表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/226

第1話:確定された敗北!

王都中央広場の上空、地上30メートル。

そこに、巨大な透明の立方体が浮遊していた。

それは、何者かが仕掛けた、逃げ場のない処刑台だった。

閉じ込められているのは6名。

偶然居合わせた市民が5名。

そして……彼らを助けようと飛び込んだ、ナラティブ・ヴェリタス。


『ゲームの開始だ。生き残りたければ、誰か一人が「芯」となれ』


広場に設置されたスピーカーから、ノイズ混じりの犯行声明が響く。

キューブの天井から、無数の「魔導レーザー発射口」と、鋭利な「回転鋸」がせり出してくる。


「……まったく、趣味の悪い鳥籠ですこと」


ナラは、漆黒のドレススーツの裾を払い、鉄扇を構えた。

彼女の足元、透明な床の下には、何千人もの野次馬が広場を埋め尽くし、この惨劇を「鑑賞」していた。

地上。

規制線の最前線に、カレル警部がいた。

カレルは、上空のキューブに向けて愛用のリボルバーを構えた。

犯人の姿は見えない。だが、あの檻を壊さなければ、中の人間はミンチになる。


「ナラ君!今助ける!」


カレルが引き金を引く。

銃声が響き、弾丸がキューブの底面に命中する。

だが。

乾いた音がして、弾丸はそのままの速度でUターンして、カレルの右肩を貫いた。


「ぐあッ!?」


「警部!?」


部下が駆け寄る。


「弾いた?……魔法反射か!……だが、撃ち続けるしか……!」


カレルは血を流しながら、左手で銃を構え直す。

今度は太ももを掠める。

カレルは倒れない。彼は魔法を使えない。だからこそ、自分の血と痛みで代償を払ってでも、市民を守ろうとする。


「やめろ!警部!」


「もうやめるんだ!」


群衆から声が上がる。

だが、それは、けしてカレルを心配する声ではなかった。


「お前が撃つと、弾がこっちに来るだろうが!」


「そうだ!安全にショーを見せろ!」


群衆は、カレルに罵声を浴びせはじめた。

彼らにとって、この事件は「対岸の火事」であり、スリル満点の見世物なのだ。

それを邪魔し、あまつさえ、自分たちに危険を及ぼすカレルは、彼らにとって「悪」だった。


「貴様らァ!中に人がいるんだぞ!」


カレルが叫ぶ。


「知るか!楽しむ権利を奪うな!」


暴徒と化した市民たちが、カレルを取り囲む。

殴る、蹴る。泥水を浴びせる。

カレルは抵抗しなかった。市民に銃を向けるわけにはいかないからだ。

彼は血まみれになり、ボロ雑巾のように路肩の側溝へと蹴り落とされた。


「……くっ……ナラ……君……」


カレルは、薄れゆく意識の中で空を見上げた。

一方、エラーラ・ヴェリタスは、巨大な望遠鏡型の解析機をキューブに向けていた。

彼女の表情は、氷のように冷徹だった。


「……解析完了。……『絶対隔離空間』だ……」


エラーラは、震える手で数式を書き殴る。


「外部からの干渉……全て無効。強引にこじ開けようとすれば、内部の空間が崩壊する……」


つまり、外からは手出しができない。

ナラが自力で解決するしかない。

エラーラは、解析結果が示す残酷な未来を見た。

あの罠は、必ず「一人の命」を要求する。

誰かが犠牲にならなければ、全員が死ぬ。


「……ナラ」


エラーラは、望遠鏡から目を離した。

そして、即座に別の準備を始めた。

巨大な魔力タンク、蘇生用の触媒、生命維持装置。


「私は……君を助けに『行かない』」


エラーラは、呪文の詠唱を開始した。


「君は、必ず自分を犠牲にする。……だから私は、君が『死んだ後』のために全力を注ぐ」


それは、母親としての苦渋の決断であり、賢者としての冷酷な最適解だった。

ナラが死ぬことを前提に、蘇生の準備をする。

生きているナラを見捨て、死体となるナラを待つ。


「……死なせない。たとえ魂が砕けても、私が縫い合わせてやる……!」


エラーラは、自身の寿命を削り、魔力を充填し始めた。

上空、キューブ内部。


『排除シークエンス開始』


天井の回転鋸が、唸りを上げて降下してくる。

逃げ場はない。


「た、助けてくれ! まだ死にたくない!」


「なんで私がこんな目に!」


閉じ込められた市民たちがパニックになる。

彼らは、裕福な商人、市の議員、学者の卵、主婦、そして活動家風の男だった。


「落ち着きなさい! 騒げば酸素が減りますわよ!」


ナラが一喝する。


「お前! 何か武器を持ってるな!?」


商人が、ナラの鉄扇を指差した。


「それで何とかしろ! 早く!」


「やってますわよ!」


ナラは跳躍し、迫りくる鋸の刃を鉄扇で弾いた。

凄まじい衝撃。ナラの手首が悲鳴を上げる。


「くっ……! 硬い……!」


刃は弾かれたが、すぐに軌道を修正し、再び襲いかかってくる。

それどころか、ナラの攻撃に反応して、壁からレーザーが発射された。


「危ないッ!」


ナラは市民を庇って前に出た。

ジュッ。

レーザーがナラの肩を焼き、ドレスを焦がす。


「……ッ!」


「おい! お前が攻撃したから、罠が反応したんじゃないか!」


議員が叫んだ。


「は?」


ナラは痛みをこらえて振り返る。


「余計なことをするな!お前が動くたびに、我々が危険に晒される!」


「助けようとしてるんでしょうが!」


「嘘をつけ!」


学者の卵が、眼鏡を直しながら論理的にまくし立てた。


「観察したところ、君が鉄扇を振るった『直後』にレーザーが発射された。つまり、君の攻撃がトリガーだ。……君は、我々を巻き込んで、自分だけが助かるための実験をしているんじゃないか?」


「な……!?」


「そうだ! 最初から怪しいと思ってたんだ!」


活動家の男が続く。


「その黒い服! 喪服か? 最初からここで死人が出ることを知っていたような格好だ!」


「これは趣味ですわよ!」


「それに、あの下の騒ぎ……。警官がやられていたぞ。お前、警察とグルになって……さては、自作自演のヒーローごっこ、してるんじゃないか?」


彼らの目は、恐怖で濁っていた。

極限状態において、人間は「敵」を欲する。

理不尽を誰かのせいにすることで、精神の均衡を保とうとするのだ。

そして、この場で唯一「戦う力」を持ち、異質な存在であるナラは、格好のスケープゴートだった。


「……バカなことを」


ナラは、再び迫る鋸を受け止めた。

火花が散る。腕の筋肉が断裂しそうだ。


「あたしは……あんたたちを守るために……!」


「守るだと?笑わせるな!」


商人が唾を吐く。


「お前貧乏人だろう?服の生地はいいが、仕立てが悪い。……金持ちの我々が死ねば、社会的な損失は計り知れない!だが、お前一人が死んでも、誰も困らない!」


商人は、財布から札束を取り出し、ナラの足元に投げつけた。


「ほら、金ならやる!これで満足か?満足だろう?違うのか?違うのかよ?……足るを知れ!さっさとその機械に飛び込んで、身代わりになれ!」


「……」


ナラは、札束を踏みつけ、鋸を押し返した。


「金なんて……紙切れですわ!」


「なら、政治的な観点から言おうか。」


議員が冷徹に告げる。


「私は次期選挙の有力候補だ。私の政策は、未来の数万人を救う。……功利主義的に考えれば、君なんかの命より、将来的に皆を救う私の命の方が、圧倒的に『重い』のだよ!」


「命に重さなんて……」


「あるさ!……社会的地位という天秤の上ではな!」


すべて、教科書通りの正論だった。

彼らは正当に、ナラを責め立てた。

「お前は学がない」「身分が低い」「社会貢献度が低い」。

だから、死ぬべきだ、と。

それが「正義」だと、彼らは本気で信じていた。


『第二段階移行』


無機質なアナウンスと共に、床から高圧電流が流れ始めた。


「きゃあああ!」


主婦が悲鳴を上げる。

ナラは、鉄扇を避雷針代わりにして、電流を引き受けた。

激痛が全身を走り、ナラの体が痙攣する。

煙が上がる。


「……ぐ、ぅ……!」


ナラは膝をついた。

ボロボロだ。

肩は焼かれ、腕は痺れ、意識が飛びそうだ。

だが、市民たちは駆け寄ろうともしない。

彼らは、安全な隅に固まって、ナラを見下ろしていた。


「……わざとらしい」


学者が呟く。


「は?」


ナラが顔を上げる。


「そんなに派手に傷ついて……。同情を誘うつもりか?」


活動家が冷笑する。


「お前、本当は死にたいんだろ?」


「……なんですって?」


「こんな大掛かりな装置を作って、注目を集めて、悲劇のヒロインとして死ぬ。恐ろしいよ。恐ろしい……承認欲求の塊だな!」


「そうだ!自殺に我々を巻き込むな!」


「死ぬなら一人で勝手に死ね!」


「迷惑料を払え!」


彼らの言葉は、刃物よりも鋭く、ナラの心を切り刻んだ。

助けようとしているのに。

身を挺して守っているのに。

彼らは、ナラの痛みを「演技」だと嘲笑い、ナラの命を「消費財」として扱っている。

彼らは、傍観者だ。

当事者であることから逃げ、安全圏から石を投げ、正義の仮面を被って悪意を垂れ流す。

この世で最も醜悪な、「最強の弱者」たち。


「……う、うぅ……」


ナラは、涙を流した。

痛いからじゃない。

悔しいからだ。

こんな奴らのために、命を懸けている自分が。

そして、それでも彼らを見捨てることができない自分が。


「……お母様……」


ナラは、地上を見下ろした。

遥か下、獣医院の屋上で、エラーラが光っているのが見えた。

エラーラは、動かない。助けに来ない。

それは見捨てたからではない。

「ナラならできる」と信じているからでもない。

「ナラが死ぬ」ことを受け入れ、その先で待っているからだ。


(……分かってるわよ、お母様!)


ナラは、血の混じった唾を吐き捨てた。


(あんたは、あたしの死体でも愛してくれる。……だから、あたしは戦えるのよ!)


ナラは、立ち上がった。

フラフラと、しかし確かな足取りで。


「……よく聞きなさい、ゴミ屑ども!」


ナラは、市民たちを睨みつけた。

その瞳は、真っ赤に充血し、鬼のような形相だった。


「あたしは死にたいんじゃない。……生きたいのよ!泥水を啜ってでも、あんたたちに罵られても、生きて、帰って、そうして、美味しいご飯を食べるのよ!」


ナラは、鉄扇を構え直した。


「でもね。……あんたたちみたいなクズでも、死なせたらあたしの目覚めが悪いの!」


『最終シークエンス空間圧縮』


キューブの壁が、内側に向かって迫り始めた。

全員を圧殺するプレス機。

止める方法は一つ。

中央にある回転鋸の基部に、命を過剰供給し、ショートさせること。


「……見てなさい」


ナラは、鋸に向かって走った。


「これが……あたしの『物語ナラティブ』よッ!!」


市民たちは、呆然と見ていた。

狂った女が、自殺しに行くのを。

やっと、自殺してくれるのを。

「助かった」という安堵の表情で。

ナラは、回転する刃の中に、自らの体を投げ出した。

肉が裂け、骨が砕ける音が、密閉されたキューブの中に響き渡った。

ナラティブ・ヴェリタスは、自らの左腕と左足を、回転鋸のギアに噛み込ませていた。

鮮血がスプリンクラーのように撒き散らされ、市民たちの顔にかかる。


「ひぃッ!汚い!」


「血がついたじゃないか! クリーニング代どうしてくれる!謝れ!」


彼らは、目の前で起きている自己犠牲の惨劇に、悲鳴ではなく文句を上げた。

ナラの血は、彼らにとって「汚れ」でしかなかった。


「ぐ、ぅ……ぁぁぁぁぁッ!!!」


ナラは絶叫した。

激痛。意識が飛びそうになる。

だが、彼女は残った右手と右足で、必死にギアを食い止めていた。

自分の肉体を「異物」として機械に認識させ、エラーを起こさせるために。


『警告異物混入駆動系停止』


火花が散り、黒煙が上がる。

迫っていた壁が、停止した。

そして、キューブのロックが解除され、底面が開いた。


「助かった!」


市民たちは、我先にと開いた穴へ殺到した。

そこには、地上から伸びた緊急避難用のスロープが架かっていた。

誰も、ナラを振り返らなかった。

機械に挟まれ、血まみれになっている彼女を、誰も助けようとしなかった。


「早く行こう!」


「あいつのおかげで助かったな、ラッキーだ!」


「まあ、あいつは死にたがってたし、本望だろうよ!」


彼らは、ナラの屍を踏み潰して、脱出していった。

ナラは、薄れゆく意識の中で、それを見ていた。


(……知ってたわよ)


期待なんてしていなかった。

「ありがとう」なんて言葉、こいつらから出るはずがない。

でも、それでも。

一つくらい、振り返る視線があっても良かったじゃあ、ないか。


「……お母、様……」


ナラの手から力が抜けた。

彼女の体は、破壊された鋸と共に、開いた床から落下した。

地上30メートル。

死への、ダイビング。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ