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第1話:姫の遊戯(1)

思い出シリーズ

王都の下町にあるゲームセンター兼酒場『鉄の髭』。 紫煙とエールの匂い、そして魔導回路が焼き切れる独特のオゾン臭が充満するその場所で、漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスは、筐体の前で優雅に足を組んでいた。


「……論理的に考えて、射程距離という概念は甘えですわ」


ナラが操る機体――アバターネーム『ホワイト・ヴェリタス』が、画面の中を疾走する。 このゲームは『マジック・バレット・アリーナ(MBA)』。魔法銃やキャノン砲を駆使して戦う、5対5のチーム対戦型シューティングゲームだ。 だが、ナラの機体は異様だった。


全身を純白の装甲で覆ったその機体は、一丁の銃も持っていない。 装備しているのは、鋼鉄の扇と、己の拳のみ。 ステータスは


「射撃0」

「格闘100」

「機動力100」


極端すぎる構成。

そして何より異質なのは、その純白のカラーリングに一点だけ添えられた、課金アイテムの装飾――「獣の尻尾」だった。


「……あ、あの尻尾、可愛くない?」


「趣味が出てるよな……」


ギャラリーがざわつく。


ナラは、この機体に並々ならぬ拘りを持っていた。「白」は、理性の象徴。彼女が敬愛する母・エラーラ・ヴェリタスの白衣へのオマージュ。そして「尻尾」は……ナラの密かな性癖(獣人女性好き)の具現化である。プレイ中、ナラは無意識にエラーラの口調を真似る癖があった。それは彼女なりの「賢者になりきって冷静さを保つ」のルーティンだった。


「そこだ!……計算通り!」


ナラの機体が、ブーストダッシュで弾幕を潜り抜ける。敵のスナイパーが慌てる。


「な、なんだこいつ! 銃撃戦のゲームだぞ!?」


「接近して殴れば、命中率は100%!これぞ真理!」


ナラの鉄扇が敵機を叩き割る。


「勝った! ……ふぅ」


ナラはヘッドセットを外し、汗を拭った。ランダムマッチでの勝利。だが、彼女は満足していなかった。連携がなっていない。味方が射線に入ってくる。


「お姉さん、いい腕だねぇ。でも、動きが独りよがりだよ」


声をかけてきたのは、獣人の女性たちだった。 狼獣人のファング、猫獣人のミュー、熊獣人のグリズ、兎獣人のラビ。 この店の常連チーム『ビースト・ファングス』だ。


「……あら。何か用かしら?」


「私たち、あと一人が足りないんだ。あんた、入らないかい?来週の『王都カップ』で優勝を目指してるんだ」


ファングが笑う。鋭い犬歯が光る。

ナラは、彼女たちを上から下まで値踏みした。ふさふさの毛並み。しなやかな筋肉。野性味あふれる瞳。ナラは内心で舌なめずりしつつ、表面上はクールに振る舞った。


「……いいでしょう。あたしの『論理的』な近接戦闘術、貸して差し上げますわ」


こうして、ナラのゲーマー生活が始まった。


だが、現実は甘くなかった。

ナラの機体は「近づけば最強」だが、それはもちろん「近づくまでに蜂の巣にされる」という致命的な欠陥を抱えていた。チーム戦において、単独突撃は自殺行為だ。


「ナラ!前に出すぎだ!タンクがヘイトを買うまで待てって!」


「あら、敵が殴れる距離にいたから殴りに行っただけですわ!」


「それがダメなんだよ!」


画面の中で、ナラの『ホワイト・ヴェリタス』が集中砲火を浴びて爆散する。


「あーあ。また落ちた」


ミューがコントローラーを投げ出す。


「……罰ゲームだね」


グリズが重々しく言った。

このチームには鉄の掟があった。 戦犯には、精神と肉体を鍛え直すための、キツイお仕置きが待っているのだ。


「……くっ!」


ナラは、店の隅で正座させられていた。その頭の上には、なみなみと注がれた熱いお茶の入った湯呑みが乗せられている。そして、膝の上には分厚い電話帳と法律辞典。


「動いちゃダメだよー。こぼしたら熱いよー」


ラビが人参をかじりながら監視する。


「屈辱……!こんなの、一流のレディに対する扱いじゃありませんわ!」


「口答えすると追加だよ」


ファングが、ナラの太ももに洗濯バサミを挟んだ。


「痛っ!? ……覚えてらっしゃい!」


ナラは耐えた。彼女は負けず嫌いなのだ。ゲームで負けるのも、お仕置きで泣き言をいうのも、プライドが許さない。

そして何より、休憩中に彼女たちがキャッキャと毛づくろいしている姿を特等席で見られるのは、ナラにとって密かなご褒美でもあった。


「……休憩長すぎませんこと!?まあ、良いですけど……」


練習再開の時間になっても、メンバーはお菓子を食べて動かない。エンジョイ勢の彼女たちは、すぐにダラけるのだ。


「……一流はね、休んでいる間も脳内でシミュレーションをするものですわ!」


ナラは、鉄扇でテーブルを叩いた。


「大会まであと一週間ですのよ!?今休んでいて、いつ勝つんですの!?」


ナラの気迫に押され、彼女たちはしぶしぶ練習に戻る。ナラは、エラーラ譲りの分析力で、チームの動きを最適化しようと試みた。だが、それが悲劇の引き金となった。


ある蒸し暑い日。エアコンの壊れた店内で、熱戦が繰り広げられていた。ナラの的確な指示により、チームは連勝を重ねていた。


「計算通りですわ!」


勝利のファンファーレ。メンバーたちが歓声を上げ、ハイタッチをする。その拍子に、ナラのフードが脱げた。身元を隠すために被っていたフードの下から、美しい黒髪がこぼれ落ち、汗ばんだ白い肌と、整った人間の顔立ちが露わになる。


「……え?」


獣人たちが動きを止めた。

彼女たちはナラを、顔を隠した怪しい獣人だと思っていた。だが、そこにいたのは、希少で、か弱く、そして魔性的な魅力を持つ「人間種」の絶世の美女だった。汗で張り付いた髪。上気した頬。 ゲームへの熱中で潤んだ瞳。


「あ……」


ファングがゴクリと唾を飲み込む。


「……あら、バレてしまいましたわね?」


ナラは、髪をかき上げ、ふぅと息を吐いた。その仕草の色っぽさに、獣人たちの瞳孔が開く。


「ま、いいでしょう。隠すことでもありませんわ!」


ナラは気にせず、次のマッチの準備を始めた。だが、チームの空気は一変していた。


(……やば。めっちゃタイプ)


(人間って、こんなに、いい匂い、するの……?)


(肌、白っ……柔らかそっ……食べて、いいのか、ナ……?)


獣人の女性たちは、ナラを「戦友」ではなく、「獲物(もちろん性的な意味だぞ)」として認識し始めていた。そしてナラ自身も、獣人女性からの熱い視線に気づいていた。


(……あら。なかなか悪くない視線ですわね?)


ナラは、獣人女性が大好物だ。お母様一筋ではあるが、それはそれ、これはこれ。モフモフたちにモテるのは、満更でもない。


「……コホン。次、行きますわよ?」


ナラは平静を装ったが、その夜から、彼女の扱いは劇的に変わった。


「いや、ナラちゃん!ここ、私の席使っていいよ!いや、私のクッションだから!」


ミューが媚びる。ゲームにおいて、定位置を譲るなど求愛行動に等しい。


「あ、ナラちゃん、喉渇いてない?あ、マタタビ酒……じゃなくて、なんだっけ、あ、高級ジュース買ってきたよ!」


ラビが貢ぎ物をする。


「──おい。ナラに近づくんじゃねぇッ──。敵の攻撃──俺が全部体で、受けてやるッ──!」


グリズが過保護になる。


彼女たちは、ナラを「姫」と呼び始めた。

姫プレイ。

ナラを守り、ナラにキルを取らせ、ナラを崇める。それが『ビースト・ファングス』の新たな戦術となった。

だが、それはチームの弱体化を意味していた。


「ちょっと!左がガラ空きですわよ!」


「だってナラちゃんが心配で!」


「前線が上がりすぎです!下がりなさい!」


「ナラちゃんの活躍が見たいんだもん!」


連携は崩壊し、個人のスタンドプレーと「ナラへの接待」ばかりが横行する。連戦連敗。ランクは下がり続ける。失点の責任転嫁も多発する。


「あんたが守らないから!」


「いやお前だろ!」


「……静粛になさい!」


ナラは叫んだ。このままでは優勝どころか、予選敗退だ。だが、メンバーたちは「姫」の世話に夢中で、勝利への執着を失っていた。


「……仕方ありませんわね」


ナラは決意した。 周りが頼りにならないなら、あたし一人が強くなるしかない。 彼女は、練習時間を倍に増やした。メンバーが休憩してダベっている間も、一人で黙々とコンボ練習を繰り返した。


だが、そのおかげで、ナラの実力だけが突出して伸びていった。1人で3人を相手にできるほどの、圧倒的なフィジカルとエイム力。彼女は、「守られる姫」ではなく、「自力で国を平らげる覇王」へと進化していた。


大会前日の夜。 練習を終えたナラは、バーカウンターでジュースを飲んでいた。そこへ、リーダーのファングがやってきた。


「……お疲れ、ナラ」


「ええ。……明日は本番ですわよ。気合を入れなさい」


ファングは、ナラの隣に座り、じっと横顔を見つめた。店内の照明に照らされたナラの白い肌は、獣人の本能を刺激するほど艶めかしい。


「ね、ナラ。」


ファングが、とろんとした目で囁く。


「……寂しく、ない?」


「は?」


ナラはストローを離した。

寂しい?

確かに、周りの人間はゲームをしない。共通の話題で盛り上がれるのは、このチームのメンバーだけだ。そういう意味では、孤独かもしれない。


「……ええ。寂しいですわね?」


ナラは答えた。


「もっと、真剣に(ゲームに)向き合ってくれる人がいればいいのですけれど」


もちろん、ファングの解釈は違った。

彼女は、それを「恋愛的な孤独」と受け取ったのだ。


「……分かった、わ。」


ファングの手が、ナラの太ももに這い寄る。


「私も、寂しいの──だから……」


ファングは、ナラの耳元で、甘く湿った声で言った。


「まずは、私の寂しさを、埋めてくれない? ……今夜、私の部屋で──」


ナラは、ファングの手をピシャリと叩いた。


「そ、そっちの話ですの?」


ナラは、呆れ果てて言った。


「優勝してから言いなさいな。……結果も出さずにご褒美だけ欲しがるなんて、三流の根性ですわ!」


ナラは席を立った。 明日に備えて、早く寝なければ。


「……帰るわ。また明日、会場で」


ナラは店を出ていった。残されたファングは、真っ赤な顔で震えていた。拒絶された屈辱と、さらに燃え上がる執着を抱えて。


「……私だけのものにしたいッ──」


その夜。 ナラのいない店内で、地獄の釜の蓋が開いた。


「いや、抜け駆けはずるいよ、ファング!」


ミューが叫ぶ。


「ナラちゃんはみんなの姫でしょ!?」


「──あいつは俺が、守るんだ!お前らみたいな軟弱な猫には渡さねえッ──!」


グリズがテーブルをひっくり返す。


「私が一番ナラちゃんを理解してる!遠距離からずっと見てたんだから!」


誤解が誤解を呼び、欲望が暴走する。

チーム『ビースト・ファングス』は、一人の「姫」を巡って、血みどろの内戦を開始した。ゲームの戦術論争などではない。ドロドロとした愛憎劇による、チームの崩壊。


翌朝。 大会会場である王都コロシアム。ナラティブ・ヴェリタスは、一人で受付に立っていた。


「……遅いですわね」


集合時間を過ぎても、誰も来ない。 連絡もつかない。


「あの……『ビースト・ファングス』の皆様ですか?」


運営委員が気まずそうに声をかける。


「ええ。……でも、メンバーが迷子のようですわ」


「いえ、その……。先ほど連絡がありまして」


運営委員は言いにくそうに告げた。


「『チーム内で抗争が勃発し、全員全治一週間の重傷のため欠場する』とのことです」


「はああああ?」


ナラは、扇子を取り落とした。


「理由は……『姫の取り合いで相討ちになった』と……」


「…………」


ナラは、天を仰いだ。バカだ。どいつもこいつも、救いようのないバカだ。ゲームより、あたしの方が大事だったというのか。


「……棄権なさいますか?」


「いいえ?」


ナラは、扇子を拾い上げた。 パチン、と音を立てて開く。


「出ますわ。」


「え? でもお一人では……」


「構いませんわ」


ナラは、モニターに映る対戦表を見た。5対5のチーム戦。一人で出れば、5倍の敵に狙われることになる。

だが。


「一流のレディは……。約束を破りませんのよ!」


ナラは、ゲーム筐体の席に座った。たった一人で。彼女の機体『ホワイト・ヴェリタス』が、モニターの中で孤独に起動する。


「かかってきなさい。……全員まとめて、養分にして差し上げますわ!」

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