第2話:Silent Majority
主題歌:サイレントマジョリティー
https://youtu.be/DeGkiItB9d8?si=j-jHhq9QuDJPfFbK
「……捕まえたぞ、ナラ!」
地上から、目もくらむような閃光が放たれた。
エラーラの放つ、最大出力の魔力光だ。
光の帯が、落下するナラを空中で受け止めた。
優しく、柔らかく。
そして、そのまま地上へと引き寄せた。
獣医院の屋上。
魔法陣の中央に、ナラのボロボロの体が横たえられた。
左手足は潰れ、全身火傷と切り傷だらけ。
心臓は、微かに動いているだけ。
魂の灯火は、風前の灯だった。
「……始めるぞ」
エラーラの髪は、魔力消費の反動で、銀色からさらに透き通るような白へと変わっていく。
皮膚に亀裂が走り、血が滲む。
「『因果逆行』!!」
エラーラは、自身の生命力を魔力に変換し、ナラに注ぎ込んだ。
それは、単なる治療ではない。
「死の運命」にあるナラを、無理やり「生の時間軸」に引き戻す秘術。
代償は、術者の寿命と肉体の崩壊。
「……痛いだろう。苦しいだろう。……だが、戻ってくるんだ」
エラーラは、血の涙を流しながら詠唱を続けた。
ナラの心にある「絶望」――人間への不信、無意味感、虚無。
それらが、蘇生を拒もうとする。
『もういいよ』『疲れたよ』というナラの魂の声が聞こえる。
「ダメだ! ……君の物語は、こんなところで終わらせない!」
エラーラは、ナラの胸に手を押し当てた。
「私を見ろ!……私が、君を肯定する!世界中が君を否定しても、私だけは君の物語を愛している!」
エラーラの叫びが、ナラの魂を縛り付ける。
光が、ナラの傷を修復していく。
失われた手足が、光の粒子となって再構成される。
ナラの心臓が、強く脈打った。
「……うえっ!……ゲホッ!」
ナラが、息を吹き返した。
彼女は目を見開き、空気を貪るように吸い込んだ。
「……あ、れ……?」
体は動く。痛みもない。
ただ、隣でエラーラが、身体を黒焦げにして血を吐いて倒れ込んでいた。
「お母様ッ!?」
ナラはエラーラを抱き起こした。
エラーラの体は冷たく、ボロボロだった。
あたしを助けるために。あたしの絶望を肩代わりするために。
「……ふふ。……おはよう、ナラ君」
エラーラは、血に染まった口元で微笑んだ。
「……計算通りだ。君は、死なない」
「バカ……! バカよあんたは!」
ナラは泣き叫んだ。
自分のために、またこの人を傷つけてしまった。
その時。
広場の方から、大歓声が聞こえてきた。
助けられた5人の市民が、群衆に囲まれてインタビューを受けていた。
彼らは、服の汚れを払い、誇らしげに語っていた。
「いやぁ、私が冷静にリーダーシップを取ったおかげですな!」
「私の交渉術が、犯人の隙を作ったのですよ!」
「論理的な脱出ルートの計算が功を奏しましたね!」
そして、話題はナラのことになった。
「一緒にいた女性は?」
「ああ、あの狂ったやつ?」
「彼女、なんか自ら機械に飛び込んだんだ。自殺したかったんだろ。」
「迷惑だったな。勝手に暴れて、勝手に装置を壊して……。おかげで服が汚れちまった!」
「全くだ。死んでくれてありがとう、だな!」
彼らは笑っていた。
ナラの犠牲を嘲笑い、自分たちの手柄を誇示し、生存を祝っていた。
そこには、一片の感謝も、罪悪感もなかった。
「正義の傍観者」たちは、自分たちの物語の中で、ナラを「都合のいい舞台装置」として処理したのだ。
ナラは、屋上から飛び降りた。
「……チッ。生きてたのかよ」
「死んでくれれば、感動的な悲劇で終わったのにさあ?」
「空気が読めない女だ。服も汚いし、弁償してほしいくらいだ!謝れ!」
助けられた市民たち、そしてその周りを取り囲む野次馬やマスコミたちが、口々に不満を漏らす。
彼らにとって、ナラは「消費されるべきコンテンツ」であり、生き残ることは「脚本違反」だったのだ。
カメラのフラッシュが焚かれ、記者がマイクを向ける。
「自作自演という噂は……本当ですか?」
「被害者の皆さんに謝罪は?」
その醜悪な光景を見て、限界を超えた者たちがいた。
「……貴様らァァァッ!!!」
側溝から這い上がってきたカレル警部が、血まみれの拳を握りしめて咆哮した。
彼は警察官としての立場も、法もかなぐり捨てていた。
命を懸けて彼らを守った少女に対する、この仕打ち。許せるはずがない。
「こんのおおっ!全員!公務執行妨害!いや、その前に俺が!殴るッ!」
「同感だ……!論理も倫理もあったものではないね!私刑といこうか。」
屋上から、ボロボロになったエラーラ・ヴェリタスが叫んだ。
彼女の目からは血の涙が流れている。
大切な娘を傷つけ、あまつさえ侮辱するこの群衆を、彼女は物理的に消滅させるつもりだった。
「私の娘を愚弄するな!全員、分解してやるッ!」
カレルが警棒を抜き、エラーラが攻撃魔法を装填し、群衆に襲いかかろうとした。
その時。
「……お待ちなさいな」
凛とした声が、二人の暴走を止めた。
スッ。
ナラの手が、カレルの肩と、降りてきたエラーラの腕を制した。
「ナラ君!?」
「どいてくれナラ!こいつらだけは!」
ナラは、ゆっくりと首を横に振った。
その顔には、慈愛のような、しかし底知れぬ凄みのある微笑みが浮かんでいた。
「下がっていて、お母様。警部さん。」
ナラは、ドレスの袖をまくり上げた。
修復されたばかりの腕に、力が漲る。
「……目覚めさせて、やりますわ……」
ナラは、群衆の方へ向き直った。
「主役を差し置いて脇役が暴れるなんて……。三流のシナリオですわよ?」
ナラは、一歩踏み出した。
その瞬間、彼女の背後に、阿修羅のような闘気が立ち昇った気がした。
「さあ……。教育的指導の時間ですわッ!!」
最前列にいた商人が腰を抜かす。
「く、来るな!暴力反対!我々は物言わぬ市民だぞ!」
「市民んんん? ……いいえ」
ナラは、残像が見えるほどの速度で踏み込んだ。
「物を言わないなら、あんたたちは『サンドバッグ』ですわッ!!」
ナラの拳が、商人の顔面にめり込んだ。
鼻がへし折れ、サングラスが粉砕される。
商人はきりもみ回転しながら吹き飛び、後ろの記者たちを巻き込んで倒れた。
「ギャアアアアッ!!」
群衆がパニックになる。
「逃がしませんわよ!」
ナラは舞った。
それは、格闘技というよりは、一方的な蹂躙。
「あ、あんた!年寄りを殴る気か!?」
杖をついた老人が命乞いをする。
「長く生きたから、何ですの!?」
ナラは老人の杖をへし折り、その鳩尾にボディブローを叩き込んだ。
「恥を知らないなら……。痛みで思い出しなさいッ!」
老人が白目を剥いて崩れ落ちる。
「女よ!私は女よ!平等に……」
「そう!だから平等に殴って差し上げますわッ!」
平手打ち一閃。
女の化粧がひび割れ、独楽のように回転して倒れる。
「報道の自由が!」
「捏造の自由でしょう!がッ!」
カメラを粉砕し、記者をアッパーカットで空へ打ち上げる。
ナラの拳速が加速する。
男も、女も、老人も、金持ちも、貧乏人も。
そこにいた「悪意ある傍観者」たち全員に、ナラの鉄拳が平等に降り注ぐ。
殺しはしない。
だが、一生忘れられない「痛み」と「恐怖」を、その体に刻み込む。
数分後。
広場は、呻き声を上げる人々の山となっていた。
立っているのは、ナラただ一人。
「……ふぅ」
ナラは、拳についた血を払い、乱れた髪をかき上げた。
スッキリした。
これ以上ないほど、晴れやかな気分だった。
その時。
瓦礫の陰で、ガタガタと震えている小さな影があった。
10歳くらいの少年だ。
彼は、ナラに見つかると、泣きながら叫んだ。
「ぼ、僕は……!僕は何もしてないよ!」
少年は、必死に言い訳をした。
ナラは、ゆっくりと少年に近づいた。
その影が、少年を覆う。
「……ただ、見ていただけ?」
ナラは、低い声で復唱した。
「う、うん!ただ見ていただけ!……だから僕を殴らないで……!」
「『ただ見ていただけ』ぇぇん!?」
ナラが激昂した。
その怒りは、石を投げた連中に対するものよりも、遥かに大きく、熱かった。
「ひぃッ!?」
ナラは、少年をひっ捕まえた。
殴る――かと思われた拳が、空中で止まる。
そして、ナラは少年を膝の上に乗せ、うつ伏せにした。
「見殺しにするのはね……石を投げるのと、同じことなのよッ!」
ナラの掌が、少年の尻を引っぱたいた。
それは、暴力だった。だが、そこには「加害者になるな」という、ナラなりの不器用で烈火のような愛情が込められていた。
「次は!……そうね、次は、石を投げるのを止めなさい!それができなきゃ、逃げなさい!……ボーッと見てるだけの、空っぽな人間になるんじゃないわよッ!」
少年が泣き叫ぶ。
ナラは、真っ赤になった少年の尻を解放し、彼を地面に立たせた。
少年は、全力で走り去っていった。
彼はきっと、この痛みを一生忘れないだろう。
そして、大人になった時、ただの傍観者にはならないはずだ。
「……ふん。世話が焼けますわ!」
ナラは立ち上がり、ドレスの埃を払った。
そして、振り返った。
そこには、カレル警部とエラーラがいた。
二人は、ボロボロの体で、しかし満面の笑みを浮かべていた。
そして、ナラに向かって、力強く拳を握りしめ、突き上げた。
無言の、ガッツポーズ。
「……ナイスだ、ナラ君」
「……よくやった」
ナラは、呆れたように、でも嬉しそうに笑った。
「……野蛮な人たちですこと」
ナラもまた、小さく拳を掲げた。
青空の下。
倒れ伏す悪漢たちの中心で、三人の英雄が立っていた。
正義とは、清廉潔白なものではない。
時には泥にまみれ、拳を振るい、尻を叩いてでも教え込む。
そんな、熱くて痛い「愛」の形なのかもしれない。
「さあ、帰りますわよ! ……お腹が空いて死にそうですわ!」
「うむ!まずはコーヒーだ!」
「私はビールが飲みたい気分だな!」
三人は、瓦礫の山を越えて、歩き出した。




