第2話:相対的幼女と老人(2)
「「「殺っちまえーーーーッ!!」」」
三時代連合軍が結成された。
ナラがパレオの背中に飛び乗る。
「行きなさいトカゲ!ブレスで焼き尽くすのよ!」
「命令するな小娘!だが、あの生意気な発光体を消し炭にする点では同意する!喰らえ!」
パレオが極大の溶岩ブレスを吐く。
その中を、おじさんたちが「老人の意地」で駆け抜け、ステッキや鞄でネオを殴りにかかる。
ナラはパレオの頭を踏み台にして跳躍し、ネオの顔面に鉄扇を叩き込む。
「その減らず口、物理的に塞いでやるわ!」
王都の一区画が消し飛ぶほどの集中砲火。
物理、魔力、そして「老害の説教」という精神攻撃の嵐。
煙が晴れる。
そこには――無傷で、退屈そうにあくびをしているネオがいた。
『ふぁぁ……。遅いし、弱いし、ダサいし。……君たちの攻撃って、止まって見えるよ?』
効いていない。
ネオの体は、高次元の光で構成されており、低次元の物理干渉はすべてすり抜けてしまうのだ。
『もう、しょうがないなぁ~。そんなに構って欲しいの? 寂しがり屋のおじいちゃんおばあちゃんたちだねぇ!』
ネオは、慈愛に満ちた、最高にムカつく笑顔で、手を伸ばした。
『じゃあ、遊んであげる! 高次元ナデナデ~!』
ネオの全身から、無数の光の触手が伸びた。
それは、ナラの脇腹を、パレオの顎の下を、おじさんたちの足の裏を、猛烈な勢いでくすぐり始めた。
「ひャっ!? やめ……!?」
「く、くすぐるな! 我の威厳が!」
「ひーっ! 漏れる! 漏れるわい!」
攻撃ではない。ただの「可愛がり」。
猫じゃらしで猫をあやすように、ネオは全時代連合軍を弄んだ。
『よーしよしよし!怒った顔も可愛いよ~!ほらほら、もっと鳴いてごらん?原始的な鳴き声を聞かせてよぉ~!』
地獄のくすぐり地獄。
ナラは涙目になりながら、必死に鉄扇を振るうが、触手はヌルヌルと避けて、さらに敏感な部分を責めてくる。
『君たちって、本当に無知で可愛いねぇ。宇宙の真理も、時間の構造も、なーんにも知らないで、必死に生きてるんだもんねぇ。……まるで虫ケラみたい!健気~』
圧倒的な知識量と、次元の差によるマウント。
ナラたちは、物理的にも精神的にも、完膚なきまでに「わからせ」られていた。
地面では、エラーラがまだ転がっていた。
「ううぅ……私は虫ケラ……私は……未来怖い……進化怖い……」
完全に幼児退行している。
一時間後。
王都の広場には、遊び疲れて泥のように眠るナラ、パレオ、おじさんたちの山ができていた。
全員、顔は笑ったまま引きつり、魂が抜けている。
ネオは、その山の頂上に座り、頬杖をついていた。
『あーあ。もう動かないの? つまんないの』
ネオは、ナラの頬をツンツンとつついた。
『おばあちゃん、体力ないねぇ。これだから旧人類は。……ま、ちょっとは暇つぶしになったかな』
ネオは立ち上がり、大きく伸びをした。
『この時代の空気、カビ臭くてエモかったよ。……じゃ、そろそろ塾の時間だから帰るね』
塾。
この超越的な存在ですら、未来ではまだ「学びの途中」なのだ。
その事実に、薄れゆく意識の中でナラは戦慄した。
『みんな、頑張って進化してね~。……ま、どうせすぐ滅びると思うけど!無駄な努力、お疲れ~』
ネオは、最後まで煽り倒し、キラキラと光の粒子を撒き散らしながら、空間の裂け目へと消えていった。
嵐のような「散歩」が終わった。
夕暮れ。
瓦礫の山で、最初に動いたのはパレオだった。
「……帰る。……最近の若いもんは、加減というものを知らん……」
パレオは、すっかり小さくなった背中で、トボトボと地底へ潜っていった。
「昔は良かった」という自信すら粉砕され、ただの「自信を喪失した岩」になっていた。
続いて、おじさんたちも目を覚ました。
彼らは互いの顔を見て、咳払いをした。
「……見たか?わしらが追い払ったんだ」
「そ、そうだな。わしらに恐れをなして逃げたな!」
「やはり昔の人間は強いわい!」
彼らは、記憶を都合よく改変し、肩を組んで去っていった。
無知ゆえの強さ。事実を直視しない鈍感力。ある意味で、彼らこそが最強なのかもしれない。
残されたのは、ナラとエラーラだけ。
ナラはボロボロのドレスで大の字になり、空を見上げていた。
エラーラは、膝を抱えて虚空を見つめている。
「……ねえ、お母様」
「……なんだあ……?」
「未来人って、全員、性格悪いのね?」
「……いやあ?個体差があると思うぞお……?」
「…………」
エラーラが、唐突に、哲学的な顔で呟いた。
「──今回の事象は。──我々に重要な教訓を与えた──知とは。進化とは。文明とは。──それらはすべて、未来から見れば砂上の楼閣──とするならば。我々が……」
エラーラが、深刻なトーンでオチをつけようとした、その時。
ナラが、懐から魔導端末を取り出した。
軽快な通知音が鳴る。
「お!来た!」
ナラが弾んだ声を上げた。
「駅前のドラスト、今日から特売?新作30パーオフ?洗顔買わなきゃ!ライナーも……」
エラーラが固まる。
「……はあ?」
「帰るわよお母様!急げばまだ間に合うわ!湿布も買わなきゃいけないし!おばあちゃん!」
ナラは痛む体を引きずって立ち上がり、砂埃を払った。
さっきまでの絶望も、屈辱も、未来への畏怖も、特売チラシの前では霧散していた。
「……ナラ。君は、今の体験から何も学んでいないのか? 宇宙の真理を目の当たりにして、化粧品の話か?……あと『おばあちゃん』は撤回しなさい」
「うるさいわね!真理で顔色が良くなるわけ? 未来人が何?私は今、この瞬間が大事なの!」
ナラは、エラーラの手を引いた。
その時、帰りかけたおじさんたちとパレオが、こちらを振り返って言った。
「まったく……。大事なことが化粧か?」
「嘆かわしい。我の時代は、泥を塗って虫除けにしたものだがな」
チクリと刺すような嫌味。
ナラは、ピタリと足を止めた。
「……あぁ?」
ナラは、鉄扇を抜き放った。
そして、超高速で移動し、パレオの頭とおじさんたちの頭、ついでにグチグチ言っていたエラーラの頭を、まとめてスパーン! とひっぱたいた。
「うるさいわよ、外野!」
バチィィィン!!
「文句あるならかかってきなさい!」
ナラは全員を黙らせると、フンと鼻を鳴らし、夕陽に向かって大股で歩き出した。
「行くわよ!タイムセールは待ってくれないんだから!」
過去も未来も、知ったことか。
ナラティブ・ヴェリタスにとって重要なのは、今日の自分が美しく、機嫌よくいられることだけ。
その圧倒的な「現在への執着」こそが、彼女を最強たらしめているのだ。
取り残されたエラーラたちは、腫れた頭をさすりながら、その背中を見送った。
「……やはり、この時代は彼女を中心に回っているようだな……」
王都の夜は、今日も騒がしく、そして平和に更けていく。




