第2話:姫の遊戯(2)
思い出シリーズ
王都カップ、予選第一回戦。 会場は、異様な空気に包まれていた。 5人のフルメンバーが揃った敵チーム『シルバー・ナイツ』に対し、対戦席に座っているのは、漆黒のドレススーツを着た美女一人だけ。
敵のリーダーが冷笑する。
「一人で勝てると思っているのか?包囲して終わらせるぞ」
ナラは、ヘッドセットを装着し、優雅に足を組んだ。
「ハンデですわ。……5人くらいがちょうどいい準備運動になりましてよ?」
試合開始。マップは「王都・市街地」。敵チームは、定石通りに散開し、包囲網を敷く。
だが、ナラの機体は、開始直後から常識外れの動きを見せた。
ナラは、正面から突っ込んだ。 遮蔽物を蹴って空中に舞い上がり、敵の前衛タンクの頭上を取る。 超至近距離からの射撃――ではない。彼女は銃撃戦のゲームで、銃を使わなかった。
「格闘特化の鬼、見せてあげますわ!」
ナラは、タンクの装甲に鉄扇を突き立てた。一撃必殺。タンクが蒸発する。
ナラは着地することなく、爆風を利用してスライド移動。敵のスナイパーが隠れているビルに肉薄する。
ナラはビルごとスナイパーを粉砕した。
「バカな!射撃ゲームだぞ!?」
ナラは止まらない。味方がいないということは、連携を気にする必要がないということだ。 誤射を気にする必要もない。全方位が敵。つまり、動くものは全て殴ればいい。
「無能な味方に足を引っ張られるより、一人の方がよっぽど動きやすいですわね!」
ナラは、水を得た魚のように戦場を駆けた。 敵のボイスチャットがパニックになる。
「お見合いしてる暇があったら、撃ちなさい!」
ナラの一撃が、敵の旗艦を貫いた。 ゲームセット。1対5の圧勝。
会場がどよめく。
観客席の隅で、包帯だらけの獣人たち――ファング、ミュー、グリズ、ラビが、涙を流して応援していた。
「ナラちゃーん!さすが姫ー!」
「愛してるー!私たち、ナラちゃんのために体張った甲斐があったよ!」
「……うるっさいですわね!」
ナラは、観客席を一瞥もしなかった。あいつらのせいでこうなったのだ。
第二回戦。相手は、若者中心のチーム『バエスターズ』。彼らは試合中にも関わらず、キルを取るたびにスクショを撮っている。
「今の見た?超盛れたわ!」
「あ、やべ。背景に変なの写り込んだ。消さなきゃ」
彼らは、ゲームよりもスクショを優先していた。
「……神聖な戦場を、撮影スタジオと勘違いしてませんこと?」
ナラは、静かに怒った。彼女にとって、ゲームは遊びではない。勝負事だ。命のやり取りだ。それを、承認欲求の道具にするなど。
「お母様の研究の邪魔をするのと同じくらい……万死に値しますわ!」
ナラは、敵の自撮りタイムを狙い撃ちした。
5人まとめて爆殺。
続いてナラは、容赦なく復活地点を攻撃した。
完全勝利。 ナラは、冷徹な魔王として君臨していた。
その時、観客席から野次が飛んだ。
「ら、乱暴すぎるだろ!」
声の主は、近隣店舗でも有名の、教えたがりおじさんだった。彼は自称ベテランプレイヤーで、常に上から目線で講釈を垂れる厄介な存在だ。
おじさんが筐体の近くまで来て、ナラにアドバイスしようとする。
ナラはヘッドセットを外し、おじさんを睨みつけた。
「あんた、ランクは?」
「え、いや、ブロンズだけど……いや、理論は完璧で……」
「三流は黙って見ていなさいッ!」
ナラは鉄扇で筐体を叩いた。
そして、決勝戦。 相手は、プロゲーマーチーム『王立騎士団・電子遊戯部』。統率の取れた動き。完璧な連携。 これまでの雑魚とは違う。
「……ようやく、まともな相手ですわね」
ナラは、汗を拭った。指が疲労で震えている。一人での連戦は、精神的にも限界に近い。
『囲んで叩くぞ!』
騎士団が、鉄壁の布陣で迫る。逃げ場はない。
「くっ……!」
ナラの機体が被弾する。装甲が剥がれ、警告音が鳴り響く。さすがに、1対5でプロ相手は無謀か。
(あんなバカな理由でチームを解散させて……一人で恥をかいて終わるの?)
ナラの脳裏に、エラーラの顔が浮かんだ。 『君は、私の自慢の娘だ』 そう言ってくれた、あのお母様の顔が。 彼女の白衣。彼女の理論。 そうだ。あたしはこの機体に、彼女への想いを乗せている。
(……いいえ。終わらせない)
ナラは、操縦桿を握り直した。
「あたしは……ナラティブ・ヴェリタス!」
ナラは、目を閉じた。研ぎ澄ます。スラムで生き抜いた野生の勘。エラーラと戦った修羅場の記憶。それら全てを、指先の操作に変換する。
「一流のレディは……! 最後の一瞬まで、逆転を諦めないものですわッ!!」
彼女の機体が、物理法則を無視した機動を見せる。 敵の弾幕の「隙間」を縫い、壁を蹴り、天井を走り、敵の死角に滑り込む。
ナラは、敵のリーダー機に密着した。 ゼロ距離格闘。
リーダー機が爆散する。 その爆風を煙幕にして、ナラは次の敵へ。
「一機!」
鉄扇で粉砕。
「二機!」
敵の射撃を誘導して同士討ちさせる。
「三機!」
残った敵がパニックになる。
「……これで、最後よ!」
ナラは、最後の一機に向かって、全弾を叩き込んだ。
「ゲームセットですわ!!」
画面に大きく『VICTORY』の文字が躍る。 会場が、割れんばかりの拍手に包まれた。 伝説だ。 たった一人で、プロチームを破り、優勝したのだ。
ナラは、筐体から立ち上がった。 足がふらつく。 だが、彼女はドレスの裾を直し、優雅に一礼した。
「……ごめんあそばせ」
表彰式。 優勝トロフィーを受け取ったナラは、マイクを握った。 観客席では、ファングたちが号泣している。
「……一言、よろしいかしら?」
会場が静まる。
「ゲームは、一人でもできますわ。……でも」
ナラは、観客席の包帯だらけの元チームメイトたちを見た。
「……勝った瞬間の喜びを分かち合う相手がいないのは、少し……退屈ですわね」
ナラの言葉に、ファングたちがさらに泣き崩れる。
「だから……次は、ちゃんと調整してきなさい。……あたしの背中を預けられるくらいにね!」
ナラは、トロフィーを掲げた。
「このトロフィーは……あたしの部屋の『ゴミ箱』行きですわ。……次は、チーム全員で取りに来なさい!」
「うおおおおおッ!!」 会場が沸く。
カリスマ。女王。
ナラティブ・ヴェリタスの名は、ゲーマーたちの間で伝説となった。
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大会終了後。 ナラは、会場の出口で夜風に当たっていた。 祭りの後の静けさ。
ナラは、手の中のトロフィーを見つめた。 金色に輝くカップ。 だが、今の彼女には、ただの重たい金属の塊にしか感じられなかった。
その時。
目の前に、一人の女性が立っていた。
「……え?」
見たことのない女だった。 質素な服。特徴のない顔立ち。 だが、その瞳だけが、異様に澄んでいた。 彼女は、ナラをじっと見つめ、そして小さく会釈をした。
そして、彼女は言った。
「ナラティブ・ヴェリタス様。私は、貴女に『提案』します。」




