表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/226

第1話:相対的幼女と老人(1)

王都の昼下がり。オープンカフェのテラス席は、今日も平和な、そして少しばかりイラつく喧騒に包まれていた。

ナラティブ・ヴェリタスは、眉間に深い皺を寄せながらアイスティーを啜っていた。

隣のテーブルを占拠している、地元の「おじさん軍団」の声が大きすぎるからだ。


「最近の若者は、店の場所を探すのにいちいち『魔導誘導地図』を使うらしいぞ」


「俺ら世代はそんな軟弱なもん知らん!星の位置と風の匂い、そして勘だけで歩いたもんだ!」


「便利な道具に頼って、脳が退化しとる。俺なんか『魔導決済』のやり方も知らんし、まあ覚える気もないが、それで困ったことなど一度もないわ!」


彼らは、「新しい技術を知らないこと」を恥じるどころか、勲章のように誇っていた。

「不便こそが美徳」「新しいものを知らない俺たちの方が硬派で偉い」という、謎のマウント合戦。

向かいの席で、エラーラ・ヴェリタスが静かに本を閉じ、溜息をついた。


「……停滞を肯定することで自尊心を保つ。生物としては緩やかな自殺だが…」


「それって、世界が狭いってことじゃないの?」


ナラが鉄扇を弄び始めた時、おじさんの一人がさらに声を張り上げた。


「今の世の中は軟弱すぎる!俺たちが若い頃は、もっと過酷だった!それに比べて今の連中は、温室育ちのヒヨッ子だ!」


その言葉が、引き金だった。

地面が激しく揺れた。

カフェの前の石畳が爆砕し、地底から灼熱の蒸気が噴き出す。


「過酷だと? ……笑わせるな、哺乳類風情がァァァッ!!」


噴煙の中から現れたのは、全長50メートルを超える巨大な岩石竜だった。

ごつごつした岩の皮膚、煮えたぎるマグマの目。

有史以前、人類が誕生するはるか昔から地層で眠っていた原生魔獣・パレオだ。

パレオは、ナラとおじさんたちを睨みつけ、鼓膜が破れそうな声で咆哮した。


「貴様らの言う『昔』とは、たかだか数十年前だろうが!我の時代はな、酸素すらまともに吸えなかったのだ!硫黄の雨が降り、地表は溶岩の海! 朝起きたら隣で友人が隕石に潰されているのが日常だったわ!」


「ひ、ひいぃぃぃッ!?」


おじさんたちが腰を抜かす。パレオは激昂し、巨大な尻尾を振り上げた。

だが……その尻尾がカフェの看板を粉砕した瞬間、パレオの顔色がサッと青ざめた。


「あ!……す、すまんよ!ついカッとなって看板を……!大変申し訳ない!弁償しますね!貨幣価値がわからんが、とりあえず……化石でいいか!?」


パレオは、巨大な体を小さく縮こまらせ、へこへこと頭を下げた。

情緒不安定。激怒と謝罪の反復横跳び。

だが、その主張は一貫していた。「自分たちの世代の方が苦労していた」という、おじさんたちの主張の、上位互換だ。

隣のエラーラは、パレオを見た瞬間、ガタガタと震え出し、その場に平伏した。

土下座だ。世界最強の魔導師が、地面に額を擦り付けている。


「は、覇王パレオ様……!お、お久しぶりでございます……!」


「あんた知り合いなの!?」


ナラが叫ぶ。


「黙れナラ!頭が高い!彼は魔法の始祖、魔力の根源を知る大先輩だ!私の知識など、彼にとっては赤子の落書きに等しい!」


エラーラは泣きながら叫んだ。知識の探究者であるエラーラにとって、古代の叡智そのものであるパレオは、絶対的な上位存在なのだ。


「あ、どうも。……いやぁ、最近の若いもんが『昔は大変だった』とかあんまり舐めた口をきくもんで、つい、出てきちゃいました。……でも教育は必要ですよね?本当に。一回だけでいいんで、一回、死んでいただけますか?」


パレオは恐縮しながら、しかし目だけは笑っておらず、おじさんたちを踏み潰そうとする。

ナラは鉄扇を開き、防御態勢をとった。


「ちょっと!謝りながら殺しに来るんじゃないわよ!この年寄り自慢大会、いい加減にしなさい!」


その時だった。

間の抜けた電子音と共に、空が蛍光色に発光した。

空間が裂け、そこから「光り輝く不定形な光の少女」が降臨した。


未来魔獣・ネオ。

数億年後の未来から来た、高次元生命体である。

ネオは、空中に浮遊したまま、地上でいがみ合う老人と古代竜と探偵を見下ろし、クスクスと笑った。

その声は、神経を逆撫でするような、いやに甘ったるい少女の声だった。


『うわぁ~なにこれぇ?博物館の化石がいっぱい動いてるぅ~』


ネオが、ヒラヒラと手を振る。


『すごぉい!おじいちゃんたち、まだ「口」を使って会話してるの?アナログ~!』


パレオが唸る。


「なんだ貴様?気安く近寄るな!」


『あ、石ころが喋った!すっごーい!ねぇねぇ、君って大昔のトカゲさんでしょ?教科書の2ページ目に載ってたよ。「環境に適応できずにすぐ絶滅しちゃったドジっ子」って!ギャハハ!』


「ぜ、絶滅だと……!?」


パレオが硬直する。

ネオは、次に腰を抜かしているおじさんたちを見た。


『君たちは旧人類だねぇ。わぁ、すっごいシワ! 脳みその容量少なそ~!「昔はよかった」って言うの、思考停止の合図なんでしょ?知ってるよ~、歴史の授業で習ったもん。「変化を恐れた哀れな猿たち」って!』


「な、なんだこの小娘!?失礼な!」


『きゃはは!怒った怒った!知識がないからすぐ怒るんだよねぇ。か~わい~い!よしよし、飴ちゃんあげるから泣き止みなちゃい?てか、もうすぐ君たちは絶滅するんだから、みんな仲良くして〜!』


ネオは光の粒子をばら撒き、おじさんたちを子供扱いした。

そして、ネオの視線が、ナラとエラーラに向けられた。


『で、そっちの二人は……うっわぁ……』


ネオは、ナラの顔を見て、露骨に顔をしかめた。


『おばあちゃん、その服なに? 超ダサいんだけど』


「……は?」


ナラの額に青筋が浮かぶ。

まだ20代前半。おばあちゃん呼ばわりされる筋合いはない。


『その「鉄扇」ってやつ? 原始的すぎてウケる~。棒きれ振り回して戦うとか、野蛮人コスプレ? あ、もしかしてそれが「最先端」だと思ってイキってたの? 恥ずかし~! 歴史の恥部じゃん!』


ネオは腹を抱えて笑い転げた。


『しかも、そっちの白衣の人。……君のその「魔導理論」?幼稚園児でも知ってる基礎中の基礎なんだけど。それを必死に研究して偉そうにしてるとか、健気すぎて泣けてくるわぁ~』


エラーラが、ガクリと膝をついた。


「園児……?私の……大統一魔導理論が……?」


『そだよ?君たちが「真理」だと思ってること、全部間違いだから。バグだらけの欠陥プログラムだから。……あーあ、無知って罪だねぇ~』


エラーラは、白目を剥いて泡を吹き、地面をゴロゴロと転がり始めた。


「いやぁぁぁ!未来怖い!ネタバレしないで! 私の努力を無駄って言わないでぇぇぇ!! 許してくださいぃぃぃ!!」


世界最強の魔導師が、精神崩壊して泣き叫んでいる。

ネオはそれを見て、さらにニヤニヤと煽る。


『あはは! 泣いてる泣いてる!ざぁ~こ!ざぁ~こ!何も知らない昔の人たち!』


ナラの中で、何かがプツンと切れた。


「……おい、ガキ」


ナラは鉄扇を開き、殺気を全開にした。


「年長者への敬意ってものを、母親の腹の中に忘れてきたのかしら?」


『敬意ぃ?先に産まれて年取ったから偉いの?私の方が後から産まれたけど、私の方が何倍も年上だよぉ?な〜んで自分よりスペック低い「下等生物」に敬意払わなきゃなんないの?バカなの?』


ネオは、舌を出した。


『君たちさぁ、私から見れば全員「生まれたての赤子」みたいなもんなんだよね。知識も、寿命も、次元も、全部が低次元。しかもめっちゃ老けてる上に、何も知らないのに、な〜んか偉そうじゃん?……ねえねえ、どんな気持ち? 自分たちが「歴史の踏み台」でしかないって知った気分は?』


パレオが咆哮した。


「……許さん! 我を赤子扱いするか!」


おじさんたちが立ち上がった。


「このクソガキ! 親の顔が見たいわ!」


ナラが地面を蹴った。


「おばあちゃんと言ったこと、万死に値するわよッ!!」


過去、現在、古代。

全ての時代のプライドが、「未来からの煽り」を前に一つになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ