第1話:相対的幼女と老人(1)
王都の昼下がり。オープンカフェのテラス席は、今日も平和な、そして少しばかりイラつく喧騒に包まれていた。
ナラティブ・ヴェリタスは、眉間に深い皺を寄せながらアイスティーを啜っていた。
隣のテーブルを占拠している、地元の「おじさん軍団」の声が大きすぎるからだ。
「最近の若者は、店の場所を探すのにいちいち『魔導誘導地図』を使うらしいぞ」
「俺ら世代はそんな軟弱なもん知らん!星の位置と風の匂い、そして勘だけで歩いたもんだ!」
「便利な道具に頼って、脳が退化しとる。俺なんか『魔導決済』のやり方も知らんし、まあ覚える気もないが、それで困ったことなど一度もないわ!」
彼らは、「新しい技術を知らないこと」を恥じるどころか、勲章のように誇っていた。
「不便こそが美徳」「新しいものを知らない俺たちの方が硬派で偉い」という、謎のマウント合戦。
向かいの席で、エラーラ・ヴェリタスが静かに本を閉じ、溜息をついた。
「……停滞を肯定することで自尊心を保つ。生物としては緩やかな自殺だが…」
「それって、世界が狭いってことじゃないの?」
ナラが鉄扇を弄び始めた時、おじさんの一人がさらに声を張り上げた。
「今の世の中は軟弱すぎる!俺たちが若い頃は、もっと過酷だった!それに比べて今の連中は、温室育ちのヒヨッ子だ!」
その言葉が、引き金だった。
地面が激しく揺れた。
カフェの前の石畳が爆砕し、地底から灼熱の蒸気が噴き出す。
「過酷だと? ……笑わせるな、哺乳類風情がァァァッ!!」
噴煙の中から現れたのは、全長50メートルを超える巨大な岩石竜だった。
ごつごつした岩の皮膚、煮えたぎるマグマの目。
有史以前、人類が誕生するはるか昔から地層で眠っていた原生魔獣・パレオだ。
パレオは、ナラとおじさんたちを睨みつけ、鼓膜が破れそうな声で咆哮した。
「貴様らの言う『昔』とは、たかだか数十年前だろうが!我の時代はな、酸素すらまともに吸えなかったのだ!硫黄の雨が降り、地表は溶岩の海! 朝起きたら隣で友人が隕石に潰されているのが日常だったわ!」
「ひ、ひいぃぃぃッ!?」
おじさんたちが腰を抜かす。パレオは激昂し、巨大な尻尾を振り上げた。
だが……その尻尾がカフェの看板を粉砕した瞬間、パレオの顔色がサッと青ざめた。
「あ!……す、すまんよ!ついカッとなって看板を……!大変申し訳ない!弁償しますね!貨幣価値がわからんが、とりあえず……化石でいいか!?」
パレオは、巨大な体を小さく縮こまらせ、へこへこと頭を下げた。
情緒不安定。激怒と謝罪の反復横跳び。
だが、その主張は一貫していた。「自分たちの世代の方が苦労していた」という、おじさんたちの主張の、上位互換だ。
隣のエラーラは、パレオを見た瞬間、ガタガタと震え出し、その場に平伏した。
土下座だ。世界最強の魔導師が、地面に額を擦り付けている。
「は、覇王パレオ様……!お、お久しぶりでございます……!」
「あんた知り合いなの!?」
ナラが叫ぶ。
「黙れナラ!頭が高い!彼は魔法の始祖、魔力の根源を知る大先輩だ!私の知識など、彼にとっては赤子の落書きに等しい!」
エラーラは泣きながら叫んだ。知識の探究者であるエラーラにとって、古代の叡智そのものであるパレオは、絶対的な上位存在なのだ。
「あ、どうも。……いやぁ、最近の若いもんが『昔は大変だった』とかあんまり舐めた口をきくもんで、つい、出てきちゃいました。……でも教育は必要ですよね?本当に。一回だけでいいんで、一回、死んでいただけますか?」
パレオは恐縮しながら、しかし目だけは笑っておらず、おじさんたちを踏み潰そうとする。
ナラは鉄扇を開き、防御態勢をとった。
「ちょっと!謝りながら殺しに来るんじゃないわよ!この年寄り自慢大会、いい加減にしなさい!」
その時だった。
間の抜けた電子音と共に、空が蛍光色に発光した。
空間が裂け、そこから「光り輝く不定形な光の少女」が降臨した。
未来魔獣・ネオ。
数億年後の未来から来た、高次元生命体である。
ネオは、空中に浮遊したまま、地上でいがみ合う老人と古代竜と探偵を見下ろし、クスクスと笑った。
その声は、神経を逆撫でするような、いやに甘ったるい少女の声だった。
『うわぁ~なにこれぇ?博物館の化石がいっぱい動いてるぅ~』
ネオが、ヒラヒラと手を振る。
『すごぉい!おじいちゃんたち、まだ「口」を使って会話してるの?アナログ~!』
パレオが唸る。
「なんだ貴様?気安く近寄るな!」
『あ、石ころが喋った!すっごーい!ねぇねぇ、君って大昔のトカゲさんでしょ?教科書の2ページ目に載ってたよ。「環境に適応できずにすぐ絶滅しちゃったドジっ子」って!ギャハハ!』
「ぜ、絶滅だと……!?」
パレオが硬直する。
ネオは、次に腰を抜かしているおじさんたちを見た。
『君たちは旧人類だねぇ。わぁ、すっごいシワ! 脳みその容量少なそ~!「昔はよかった」って言うの、思考停止の合図なんでしょ?知ってるよ~、歴史の授業で習ったもん。「変化を恐れた哀れな猿たち」って!』
「な、なんだこの小娘!?失礼な!」
『きゃはは!怒った怒った!知識がないからすぐ怒るんだよねぇ。か~わい~い!よしよし、飴ちゃんあげるから泣き止みなちゃい?てか、もうすぐ君たちは絶滅するんだから、みんな仲良くして〜!』
ネオは光の粒子をばら撒き、おじさんたちを子供扱いした。
そして、ネオの視線が、ナラとエラーラに向けられた。
『で、そっちの二人は……うっわぁ……』
ネオは、ナラの顔を見て、露骨に顔をしかめた。
『おばあちゃん、その服なに? 超ダサいんだけど』
「……は?」
ナラの額に青筋が浮かぶ。
まだ20代前半。おばあちゃん呼ばわりされる筋合いはない。
『その「鉄扇」ってやつ? 原始的すぎてウケる~。棒きれ振り回して戦うとか、野蛮人コスプレ? あ、もしかしてそれが「最先端」だと思ってイキってたの? 恥ずかし~! 歴史の恥部じゃん!』
ネオは腹を抱えて笑い転げた。
『しかも、そっちの白衣の人。……君のその「魔導理論」?幼稚園児でも知ってる基礎中の基礎なんだけど。それを必死に研究して偉そうにしてるとか、健気すぎて泣けてくるわぁ~』
エラーラが、ガクリと膝をついた。
「園児……?私の……大統一魔導理論が……?」
『そだよ?君たちが「真理」だと思ってること、全部間違いだから。バグだらけの欠陥プログラムだから。……あーあ、無知って罪だねぇ~』
エラーラは、白目を剥いて泡を吹き、地面をゴロゴロと転がり始めた。
「いやぁぁぁ!未来怖い!ネタバレしないで! 私の努力を無駄って言わないでぇぇぇ!! 許してくださいぃぃぃ!!」
世界最強の魔導師が、精神崩壊して泣き叫んでいる。
ネオはそれを見て、さらにニヤニヤと煽る。
『あはは! 泣いてる泣いてる!ざぁ~こ!ざぁ~こ!何も知らない昔の人たち!』
ナラの中で、何かがプツンと切れた。
「……おい、ガキ」
ナラは鉄扇を開き、殺気を全開にした。
「年長者への敬意ってものを、母親の腹の中に忘れてきたのかしら?」
『敬意ぃ?先に産まれて年取ったから偉いの?私の方が後から産まれたけど、私の方が何倍も年上だよぉ?な〜んで自分よりスペック低い「下等生物」に敬意払わなきゃなんないの?バカなの?』
ネオは、舌を出した。
『君たちさぁ、私から見れば全員「生まれたての赤子」みたいなもんなんだよね。知識も、寿命も、次元も、全部が低次元。しかもめっちゃ老けてる上に、何も知らないのに、な〜んか偉そうじゃん?……ねえねえ、どんな気持ち? 自分たちが「歴史の踏み台」でしかないって知った気分は?』
パレオが咆哮した。
「……許さん! 我を赤子扱いするか!」
おじさんたちが立ち上がった。
「このクソガキ! 親の顔が見たいわ!」
ナラが地面を蹴った。
「おばあちゃんと言ったこと、万死に値するわよッ!!」
過去、現在、古代。
全ての時代のプライドが、「未来からの煽り」を前に一つになった。




