーラは復活したジャンク・ゴーレムと対峙していた。


『現実ヲ見ロォォォォッ!!』


ゴーレムが、無数の鉄パイプをミサイルのように射出してくる。


「現実は変えられる! それが科学だ!」


エラーラは、背負った『ゴースト・キャッチャー』を『反重力フィールド発生機』モードに切り替えた。


「展開!」


青いドーム状のフィールドがエラを包み、鉄パイプを空中で停止させる。


「ナラ君! そっちはどうだ!?」


エラーラが通信機に向かって叫ぶ。


『ええ、最高にムカつく相手ですわ!』


ナラの声が返ってくる。

過去の世界。

ガストンは、屈強な作業員たちを呼び集めていた。


「あいつだ! あいつを殺せ!」


スパナやハンマーを持った男たちが、ナラを取り囲む。


「多勢に無勢。……でも、関係ありませんわ!」


ナラは、床に落ちていた自転車のフレームを拾い上げた。


「この自転車はね、空を飛ぶために作られたのよ。……鈍器として使うのは不本意ですけれど!」


ナラは自転車を振り回した。

鋼鉄のフレームが、作業員たちをなぎ倒す。


「レオ! 設計図を拾いなさい!諦めちゃダメ!」


ナラは戦いながら叫んだ。

レオは震えながら、必死に紙切れをかき集める。


「でも……僕なんかじゃ……」


「こら!僕『なんか』、なんて言わないで!」


ナラは、襲いかかるガストンの顔面に、自転車のタイヤを叩きつけた。

ゴムの焼ける匂い。


「あんたが見た夢でしょう!? だったら、最後まで責任を持ちなさい!」


現代。

ゴーレムが巨大化し、屋上全体を押しつぶそうとしていた。


『飛ベナイ! 人ハ飛ベナイ!』


「うるさいねぇ?重力如きに縛られるな!」


エラは、停止させた鉄パイプを全てゴーレムに撃ち返した。

だが、ゴーレムは再生する。過去の絶望が消えない限り、こいつは不滅だ。


「急げナラ! こちらも限界が近い!」


『任せて! ……仕上げにかかりますわ!』


過去。

作業員たちは全員のびていた。

残るはガストン一人。


「く、くそっ! 化け物め!」


ガストンは、フォークリフトに乗り込み、ナラに向かって突進してきた。


「潰れちまえよ!!」


「機械頼みなんて、三流ですわね」


ナラは、フォークリフトの突進を正面から受け止めた――わけではない。

彼女は、レオの自転車に跨った。

タイヤは歪んでいる。チェーンも外れかけだ。

でも、ナラはペダルに足をかけた。


「レオ! 見てなさい! ……あんたのマシンは、最高よ!」


ナラは魔力を込めた。

エラーラから教わった身体強化。そして、自転車への魔力充填。


「飛べぇぇぇぇッ!!」


ナラはペダルを全力で踏み込んだ。

フォークリフトに向かって加速する。

激突する寸前、ナラはハンドルを引き上げた。

奇跡が起きた。

自転車の翼が風を孕み、ナラの魔力を受けて浮力を生んだ。

自転車が、ふわりと宙に浮いた。


「なっ!?」


ガストンが口を開けて見上げる。

ナラは、フォークリフトの頭上を飛び越え、そのまま天井のクレーンに着地した。

そして、上空からガストンを見下ろした。


「見えましたか? ……これが『可能性』ですわ!」


ナラは、自転車ごとダイブした。

落下エネルギーを乗せた、自転車の前輪プレス。


「夢を笑う奴は……夢に潰されなさいなッ!!」


ガストンとフォークリフトが、まとめて粉砕された。

工場の床が抜け、ガストンは地下の下水へと落ちていった。


「……す、すごい……」


レオが、目を輝かせてナラを見上げている。

ナラは、自転車を降り、優しくレオに返した。


「飛べたわよ。……少しだけだけど」


「はい……! 僕、直します! もっと高く、もっと遠くへ飛べるように!」


レオの目に、光が戻った。

絶望の霧が晴れ、未来への滑走路が開かれた。


現代。

ゴーレムの動きが止まった。


『飛……ベル……? オレハ……飛ベル……?』


「ああ、飛べるさ」


エラーラがゴーグルを外し、優しく微笑んだ。

ゴーレムの体が、光の粒子に分解されていく。

鉄屑たちは、鳥の形になり、灰色の空へと舞い上がっていった。

スモッグが晴れ、青空が覗く。


「……任務完了だね」


・・・・・・・・・・


「……ッは!」


ナラが目を開けると、現代の屋上だった。

エラが手を差し伸べている。


「おかえり、ナラ君」


「ただいま、お母様。……ふぅ、いい運動でしたわ」


ナラはエラーラの手を取り、立ち上がった。

二人は、街を見下ろした。

そこは、かつての灰色の工場地帯ではなかった。

空には、色とりどりの「飛行自転車」が飛び交い、人々が空の散歩を楽しんでいる。

空気は澄み、工場はクリーンエネルギーで稼働していた。


「レオの発明が、この街を変えたんだね」


エラーラが感心したように言った。


「彼は『航空自転車の父』として歴史に名を残したよ」


「ふふ。……いい景色ですわね」


ナラは、空を飛ぶ自転車を見つめた。

あの時、彼女が守った小さな翼が、こんなにも大きな風を起こしたのだ。


「……ねえ、お母様」


「ん?」


「あたしたちも、飛びませんこと?」


ナラは、屋上の隅に置いてあった、レンタル用の二人乗り飛行自転車を指差した。


「え?まさか、私が漕ぐのかい?」


エラーラが嫌そうな顔をする。


「当たり前ですわ。あたしは疲れてますのよ」


ナラは強引にエラを前の席に座らせ、自分は後ろに乗った。


「さあ、出発進行! 一流のサイクリングですわよ!」


「やれやれ……。動力源は私の魔力で代用するか……」


エラーラがペダルを漕ぐと、自転車はふわりと空に浮いた。

風が気持ちいい。

ナラは、エラーラの背中にしがみつき、空からの景色を楽しんだ。


「高い……! お母様、もっと高く!」


「無茶を言うな! 酸素濃度が下がるぞ!」


「いいじゃないですか! ……あたしたち、どこまでだって行けますわ!」


ナラは、エラーラの腰に手を回し、顔を背中に押し付けた。

温かい。

そして、頼もしい。


「ありがとう、お母様。……あんたがいなきゃ、あたしは飛べなかった」


「……君こそ。私に空を見せてくれてありがとう」


二人の乗った自転車は、青空に吸い込まれるように上昇していく。

過去の重力を振り切り、未来の風に乗って。

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