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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 道民Xフォローして
無学からはじまる悪意
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第1話:恐怖の受験生狩り(1)

●ほぼ私の親をそのまま書いてます。

●例によってネームドキャラ皆無の短編なのでまあ読んで。

その夫婦、ゴズとベルタは、王都の下町にある古びた借家に住んでいた。

二人の最終学歴は中等部卒業。成績は常に最底辺。

だが、彼らは自分たちを「真実を知る選ばれた人間」だと信じて疑わなかった。なぜなら、彼らにはたった一つだけ、人生の拠り所となる「栄光」があったからだ。


ある夜、カビ臭い食卓にて。ゴズは安酒を煽りながら、真っ赤な顔で演説を打っていた。


「いいかベルタ!世の中の『ガクシャ』なんてのはな、嘘つきばっかりだ!俺はなんでも知ってるぞ王都には、北都と南都と東都と西都がある! 東西南北!はい言えた!俺は地理の天才だ!」


ベルタが手を叩いて喜ぶ。


「すごいわあなた! さすが『アガサワ先生に褒められた男』だわ!」


アガサワ先生。それは彼らが中学生だった頃の体育教師だ。

ある日、廊下掃除をしていたゴズに対し、アガサワ先生は気まぐれに「おっ、綺麗になってるな」と言った。ただそれだけ。

だが、そのたった一言が、この夫婦にとっては「王都十字勲章」にも等しい、人生唯一にして最大の勲章となっていたのだ。


「そうだとも!俺はあの偉大なアガサワ先生に認められたんだ!だから俺の言うことは全て正しい!」


ゴズはテーブルを叩く。


「俺は数字だって全部言えるぞ!いち!じゅう!ひゃく!せん!まん!じゅうまん!ひゃくまん! ……きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうてんきゅうきゅうきゅう……!ほら言えた!桁がいっぱいあるのを知ってるのは俺たちだけだ!」


「天才よ! 私たちは選ばれた知性なのよ!」


思考停止と、声の大きさ。そして30年前の教師の何気ない一言への異常な執着。それが彼らの世界の全てだ。

彼らが知識を憎むようになったのは、若い頃にマルチ商法の契約書の文字が読めずに財産を失い、それを助けてくれた弁護士が使った「ほうてきこんきょ」という言葉が理解できず、「難しい言葉で俺たちを馬鹿にした!俺はアガサワ先生に褒められたことがあるのに!」と逆恨みしたからだ。


「そうだ!水道水も飲んじゃダメだぞ!『ルチムー』の汚染があるからな!」


「まあ怖い!政府は私たちのような優秀な遺伝子を毒殺しようとしてるのね!」


『ルチムー』とは何か。それは、本人たちしか知らない。

とにかく、存在しない化学物質の名前を叫び、彼らは被害妄想に浸っている。

自分たちの不幸は全て社会の陰謀。自分たちは無実の被害者。

そんな腐敗した王国に、たった一人、正気でいようとする少女がいた。


獣病院の二階。ヴェリタス探偵事務所。

紫煙と珈琲の香りが漂う部屋に、一人の少女が座っていた。

制服姿のアリス、18歳。奨学金で進学校に通う、成績優秀な受験生だ。彼女の目の下には濃い隈があり、指先はストレスで震えていた。


「……ナラさん。お願いします」


アリスは、デスクで論文を読んでいる天才魔導師のエラーラ……ではなく、ソファで気怠げに煙草を吹かしている私――スラム出身で、初等部すらろくに出ていないナラティブ・ヴェリタスを真っ直ぐに見つめた。


「私が大学に受かるまで、私の家の『家庭教師』になってください」


「か、家庭教師ぃ?……勉強ならエラーラに頼めばいいじゃない。私はスラム出身。掛け算だって怪しいのよ?」


アリスは首を振った。


「勉強なら自分でできます。……必要なのは『知識』じゃないんです。『理不尽と戦う力』なんです」


アリスは、まくり上げた袖の下にある痣を見せた。殴られた痕ではない。爪で強く掴まれた痕だ。


「エラーラさんのようなエリートには、馬鹿の気持ちも、底辺の悪意もわからない。……あの家は、言葉が通じない『魔境』です。論理も情も通用しない、ただの『妬み』だけで構成された地獄です」


アリスの瞳には、追い詰められた獣のような切迫感と、それでも生きようとする強い光が宿っていた。


「ナラさんなら、あの泥沼での泳ぎ方を知っているはずです。スラムで培ったその強さで……私の『勉強する権利』を守ってください」


私は、自分の過去を思い出した。

スラムで、泥水を啜って生きてきた日々。無知と暴力が支配する世界。

そこでは「正しいこと」を言う人間から次々に死んでいく。生き残るのは、図太く、賢く、そして時に冷酷になれる人間だけだ。

この子は今、泥の中で息継ぎをして、空を見上げようとしている。

その足を、親という名の重りが引きずり下ろそうとしている。


「ほーん。……いいわ。引き受ける」


私は立ち上がり、腰に鉄扇を差した。

これは家庭教師の仕事じゃない。害獣駆除だ。


「報酬は出世払いでいいわ。……さあ、地獄の釜の蓋を開けに行きましょうか」 


アリスの家は、カビと安酒の臭いが染み付いた「精神の牢獄」だった。

玄関を開けた瞬間、淀んだ空気が肌にまとわりつく。

私が「住み込みの家庭教師兼ボディーガード」として足を踏み入れると、リビングから焼酎の瓶を片手にした父親のゴズが現れた。


「あぁ? なんだこの女は! アリス、また変なのを連れ込みやがって!」


「家庭教師のナラさんです。……私の勉強を見てくれます」


アリスが縮こまりながら言うと、ゴズは私を頭からつま先までジロジロと舐めるように見た。


「家庭教師ぃ? ケッ、お高く止まった顔しやがって。おい女、学歴は!?」


「小卒よ。文句ある?」


私が堂々と答えると、ゴズと、台所から出てきた母親のベルタは顔を見合わせて、下卑た笑い声を上げた。


「ギャハハ!小卒だってよ!義務教育も終えてねぇのか!」


「かわいそー! 私たち以下じゃないの! 私たちなんてアガサワ先生に褒められたエリートなのに!」


彼らは「自分より下だと思い込んだ相手」には徹底的に、強気だ。

ゴズが私の肩を突き飛ばそうとする。


「おい小卒!ここは俺の敷地だ!出て行け!」


私は動じない。

突き出されたゴズの手首を、鉄扇の柄で軽く叩く。


「痛っ!?」


「あらごめんなさい。虫が止まってたから」


私は極上の営業スマイルを浮かべた。


「お父様、お母様。私はただの小卒ですが、アリス様を合格させる『ノウハウ』だけは持っています。……お二人の邪魔はしません。ただ、アリス様の勉強の邪魔もしないでいただきたいのです」


「はん!俺の家で俺が何しようが勝手だろ!小卒が偉そうに指図するな!」


ゴズは唾を吐き捨て、リビングに戻っていった。

ベルタも「家のこともできない奴が社会に出るな」と捨て台詞を吐く。

私はアリスを見た。彼女は震えていた。

これが、日常なのだ……。

私はアリスの肩を抱き、二階の部屋へと上がった。


「……さあ、戦争の時間よ」



試験一週間前。

アリスが部屋で過去問を解いていると、リビングから爆音が響いてきた。

ゴズが、地元の似たような知能レベルの怪人を4、5人呼び、大音量でバラエティ番組を見ながら宴会を始めたのだ。


「俺の敷地だ! 俺がくつろいで何が悪い!」


「飲め飲め! 受験だか何だか知らねぇが、女に学問なんか必要ねぇんだよ!」


壁が振動するほどの騒音。

アリスが耳を塞ぎ、ペンを握る手が止まる。


「……集中できない……」


私は、部屋の冷蔵庫から一本の酒瓶を取り出した。

エラーラのコレクションから勝手に持ち出した、琥珀色に輝く最高級の薬草酒『魔導ブラン』。市場価格で一本10万クレストは下らない代物だ。


「ナラさん?殴り込みですか?」


「まさか。……『接待』よ」


私は満面の笑みを浮かべ、魔導ブランとグラスを持ってリビングへ降りていった。


「あら~、皆様! こんばんは!」


私が扉を開けると、酔っ払いどもが一斉にこちらを見た。


「なんだねーちゃん、酌でもしてくれるのか?」


「ええ喜んで!実はこれ、アリスお嬢様の合格前祝いに頂いた、超高級酒『魔導ブラン』なんですけど……私一人じゃ、飲みきれなくて」


私がボトルの栓を開けると、芳醇な香りが部屋中に広がった。

安酒しか知らない彼らの目が釘付けになる。


「こいつはすげぇ! さすがエリート候補!」


私は彼らのグラスに酒を注ぎながら、鉄扇の先端でこっそりとテレビのコンセントを断線させつつ、おだて上げた。


「いやぁ、皆様のような貫禄のある方々にお会いできて光栄です! まるで社長さんの集まりみたい!さすがゴズさんのご友人、オーラが違いますねぇ!」


「そ、そうか?社長に見えるか?ガハハ!」


「ゴズ、お前すげぇメイド雇ったな!」


ゴズも満更でもない顔で鼻の下を伸ばす。


「へへっ、まあな!なにせ、俺はアガサワ先生に認められた男だからな!」


承認欲求を刺激された愚者たちは、完全に私の掌の上だ。

私はさらに畳み掛けた。


「でも、こんな狭い家じゃ失礼ですよ。社長さんクラスの方々には、もっと相応しい場所があります!駅前の酒場『女王蜂』、今なら『社長さん割引』があるって聞きましたけど?私、予約しておきましょうか?」


「な、なに!?社長割引だと!?」


「俺たちがビッグだってバレちまったか!」


彼らは腰を浮かせた。

安酒で出来上がった脳みそは、「酒場」「社長割引」という甘い言葉に抗えない。


「ゴズ!行くぞ!二次会だ!」


「おう!俺の奢りだ!」


彼らは雪崩を打って外へ出て行った。

嵐が去ったリビング。

私は静かになった部屋で、窓を開けて換気をした。


「……チョロいもんね」


力には力をぶつけるのではない。力を別の方向へ逸らす。これがスラムの喧嘩の流儀だ。


翌日。

アリスが単語を暗記している最中、母親のベルタが台所から金切り声を上げた。


「アリス!あんた、水道水を飲もうとしたね!?」


ベルタが、アリスの手からコップを叩き落とした。

ガシャン! 水が床に広がる。


「……お母さん、喉が渇いたから……」


「ダメだと言っただろう! 水道水には『ルチムー』が入ってるんだよ!」


「……そんな物質、教科書にも載ってないよ」


「教科書なんて嘘っぱちさ!魔導通信の噂で聞いたんだ!政府は私たちを毒殺して、従順な『モグラ人間』にしようとしてるんだよ!勉強ばっかりしてると、馬鹿になるって本当だね!」


ベルタは、棚から怪しげなラベルが貼られたペットボトルを取り出した。


「ほら、これを飲みな!『波動の入った水』だよ!これならルチムーも浄化されるし、モグラ人間にならずにすむよ!」


ただの水を法外な値段で売りつける、典型的な霊感商法だ。

アリスが困惑して私を見る。

私は、横からその「波動水」をひったくった。


「あら、美味しそう!」


私はキャップを開け、一気に飲み干した。


「な、何をするんだい!それはアリスのために……!」


ベルタが掴みかかろうとする。

私は口元を拭い、真顔で言った。


「……あら奥様、危なかったですね。これ、賞味期限が切れてますよ」


「はあ?水に賞味期限なんて……」


「『波動』の賞味期限です。感じませんか?この水から出ている、ドス黒いオーラを。まさか……『視』えないんですの?」


私は空のボトルを耳に当て、深刻な顔をした。


「ああ……聞こえる!波動が腐ってるわ!『シワが増えろ……金がなくなれ……』って呪いの言葉が聞こえる……これは……ッ!」


「ええっ!?」


ベルタが顔を引きつらせる。

彼女のような陰謀論者は、「科学的根拠」は絶対に信じないが、より「強い」オカルトには弱い。新たな「陰謀」をぶつけることで、怒りの矛先はずらすことができる。


「腐った波動を飲むと、運気が下がって、10歳老けますよ。……ああ、奥様、もう目尻にその兆候が……」


「い、嫌ァァァッ!!」


ベルタは悲鳴を上げて鏡の前へ走り去った。


「シワ!? どこ!? 嘘でしょ!?」


私はキッチンへ行き、空になったボトルに水道水を並々と注ぎ入れた。

そして、アリスに渡した。


「飲みなさい。中身はただの水よ」


アリスは恐る恐る口をつけ、そして小さく笑った。


「……ナラさん、やっぱり賢いですね」


「生きる知恵よ。馬鹿につける薬はないけど、馬鹿は結論が『反対』しかないんだから、いくらでも操れるわ」


私たちは顔を見合わせた。

アリスの表情が、少しだけ明るくなっていた。


水道水騒動が一段落し、夕食の時間になった。

ゴズとベルタは、私が「波動水」のインチキを暴いたことが面白くないらしく、不貞腐れた顔で台所に立っていた。


「おいアリス! 今日の晩飯だ!」


ゴズが冷蔵庫を開けながら、ぶっきらぼうに言った。


「カレーか、パスタか。……特別に選ばせてやる。どっちがいい?」


一見、親切な問いかけに見える。

アリスが答えようと口を開きかけた時、私は素早く彼女の背後に回り込み、耳元で囁いた。


「(……アリス。本音はどっち?)」


「(え? ……カレーが食べたいです。お父さんの作るパスタ、茹で過ぎて美味しくないから……)」


「(オーケー。……なら、『パスタがいい』と言いなさい)」


「(えっ?)」


「(いいから。私を信じて)」


 アリスは戸惑いながらも、私の指示通りに声を上げた。


「……パスタ。パスタが食べたい」


その瞬間。

ゴズの顔色が、みるみるうちに赤黒く変色した。


「あぁ!? パスタだと!?」


彼は冷蔵庫の扉を乱暴に閉めた。


「お前は馬鹿か!ガス代の無駄だ!それにパスタなんて洒落たもん食ってると、軟弱な人間になるんだよ!」


ベルタも横から口を挟む。


「そうよアリス!カレーには『ラジロ』が入ってるんだよ!脳にいいんだ!お前は親の健康管理も無視して、自分の好き嫌いを優先するのかい!?」


二人は散々喚き散らした挙句、結論を下した。


「今日の飯はカレーだ! 文句あるか!」


「文句があるなら食べるんじゃないよ!」


数十分後。

食卓には、嫌と言うほど大鍋いっぱいにカレーが並んだ。

アリスの皿にも、山盛りのカレーがよそわれている。


「…………」


アリスは、湯気の立つカレーを見つめ、それからポカンとした顔で私を見た。

彼女が本当に食べたかったものが、目の前にある。

私は自分の分のカレーをスプーンで掬いながら、小声でアリスに「講義」を始めた。


「わかった? アリス」


「……はい。でも、どうして?」


「簡単な理屈よ。……世の中にはね、『善意の反対者』と『悪意の反対者』がいるの」


私は福神漬けを添えた。


「『善意の反対者』を動かすのは、これはかなり難しいわ。彼らは善意だから、『相手の望みを叶えること』を目的として考えて迷うから、時には良かれと思って予期せぬ行動をとるからね。……でも、あんたの両親みたいな『悪意の反対者』は単純よ」


私は、リビングでテレビを見てゲラゲラ笑っている両親を一瞥した。


「彼らの行動原理は、『相手の望みを叶えないこと』だけ。つまり、彼らにとっての正解は常に『相手の意見の逆』なの」


『黒』と言えば、彼らは全力で『白』を強制する。

『右』と言えば、彼らは全力で『左』を強制する。

彼らは自分たちが主導権を握っているつもりでいるが、実際は、こちらの提示した選択肢によって、その行動を『完全に』コントロールされているのだ。


「結果が決まっているなら、入り口を変えればいいだけ。……彼らは、自分の意志で選んでいるようで、実は他人の掌の上で踊る操り人形に過ぎないのよ」


アリスは、カレーを一口食べた。

そして、今まで恐怖の対象でしかなかった両親の背中を見た。

その目から、畏怖の色が消え、代わりに冷徹な分析の色が宿る。


「……操り人形……」


「そう。怖がる必要なんてない。……スイッチの場所さえわかれば、馬鹿ほど扱いやすい道具はないわ」


アリスは小さく頷き、カレーを口に運んだ。

それは、彼女が初めて「自分の意志」で勝ち取った、勝利の味だった。


だが、両親の悪意は、試験が近づくにつれてエスカレートしていった。

それは、娘が自分たちの理解できない「高い場所」へ行ってしまうことへの、本能的な恐怖と嫉妬だった。

試験3日前。

模試の結果が返ってきた。A判定。

それを見たゴズが、夕食の席で激昂した。


「調子に乗るなよ、アリス!」


ゴズが箸を投げつけた。


「いい気になってるがお前、所詮はガリ勉だ! 俺みたいに社会の荒波に揉まれてない! 俺はな、中学の時にアガサワ先生に『廊下が綺麗だ』って褒められたんだぞ! その意味がわかるか!?」


まただ。アガサワ先生。

30年前の、たった一度の、掃除への感想。

それが彼の中では「人格の全肯定」に変換されている。


「お前のその『A判定』なんて紙切れと、俺のアガサワ先生からの言葉、どっちが重いと思ってるんだ! 答えろ!」


アリスが俯く。

比較すること自体がナンセンスだ。だが、この家ではゴズの価値観が絶対法だ。


「……お父さんの言葉です」


アリスが心を殺して答える。

ゴズは満足げに鼻を鳴らした。


「わかればいいんだ。……どうせ受かりっこない。お前の頭じゃ無理だ。金の無駄になるから早く諦めろ」


不合格の予言。呪いの言葉。

親が子にかける、最も醜悪な呪術。

私は、テーブルの下で拳を握りしめた。

殴り飛ばしてやりたい。

だが、ここで暴力を振るえば、アリスが後で責められる。「お前が変な女を連れてきたせいだ」と。


「……ゴズさん。廊下掃除、偉いですね」


私が静かに言うと、ゴズは怪訝な顔をした。


「あぁ? 当たり前だ」


「でも、アリス様は今、廊下どころか、自分の人生の道を掃除しているんですよ。……その道を、親がゴミで散らかしてどうするんですか?」


「なんだと!?俺をゴミ扱いするのか!」


「いいえ。……ただ、アガサワ先生なら、今のあなたを見て褒めるでしょうかね?」


ゴズが言葉に詰まる。

その隙に、私はアリスの手を引いて食卓を立たせた。


「ごちそうさま。さあアリス様、勉強の時間ですよ。……敗北者の遠吠えを聞いている暇はありません」


私たちは二階へ上がった。

背後でゴズが何か喚いているが、もう関係ない。

部屋に入り、ドアを閉める。

アリスが、膝から崩れ落ちた。


「……ごめんなさい、ナラさん。嫌な思いをさせて」


「謝らないで。あんたは何も悪くない」


私はアリスの背中をさすった。

彼女は震えていた。悔しさと、悲しみと、恐怖で。


「……私、受かるかな。……お父さんの言う通り、ダメなのかな」


呪いが効き始めている。

私はアリスの顔を両手で挟み、無理やり上を向かせた。


「聞きなさい、アリス。あれは予言じゃない。あれは『願望』よ」


「願望……?」


「ええ。あいつらは、あんたが失敗することを望んでるの。あんたが成功して、自分たちの手の届かない場所へ行ってしまうのが怖いから。自分たちの惨めさが浮き彫りになるのが怖いから」


私は彼女の目を見つめた。


「彼らが吠えるのは、あんたが眩しすぎるからよ。直視できないから、悪口を投げつけてるだけ。……あんたは、アガサワなんていう誰だかわからない過去の亡霊にすがりついてる連中とは違う。未来を見てる」


アリスの瞳に、涙が溜まる。


「行ってきなさい、試験会場へ。そして、合格という事実で、あいつらを殴り返してやるのよ」


アリスは涙を拭い、大きく頷いた。


「……はい! 私、絶対に負けません!」


彼女は再びペンを握り、机に向かった。

その背中は、昨日よりも一回り大きく見えた。

泥沼の中でも、花は咲く。

そのことを、この少女は証明しようとしている。

だが、最後の試練はまだ残っていた。

試験当日。

両親による、最悪の妨害工作が待ち受けていることを、私たちはまだ知らなかった。

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