表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/260

第1話:最後の出撃!

「――右から来るわよ! カバー頼む!」


ナラティブ・ヴェリタスがインカムに向かって鋭く叫ぶ。

画面の中では、彼女のアバター『ホワイト・ヴェリタス』が、敵の弾幕を紙一重で回避していた。

スピーカーから、ノイズ混じりの男の声が響く。


『任せろナラちゃん! 俺の魔導ライフルが火を噴くぜ!これで!チェックメイトだ!』


画面の奥から、重装甲のアバターが援護射撃を行う。

正確無比なエイム。絶妙なタイミングでの回復支援。

彼のハンドルネームは『レンレン』。ナラがこのゲーム『マジック・バレット・アリーナ(MBA)』の家庭用移植版で組んでいる、相方だ。

顔も本名も知らない。だが、その腕前と気さくな人柄は信頼していた。

画面に勝利の文字が躍る。

ナラはヘッドセットを外し、ふぅ、と息を吐いてエールを煽った。


『いやー、ナラちゃんの特攻はいつ見ても肝が冷えるわ。最高だったぜ』


「あんたの援護があったからよ。……ナイスゲーム」


『へへ、ありがとよ』


ボイスチャットの向こうで、レンレンが何かを咀嚼する音が聞こえる。


『ああ、でも参ったな。……また「同居人(あいかた)」がうるさくてさ』


「同居人さん?喧嘩でもしたの?」


『いやぁ、新作のゲームソフトの限定版、まだ買ってこねえんだよ。ソフトが無かったら、明日から新作に移行するナラちゃんと遊べないじゃん』


レンレンの声に、苛立ちが混じる。


『仕事仕事って家空けてばかりで、家事もしねえし。本当『役立たず』だよ、まったく!』


ナラは苦笑いした。

ゲームの中では頼れる相棒だが、私生活では随分と横柄らしい。あるいは、ただの愚痴か。

ナラにとって、それは画面の向こう側の、実体のない些細なエピソードに過ぎなかった。


「まあまあ。仕方ないんじゃない?同居人さんにも優しくしてあげなさいよ」


『優しく?勘弁してくれよ。あいつ、可愛げもねえんだ。……っと、悪い。じゃあな、ナラちゃん!』


通話が切れる。

ナラは肩をすくめ、残ったエールを飲み干した。

外は雨が降り出していた。


・・・・・・・・・・・


王都の夜は、冷たい雨に沈んでいた。

アスファルトを叩く雨音が、街の喧騒を塗りつぶしていく。

路地裏の暗がり。ゴミ箱の影に、一人の女が身を潜めていた。

ジーナ。

王都警察組織犯罪対策課の刑事。

くたびれたトレンチコートは雨を吸って重く、濡れた髪が頬に張り付いている。

彼女は震える手で、安物の紙巻きタバコを取り出し、口にくわえた。湿気ったマッチを擦るが、火はつかない。

彼女は無造作にタバコを捨て、泥水に沈むそれを見つめた。


(……寒い)


張り込みを開始してから、すでに6時間が経過していた。

ターゲットは「掃除屋」と呼ばれる、組織の殺し屋。

奴は今日、組織の裏金を記録した「黒い手帳」を持って高飛びする予定だ。

このヤマを逃せば、組織の中枢には二度と迫れない。

ジーナの体は悲鳴を上げていた。

連日の残業。不規則な食事。そして、家に帰れば待っている、冷え切った空気。

彼女の人生には、休息という文字が欠落していた。


懐で、魔導端末が震えた。

署からではない。

着信画面に表示された文字は――『夫』。

ジーナは、無表情のまま通話ボタンを押した。


『おい、ジーナ。まだか?』


夫の声だ。

開口一番、心配の言葉などない。不機嫌さと、苛立ちだけが受話器越しに伝わってくる。


「……今、張り込み中よ。仕事なの」


ジーナの声は、枯れ木のように乾いていた。

 

『ふーん。で、まだ?』


「まだよ。行く暇なんて……」


ジーナは、唇を噛んだ。

夫は、ここ数年働いていない。

「自分に合う仕事がない」「社会が俺を理解しない」と言い訳を重ね、家に引きこもっている。

ジーナが命を削って稼いだ金は、彼の交遊費に消える。

彼にとってジーナは、妻ではない。

便利なATMであり、サンドバッグであり、家政婦でしかなかった。


『おい、聞いてんのか?本当、使えねぇな。……誰のおかげで結婚できたと思ってんだ?お前みたいな可愛げのない女を貰ってやったのは俺だぞ』


「……切るわよ。ターゲットが来るかもしれない」


『あ?正論言われたから逃げんのか?帰ってきたら説教だからな。……チッ』


一方的に切られた通信。

ジーナは端末を握りしめ、深く、重い溜息をついた。

雨音だけが、彼女の周りを取り囲む。

愛なんて、とっくになかった。

あるのは「責任」と「惰性」だけ。

別れればいい。誰もがそう言うだろう。

だが、長年の精神的な摩耗は、彼女から「逃げる」という気力さえ奪っていた。

彼女はただ、毎日を機械のように処理し、死ぬのを待っているだけのように思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ