母の思い出
端と端が綺麗に重なり合わないまま折られた折り紙が、小さな手に握りしめられている。
「みてー!おかあさん」
私から寄越されるであろう賞賛の声を待ち侘びてか、彼女の瞳は真夏の太陽のように眩しく照り輝いている。
王冠のような形を目指して折られた赤い紙は、かつて公園で共に眺めた色とりどりの花を模しているのだとわかった。私に見せようとお迎えまでの間、大事に大事にポケットの中で守られたそれはしわくちゃで、けれどそんなことは一切気に留めないまま、折り紙を自分の手で折ったのだという事実を褒めてほしそうに差し出している。
期待の眼差しを孕んだ瞳は言葉拙い彼女の小さな唇よりも遥かに雄弁で、私はそれが愛らしくて仕方がないのだ。
洗ったばかりのまな板の上、随分と小さなプラスチック製の包丁が置かれている。
「出来るからそこで見ててね」
得意げにそう言った彼女は包丁の柄を握り、まな板の上に転がる玉ねぎに迷いなく刃を下ろす。先端から入っていった包丁はまだ子どもの彼女の力では上手く玉ねぎに沈んでいかず、肘を横に張って力任せにめり込んでいく。その様子が危なっかしくてつい口や手が出そうになってしまうが、それすらも見越した彼女は背中越しに「大丈夫だから」と私を制す。
そして、どうにか無事に包丁がまな板へと着地する音がした。まだ潤む気配のない瞳が元気にこちらを振り返る。また一つ、出来ることが増えた彼女の姿を私が捉えていたことを確認して、満足そうに口角が上がっていく。横目に時計を見れば、もう普段ならあと二つほど先の工程に進んでいる時刻だった。しかし、私は再び玉ねぎと向き合いだした彼女の背を黙って見つめる。ただ、見ていたかったから。
彼女の、濁りのない素直な笑顔を思い浮かべることは容易だった。私の中には数多の映像が焼きつき、どの引き出しだって錆びつくことなく保管されている。再生しようとすれば、いつのどんな記憶だって瞬時に取り出せた。
「ほら、見て」
無邪気な笑顔を私に向ける彼女の姿が浮かぶたび、遠くで小さく高い音がする。巻き取られていくビデオテープが擦れるような、僅かにしか聞こえないのに不快な音だ。
あの日から、繰り返しこの映像を見ている。もう何度再生したのか自分でもわからない。けれど飽きることもない。飽きたとしても、脳が流すことを止められない。
異音が少しずつ大きくなっていく。もう、彼女の姿がこんな形で見られなくなる日も近いのだろうか。