表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナラティブ・ヴェリタス  作者: 王牌リウ
世界からの不採用通知
101/212

第2話:世界からの不採用通知(2)

空は、光と闇が互いに執着し合い、溶け合った結果、永遠に明けない「夕暮れ」の色で固定されている。

心地よい涼風が吹いている。だが、その風は暑さと寒さが互いを求め合い、混ざり合った結果生じた、『死ぬほど』快適な「秋」の風だった。


カレル・オータムとゴウ・オクトーバーは、その中を歩いていた。

彼らは、まるで透明人間のように、周囲の惨劇から浮いていた。

執着を持たない彼らは、この世界において「味のしない異物」であり、誰からも、何からも愛されず、憎まれもしない。


「……見てください、警部」


ゴウが指差した先。

街路樹の上で、三匹の猫と、一羽の鳥が喧嘩をしていたはずの場所。

そこには、三つの猫の頭と、鳥の翼、そして無数の爪が混ざり合った『猫鳥ケルベロス』が鎮座していた。

三つの頭は互いに食らいつき、愛し合いながら、一つの胃袋に餌を詰め込んでいる。


足元では、地面に落ちたパンに蟻が群がっていた。

だが、蟻はパンを食べ尽くすのではなく、パンと融合していた。

『パン蟲』。

焼き立ての香ばしい匂いを放つ蟲の群れが、カサカサと這い回り、アスファルトを浸食している。


「……助けて……誰か……」


路地から這い出してきた女がいた。かつてナラに助けを求めた女だ。

彼女の背中には、彼女を追い回していたストーカー男が、背後霊のように融合していた。

さらに、そのストーカー男を憎悪し、執着していた別の男が、正面から突撃して融合していた。

『女ストーカー男』。

三人は一つの肉塊となり、「愛してる」「殺す」「助けて」と叫びながら、三つ巴の永久機関となって転がり続けている。


そして、広場の噴水。

そこでは、「殺し」に執着していた殺人鬼が、自分自身を撃ち続けていた。

銃弾が頭を吹き飛ばすが、吹き飛んだ肉片がすぐに戻り、銃弾と愛し合って融合する。

『自殺の永久運動』。

彼は恍惚の表情で、死という快楽を永遠に貪り続けている。


「……地獄だ。」


カレルは、リボルバーの撃鉄を起こしたが、すぐに戻した。

撃つ相手が、いない。全員が被害者であり、加害者であり、そして幸福なのだから。


王立図書館。

知識に執着した学者たちが、書物と融合していた。

彼らの皮膚は紙となり、血管にはインクが流れている。


「知りたい……もっと……」


彼らは互いのページを破り合い、食べ合い、情報を共有する巨大なパルプの怪物となり、図書館そのものを消化しようとしていた。


美容室の大鏡の前。

自分の美貌に執着した女が、鏡にキスをしようとして、そのまま鏡面と融合していた。

ガラスと肉が混ざり合い、彼女の顔は無数の破片となって増殖し、あらゆる角度から自分を見つめ続けている。


「……私が一番……」


近づく者を鏡の中に引きずり込み、自分の「観客」としてガラスに閉じ込めていく。


三ツ星レストラン。

美食家たちが、互いを調理し合っていた。

「君の腕は最高だ」「君の舌は極上だ」

シェフと客が融合し、自らの体を切り刻んでソテーにし、自らの口で食べる。

究極の自給自足。減ることのない肉と、満たされない食欲の無限ループ。


骨董品店。

アンティーク人形を愛した男が、数百体の人形と融合していた。

彼の体からは無数のプラスチックの手足が生え、まぶたはガラス玉になり、関節は球体関節になっている。


「寂しくないよ……みんな一緒だ……」


彼は、動けない人形たちに自らの神経を接続し、永遠のおままごとを続けている。


公園の砂場。

過保護な母親たちが、子供たちと融合していた。


「ママが守ってあげる」


子供たちは母親の腹の肉に埋め込まれ、顔だけを出して呼吸している。

母親たちは巨大な肉の揺り籠となり、近づく他者を「外敵」として酸の母乳で溶かしていく。


ゴウは、胃液のこみ上げる口を押さえた。

愛、知識、美、食欲、母性。

人間が持つあらゆる感情が、度を越した執着によって、醜悪な怪物へと変貌している。

だが、それら全てを凌駕する怪異が、王都の上空に顕現していた。

空を見上げると、そこには太陽も月もなかった。

あるのは、巨大な「二つの概念」の融合体。

『正義』と『悪』。

王都の裁判所と、犯罪組織のアジト。

対極にあるはずの二つの建物が、空中に伸びてねじれ合い、融合していた。

「裁くこと」への執着と、「犯すこと」への執着。

その二つが混ざり合い、空から「他者を裁くという罪を犯すための罪」を同時に降らせている。

善人も悪人も、その雨を浴びて溶けていく。


「正義も悪も、突き詰めれば『他者への干渉』という欲望、か」


そう嘲笑うかのように、世界は矛盾を孕んだまま、ドロドロに溶け落ちていく。


「……終わりだよ。何もかも。」


カレルは、道路の真ん中に座り込んだ。

ナラも、エラーラも、もういない。

この世界には「解決」という概念すら存在しない。

ただ、幸せな崩壊があるだけだ。


「……警部」


ゴウが、瓦礫の山――かつてゴミ捨て場だった場所――を指差した。

そこには、奇妙なものが落ちていた。


「……あれ、何ですか?」


カレルが見ると、それは一つの「古びた鞄」だった。

周りの景色は全て溶け合い、融合しているのに。

その鞄だけが、ポツンと、何とも混ざらずに存在していた。


「……誰の鞄だ?」


カレルは近づき、警戒しながら鞄を開けた。

中に入っていたのは、宝石でも、魔導書でもなかった。

大量の、「未開封の手紙」だった。

宛名はバラバラ。差出人もバラバラ。

だが、全ての手紙に共通して、赤いスタンプが押されていた。


『受取拒否』


「……これは」


カレルは、一通の手紙を拾い上げた。

それは、ある男が別れた恋人に送り続けた、執着に満ちた復縁の手紙だった。

だが、恋人はそれを読まずに拒絶し、送り返したのだ。

カレルは気づいた。

この鞄の周りだけ、空気が乾いている。

スライム化した地面も、ここだけは乾いたアスファルトのままだ。


「……拒絶?」


カレルは呟いた。


「この世界は今、『執着』によって融合している。だが……」


だが。

この手紙は違う。

「いらない」「関わりたくない」「他人でいたい」という、強烈な「拒絶」の意志が込められている。


「……これ、だ」


カレルの目に、刑事の光が戻った。


「この地獄を止める薬は……愛でも正義でもない」


カレルは、鞄をひっくり返した。

数百通の「受取拒否」の手紙が散らばる。

「絶縁状」「辞表」「不採用通知」「契約解除通知」。

誰かが誰かを、社会が個人を、冷徹に切り捨てた証。


「……やはりな」


この世界に必要なのは、熱い抱擁ではない。

「お前はお前、俺は俺」と突き放す、冷たい断絶だ。


「ゴウ君!手伝え!」


カレルが叫ぶ。


「こいつを……この『拒絶の塊』を、あいつらの口にねじ込んでやるんだ!」


ゴウは、一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。


「はい!」


二人は、誰も欲しがらなかった「拒絶の手紙」をかき集めた。

それは、愛に溺れて溶けていく世界に対する、最後にして唯一の、冷ややかなる反撃の弾丸だった。


「……行くぞ。世界に『他人行儀』を取り戻すんだ」


カレルとゴウは、地獄のまっただ中へと走り出した。

手には、誰も読みたくなかった悲しい手紙を握りしめて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ