金の亡者の令嬢が辺境で鉱山を掘り当てた結果、政略結婚で国ごと動かしたようです
「お金がすべて。金貨さえあれば、大抵のことは解決できますわ」
子爵家の令嬢ミーネは、幼いころからそう豪語しては貴族たちに呆れられてきた。その言い分から、世間では「守銭奴気質」「金の亡者」と蔑まれてもいた。貴族というものは名誉や血筋を重んじ、金銭を口にすることなど下品だとされている。ましてやミーネは子爵家という高位とも低位とも言えない微妙な家格――大公や公爵、伯爵らと比べれば華やかさに欠けるとも言えるし、貧乏貴族と比べれば幾分か裕福。どっちつかずな地位のうえに、あろうことか自ら「お金こそが大事」と公言するのだから、周囲の貴族たちからは冷たい目を向けられていた。
しかし、彼女はまったく気にしない。代々の子爵家は小領地を所持しており、そこからの収入も大きくはないが安定していた。ミーネはそれをうまくやりくりし、さらなる収益を生み出す算段を常日頃から練っている。好きなものは簿記、税法、投資の話。口を開けば「もっと金貨を増やしたい」「財政を安定させたい」と熱弁する。そんな彼女に両親はときどき呆れ気味だったものの、子爵である父親は「いずれ家を継いでもらうなら、領地運営に熱心なのは悪くない」とむしろ頼もしさすら感じていた。
しかし社交界の評判はよくない。隣の伯爵令嬢や侯爵令息と顔を合わせれば、「金金言って、はしたない」「同じ子爵家の令嬢でももう少し控えめな方はいるのに」などと陰口をたたかれがち。けれどミーネは苦笑しつつも反論しない。なぜなら彼女にとって「お金にまつわる知識を磨くこと」はもっとも重要なことだったからだ。
そんなある日、子爵家にとっては少し外れにあたる辺境の領地で、ミーネが新たな鉱山資源を発見したという報告が届いた。もともと辺境の鉱山は先祖の時代に試し掘りをしていたものの、大した成果が出ずに放置されていた。ところがミーネがその古い資料を丹念に調べ上げ、地質学の知識を持つ技師を雇って「改めて掘ってみよう」と試みたところ、思わぬ大鉱脈が見つかったのだ。それも極めて希少な鉱石を含む鉱脈。噂は瞬く間に広まり、子爵家にとっては信じがたいほどの収入増が見込まれることになった。
その知らせを聞いて、はじめは半信半疑だった貴族たちは、すぐに現物の鉱石サンプルを目の当たりにして目を丸くした。鉱石の種類は魔力伝導性の高いレアメタルで、王国としても兵器や魔道具、騎士の武具強化などに喉から手が出るほど欲しい素材。さらに石を加工すれば宝飾品としての価値も高くなる。子爵家がこれを押さえたとなれば、王家としても見過ごせない利益が転がり込んでくる。
ミーネは即座に投資を決断し、坑道や作業施設の整備を始めた。彼女が用意していた財務計画は抜け目がなく、領民の生活も安定するように賃金や物資の流通を調整し、結果として領地全体が潤うことになった。行き場のなかった労働者も雇用が増え、貧困に喘いでいた辺境は活気づき、余剰の穀物や家畜の取引も伸びる。おまけに彼女が気前よく資金を回すので、街道や宿場も整備されてきた。
「これで当面、領地の財政は安泰だな」 子爵である父親が感心して言うと、ミーネは大仰にうなずいてみせた。 「お父様、まだまだこれからですわ。鉱石をただ掘って売るだけでなく、加工工場を立てればさらに高値で売れますし、輸送ルートを確保すれば他国との取引も見込めます。王都の商人だけに頼ると買い叩かれる可能性がありますもの」 「商人たちも今回のことで目をつけている。娘よ、まさに千載一遇の好機をものにしたな」 父親がうれしそうに笑うと、ミーネは照れたように肩をすくめた。
ほどなくして、子爵家の新たな富の噂は王宮へと届く。やがて王太子アルトから正式にお呼びがかかった。これまでミーネは社交の場でアルトと顔を合わせたことはあったものの、言葉を交わす機会はほとんどなかった。王太子とはいえ、侯爵令嬢や公爵令嬢たちに囲まれており、子爵令嬢など目に入らなかったのだろう。けれど今回は違う。しばらく経ってからミーネと父親は王宮へと招かれ、謁見の間に通された。
「ミーネ子爵令嬢、あなたの経営手腕は聞き及んでいる。鉱山の利益は王国にとっても大きな意義を持つ。そこで提案があるのだが……」
玉座の隣に立つ王太子アルトは、端正な顔立ちに穏やかな物腰を装ってはいるが、その目は時折ぎらりと輝いた。王家にとってもこの希少鉱山は喉から手が出るほど欲しい。思い通りに利権を得たい以上、持ち主である子爵家には言いなりになってもらうのが一番手っ取り早い。そうアルトは考えている風に見えた。
「あなたは王都の社交界でも特別な才能を持つと評価されている。そこで、このアルトが妃として迎えるのはどうだろう?」 「妃……?」 「そうだ。あなたが王家に嫁ぐことで、財政や鉱山の安定は王国にもたらされるし、当然あなたもより高い地位と名誉を得ることになる」
周囲の貴族たちは一斉にざわついた。これまで「金の亡者」などと揶揄されていたミーネが、王太子妃だと? 正直に言えば、王太子が結婚相手に求める地位は普通なら公爵か侯爵の令嬢。子爵の娘に声をかけるのは異例中の異例。すべては希少鉱山が理由だということは誰もが察した。
けれど肝心のミーネは憧れの眼差しを向けるどころか、小さく首をかしげている。 「なるほど。ご提案はありがたいのですが……私にとって、最良の結婚は家や領地にもっとも利益をもたらす条件であるべきと考えております。王太子殿下とのご縁はたいへん名誉なことですが、今のところ、他国からの申し出のほうが条件が良いのですよ」
その瞬間、場は静まり返った。予想外の返答に王太子アルトは呆然と目を見開く。彼女が冷静に言うには、鉱石の価値を他国に売り込みつつあったところ、その隣国の公子が結婚をちらつかせながら破格の取引条件を提示してきたという。その国では新たな鉱石を武具製造に活かし、大陸への輸出を狙っているらしい。もしミーネがそちらに嫁ぐなら、鉱山はさらに大きな発展を遂げる可能性が高い。子爵家にとっても利益は莫大となるだろう。
「だ、だが!」
アルトは慌てたように声を上げる。
「王家に嫁げば、あなたはこの国で最も高い地位を得るのだ。公爵家や侯爵家より上なのだ。それを捨てるのか?」
「そちらの魅力は重々承知していますが、私には外せない条件がいくつかありますの。例えば新しい鉱山の所有権は子爵家が独占する、開発権は私が決定する、投資先への課税は特別に優遇してもらう、など……。およそ十項目ほどございますわ」
「十項目、だと……?」
王太子はその場で渡された書類を受け取り、ふと表情を曇らせる。その要求は国として見ればかなり大胆で、つまりは鉱山からの利益をできる限り子爵家に手厚く残す、という内容だった。
「これでは王家が得られる利益が限られてしまうではないか。しかも課税優遇をここまで……」
「ええ、でも隣国ではすでに、これ以上の好条件を提示いただいています。もちろん、王太子殿下との結婚が不可能であれば、そちらに嫁ぐことも一案かと。とはいえ、今のままですと、私は隣国のほうが魅力的に感じてしまいますね」
この言葉に、王太子は顔色を変えた。立場上、どうしても鉱山を確保したいアルトは、まさか子爵令嬢に翻弄されるとは思っていなかったのだろう。しかし今や相手は王国にとって喉から手が出るほど重要な資源を押さえている。無理やり奪えば国際問題に発展し、隣国を敵に回すことにもなりかねない。どうにかして機嫌を取って自国に留めておきたい――焦るアルトに、ミーネは淡々と微笑みかける。
「もちろん、王家がこれまでに示してくださった恩恵も大きいのは承知です。ですが、私は実利を求める人間ですの。公子殿下は『我が国の法制度を変えてでも特権を与える』とおっしゃってくださいました。さて、どうしましょう?」
「法制度を、変える……?」
「ええ。具体的には税制度の改革や、新規鉱山開発の規制緩和など。国ごと私に合わせるとまで言ってくださるのだから、なかなか熱心ですよね」
子爵家は本来、そこまで国を動かせるような大貴族ではない。だが、それほどまでに希少鉱石の利権は強力なのだ。アルトは隣国に先を越されては一大事と察し、急ぎ王をはじめ重臣たちと協議に入る。王太子妃として迎える以上、王家としては子爵家をさらに格上げするなど、なんらかの優遇措置が必要だ。条件をのむ代わりに、ミーネと鉱山を確実に手元へ引き込みたいのだ。
最初は渋っていた王家の顧問も、隣国が法制度まで動かそうとしているという話を聞いて色めき立った。彼らはこの貴重な鉱石を何としても他国に渡すまいと、法の一部を改正して子爵家への税優遇を与える、王家の紋章を使用する権利を許すなど、次々にミーネの要求をのむ形で歩み寄っていった。あまりの譲歩ぶりに古参の貴族たちは驚きを隠せない。
「これは思った以上の事態になりましたな……まさか子爵令嬢の一存でここまで国が動こうとは」
「周囲は以前、『金に目がくらんだ守銭奴』だのとバカにしていたが、今やその“金”こそが我が国の未来を支える要になりつつある。なんとも、皮肉なものだ」
宮廷の廊下でそんな声がかわされるのを、ミーネは耳にしつつ、心中でほくそ笑む。「ふふ、私を見下してきた人々が、今になって態度を変えてきても遅いのに……」と。だが、それを口には出さず、あくまでにこやかに振る舞う。
やがて王太子アルトから正式に再度の呼び出しがある。すべての協議を終え、まとめられた条件を提示するためだ。広い謁見の間に通されると、アルトは少し気疲れした様子でしかし必死に笑みを作った。
「ミーネ子爵令嬢。先日の要求に対して、我が国として最大限の回答を用意した。まず、鉱山開発の利益はこれまで以上に子爵家が優先的に受け取れるよう法を改正する。また、税制の優遇措置と、子爵家を伯爵位へ格上げすることも承認された。どうだろう、これで隣国の条件に勝るとも劣らないはずだが」
差し出された書類には、驚くほど細かい優遇措置や保証が記されている。かつては「金に汚い」などと言われ鼻で笑われてきた存在が、今や「ぜひこちらに嫁いでいただきたい」という立場に変わったのだ。王太子の瞳には明らかに焦りと必死さがにじむが、ミーネは微笑みながら一枚一枚書類を確認した。
「なるほど……これはなかなか良い条件ですね。大変感謝いたします、殿下」
控えめに礼をする彼女に、安堵したのかアルトは息をつく。
「それでは、受け入れてくれるか?」
「ええ、ただ一つだけ。私に経済や領地運営の決定権をお与えくださる、という文面がもう少し具体的に欲しいのです。ここですと、曖昧に書かれているので」
「そ、そこまで!? わ、わかった、すぐに修正しよう!」
こうして、ミーネの条件はとことんまで確定され、まるで王家に匹敵するほどの特権を得る運びとなった。子爵家は伯爵家へと引き上げられ、鉱山の利益は特別な優遇措置を受け続ける。さらに彼女が嫁ぐにあたり、国の税法や通商に関する規定も軒並み見直され、まさに国を大きく動かした形だ。
そして決定打となったのは、隣国への正式な返答。ミーネは今の王国側の条件が自分の理想に届いたと判断し、丁重に隣国の公子へ「ありがたいお話でしたが、今回はご遠慮申し上げます」という書状を送った。隣国の公子も落胆したようだが、こればかりは交渉事。条件が合わなければ仕方ない。
「当方としても国を揺るがすような改正をしてまで呼び込むほどの才覚を、あの子爵令嬢に見誤ったのだろう――我が国に来れば良かったのに……」
という嘆きが届いてきたが、すでに後の祭りである。
こうしてミーネは晴れて王太子妃となることが決まった。戴冠式や結婚式では、かつて彼女のことを下品だの貧相だのと嘲笑していた貴族たちが揃って彼女に頭を下げ、熱心に祝辞を述べる。その様子を横目に、ミーネは子爵――いまは新伯爵となった父親と視線を交わし、ほんのりと笑みを交わす。
(私を見くびっていた方々が、こんなにも手のひらを返すなんて。やっぱりお金というのは絶大な力を持つものね)
結婚の宴が終わった後、アルトとふたりきりになると、彼はどこか申し訳なさそうに切り出した。
「……正直、初めは鉱山の利権を得たくて君に声をかけたんだ。だけど、今こうして話してみると、君の経営手腕は本物で、国にとって欠かせない存在だと心から思う。だから、どうか今後とも力を貸してほしい」
「もちろんですわ。ただし、私の意見もきちんと取り入れていただけるのなら」
ミーネがにっこり笑うと、アルトも安堵したように微笑み返す。
「もちろん、これほどの成果を示したのだ。君の助言なしに国は動けないくらいだよ。今後は一緒に王国を盛り立てていこう」
そんな風に穏やかに言われると、いくらミーネといえどもまんざらでもない。アルトも政治に熱心で、国の行く末を見据えられる人物だとわかれば、これ以上の契約相手もないだろう。
「ええ、喜んで。国を豊かにするのは私の望みでもありますから」
「……ありがとう。これからは夫婦として、手を取り合って歩んでいこう」
アルトが差し出した手を、ミーネは笑顔で取った。彼女がただの守銭奴ではなく、領地や人々の暮らしを愛していることを王太子は知り始めているし、彼女も王太子が只者ではないと理解しつつある。
「さて、ではさっそく次の投資計画を聞いていただけますか? まずは街道整備にもっと費用を割きたいのです。それと、鉱山労働者向けの住居区画を整備すれば生産効率が上がりますから……」
「はは、早速だね。でもいいよ。君に任せれば間違いないだろうから、ぜひ詳細を教えてくれ」
その会話の端々には、かつて彼女を貶めていた人々が耳をそばだてているかもしれない。今から彼女の足元をさらおうとしても、もう手遅れ。国の制度さえも書き換えてしまった令嬢の進撃は、誰にも止められなくなっていた。
ギラギラと輝く金貨よりもまばゆい笑みを浮かべながら、ミーネは堂々と王太子の隣に並び、さらなる発展を夢見て歩み始めるのだった。
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