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ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
大人の戦い
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第2話:Wake Up

主題歌:マトリックス/Wake Up

https://youtu.be/fwMJ1fT_5DY?si=HN16R9_9S_psAn2y

ライラの家は、王都の高級住宅街にあった。

今日はホームパーティーが開かれているらしい。

豪奢な屋敷の窓から、暖かな光と、下品な笑い声が漏れている。

中には、ライラを追い詰めた「共犯者」たちが一堂に会していた。

父親、母親、担任教師、取引先の社長、そして役所の担当官。

彼らはワイングラスを傾け、口々に「子供の教育論」や「社会の在り方」を語り合っている。

ライラは、玄関の前で足をすくませた。

体が震える。条件反射的な恐怖。


「……怖い?」


ナラが尋ねる。ライラは頷く。


「下がってていいわ。……ここからは、大人の時間よ」


ナラは一歩前に出た。

そして、鉄扇も魔力も使わず、ただの物理的な脚力で、重厚な樫の木の扉を蹴り飛ばした。


ドガァァァァン!!!!!


玄関の重厚な扉が、内側へ向かって弾け飛んだ。

爆煙と共に、ナラティブ・ヴェリタスがエントリーする。

私兵団が一斉に魔導ライフルを構える。射線がナラに集中する。

だが、ナラの目は、獲物を前にした捕食者のように冷たく輝いていた。


「食事の時間は、おしまいよ。この子にしたことの言い訳を、聞かせてもらうわ。」


教師が前に出た。彼は杖を構え、歪んだ正義感を叫ぶ。


「暴力はいかん!ライラの話か?彼女は誘惑したのだ!子供が大人を惑わせた罪を、私が正しているに過ぎない!」


「黙りなさい、変質者!」


ナラは手首を返し、閉じた鉄扇を水平に構えた。魔力を纏わせ、一閃。

鉄扇が回転しながら手元を離れ、赤い軌跡を描いて飛翔する。それはまるで、意志を持った猛禽類のように、室内の敵を次々と襲った。

私兵たちのライフルの銃身が、次々と切断される。

鉄扇は壁を蹴り、天井を走り、不規則な軌道を描いて教師の杖を弾き飛ばし、その頬を切り裂いてナラの手元に戻った。


「子供の存在は罪じゃない。……勝手に欲情して、勝手に罰を与えるあんたの『脳みそ』が汚れてるだけよ!」


ナラの背後で、漆黒の「怒り」が噴出した。

音速に近い踏み込み。ナラは私兵たちの懐に潜り込む。

役所の担当官が、腰を抜かしながら叫ぶ。


「やめろ!書類上、彼女は健康だ!生きているなら虐待ではない! それが行政の判断だ!」


「生きてればいい?……ならば!」


ナラは鉄扇を「短剣」のように逆手に持ち、すれ違いざまに担当官の魔導障壁を紙のように切り裂いた。

担当官のスーツが裂け、悲鳴を上げる。


「……あんたも手足がついている状態で、社会的に殺してあげるわ!」


ナラは止まらない。テーブルを蹴って宙に舞い、天井のシャンデリアを足場にして、死角から死角へと瞬間移動するように敵を翻弄する。

圧倒的だった。誰も彼女の速度と言葉を捉えられない。

しかし、敵もさるものだった。取引先の社長が叫ぶ。


「この女、速いだけだ!『社会のルール』で潰せ!我々のビジネスを邪魔するな!」


私兵団が重力魔法と拘束ネットを一斉に展開した。

部屋全体を押しつぶすような圧力。個人の武力を、集団のシステムが圧殺しにかかる。

ナラの動きが鈍る。

その隙を突き、父親が隠し持っていた「対魔獣用スタン・ロッド」をナラの背後から突き出した。


「ぐっ……!?」


ナラの背中に電流が走る。

動きが止まったところに、母親がナイフを持って飛びかかってきた。


「産んでやった恩を忘れて!この親不孝者!親の心も知らないで!」


ナラは床に押さえつけられる。多勢に無勢。

大人たちの醜い顔が、ナラを覗き込む。


「わかったか!我々が社会だ!ルールだ!」


「家庭の事情に!他人が口を出すな!」


「親の自由だ!力を持つ者が正義なのだ!」


彼らは勝利を確信し、嗜虐的な笑みを浮かべていた。

その光景を見て、隅で震えていたライラが、絶望に顔を覆う。

やっぱり、勝てない。大人の理屈には、力には、勝てないんだ。


ナラは、床に押し付けられた顔で、ライラを見た。

少女が泣いている。かつての自分と同じ、絶望の淵で。

「理屈」という暴力に殺されかけている。

ナラの脳内で、何かが弾ける音がした。

視界の色が変わる。思考がクリアになり、感情が純粋な「断罪の意志」へと収束する。


「……自由?正義?……笑わせないで」


ナラの全身から、紅蓮のオーラが爆発した。

押さえつけていた大人たちが、衝撃波で吹き飛ばされる。

ナラはゆらりと立ち上がった。

その瞳孔は開き、人間を超越した「修羅」の相を浮かべている。


「あんたたちが守っているのは『世間体』と『保身』だけじゃない。……そこに愛がないなら、それは『躾』じゃなくて『飼育』よ!!」


ナラは、父親に肉薄した。

父親が再びスタン・ロッドを突き出す。「親に逆らう気か!」

ナラはそれを、素手で掴んだ。

手のひらが焼ける音がするが、ナラは眉一つ動かさない。


「親? ……子供を食い物にする親なんて、ただの『捕食者』よ!」


ナラはロッドをねじり上げ、父親の腕ごとへし折った。


「あぎゃああああ!?」


ナラは、鉄扇を「短剣」として構え、流れるような動作で敵を解体し始めた。

殺しはしない。だが、二度と刃向かえないように、徹底的に「力」を奪う。

母親がナイフを振り回す。


「あの子のためを思ってやったのよ!」


ナラはそのナイフを鉄扇の隙間に挟んでねじ切る。


「自分のためでしょうが! 子供を『サンドバッグ』代わりにするのが愛情なわけあるかッ!」


顔面に掌底を叩き込む。母親が吹き飛ぶ。

社長が逃げようとする。


「金なら払う!見逃してくれ!」


ナラは鉄扇を投擲し、社長の膝の腱を断つ。


「金は数字よ!数字で買えないものがあるって、その体で覚えなさい!尊厳は、財布の中にはないのよ!」


社長がのたうち回る。

最後に、教師が腰を抜かして叫ぶ。


「わ、私は悪くない!社会が……制度が……!」


ナラは教師の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。


「制度を使ったのは『あんた自身』よ!」


最後の私兵が、壁に叩きつけられて沈黙した。

10分前まで豪華だったパーティ会場は、瓦礫と呻き声、そして粉砕された「歪んだ正義」の残骸の山に変わっていた。

ナラは、瓦礫の山頂に立ち、鉄扇についた血を振って落とした。

その姿は、破壊神であり、同時に、ライラにとって唯一の「真実の守護者」だった。


「……ごちそうさま。不味いフルコースだったわ」


ナラは、荒い息を吐きながら、ライラに向き直った。

その顔には、勝利の喜びはなかった。

あるのは、これから少女に与える「罰」への、重い覚悟だけ。


「……これで、あんたの居場所はなくなったわ」


ナラは告げた。

親は逮捕されるだろう。あるいは、社会的に抹殺される。

この家には住めない。学校にもいられない。親戚も敵に回した。

ナラがやったことは、救出ではない。

ライラがしがみついていた「世界」を、物理的に破壊し、更地にしたことだ。


「あんたは今日から、孤児よ。……誰も守ってくれない。誰も養ってくれない。自分で生きていくしかない」


ナラは、冷徹に言った。

だが、その手は、ライラの細い肩を強く掴んでいた。


「恨みなさい。あんたの家を壊したのは私よ。あんたを孤独にしたのは私よ。……私を悪者にして、あんたは生き延びなさい」


そう言わなければ、ライラは自分を責めるだろう。

「私がいい子じゃなかったから」「私が我慢すればよかった」と。

一生、罪悪感という鎖に繋がれたままになる。

だからナラは、全ての憎しみを引き受ける「悪役」になった。

ライラは、ナラを見上げた。

その目から、ボロボロと涙がこぼれる。

怒り? 憎しみ?

いいえ。

彼女の中で渦巻いていたのは、行き場のない感情の爆発だった。


「……っ!!」


ライラは叫び声を上げ、ナラの腹を拳で殴った。


「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」


非力な拳。

でも、それは初めてライラが「自分の感情」に従って振るった、『意志』のある、主体性のある暴力だった。

ナラは、痛くもない拳を、動かずに受け続けた。

ひとしきり殴って、ライラはナラの胸に崩れ落ちた。

そして、ナラのボロボロの服を握りしめ、絞り出すように言った。


「……ありがとう……でも、絶対、許さない……ありがとう……!」



地獄を、終わらせてくれて。

私を、一人にしてくれて。

ありがとう。

ナラは、ライラの頭に手を置いた。

煤と血で汚れた手で、優しく、撫でる。


「……行きなさい。警察が来るわ」


ナラは、一枚のメモと、なけなしの小銭を渡した。


「行く当てがないなら、王都の北にある『聖女の家』に行きなさい。あそこのシスターは、私の馴染みで、口は悪いけど信用できる」


ライラは顔を上げた。

その瞳には、もう「被害者」の濁った色はなかった。

荒野に放り出された「戦士」の、不安だけど強い光が宿っていた。


「……お姉さん。また、会える?」


ナラは、笑った。

煤だらけの顔で、最高の笑顔を。


「強くなったらね。……待ってるわ」


ライラは頷き、涙を拭った。

そして、踵を返して走り出した。

燃える屋敷を背に、倒れた親たちを跨いで。

自分の足で、自分の人生へと。


遠くから、サイレンの音が近づいてくる。

ナラは一人、崩れた壁に寄りかかり、座り込んだ。

全身が痛い。今日だけで三回も吹き飛ばされ、最後は大立ち回りを演じたのだ。限界だった。

屋敷が燃えている。

爆破テロの火の粉が飛んできたのか、それとも誰かの魔力が引火したのか。

紅蓮の炎が、歪んだ家庭の象徴を舐め尽くしていく。

それは、少女の「過去」を焼き払う、浄化の炎のようにも見えた。

ナラは、空を見上げた。

黒煙の向こうに、星が見えた。

モラルが崩壊し、暴力が吹き荒れる最低の街。

親が子を食い物に保身を図り、社会がそれを見て見ぬ振りをする街。

けれど、そこでしか生きられない命がある。

そこでしか生まれない「強さ」がある。


「……さぁて」


ナラは、痛む体を起こした。

少女は歩き出した。なら、私も歩かなければならない。

自分の「平和」を取り戻すために。


「今夜の宿は……留置所かしらね」


不法侵入と傷害。言い逃れはできない。

だが、ナラは清々しい気分だった。

久しぶりに、正しいことを「したような」気がしたからだ。

人は、他人の心を、解決できない。

そんなことは、わかっている。

二択で振り分けるなら、間違いなくナラは悪人だ。


「悪人」のナラは、爆炎の先を見つめた。

炎の向こう、少女の小さな背中が、雑踏の中に消えていく。

それは、この混沌とした世界で、確かに響いた「産声」だった。 

すべての迷える子供たちに、祝福を。

そして、泥まみれの未来に、乾杯を。

ナラティブ・ヴェリタスは、燃え盛る炎を背に、夜の闇へと歩き出した。

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