8話
「こんなものかな」
「モンモン」
丸っこい紫色のミルス、マルナスと勝手に呼んでる子が頷く。紫トマトの担当者だ。
常連さんのこの子が担当であったことも、紫トマトを育てたくなった一因だ。やっぱり常連さんの植物だと何かあっても対処が早く済むから安心感がある。
細く優しい目をしたマルナスはそのまま種を植えた近くで丸くなって休み始めた。マルナスはのんびり屋さんで、いっつも休んでる気がする。ちょっと邪魔な場所だったりするんだけど、気持ちよさそうに寝るからどいてもらおうとは言い辛い。
まあいっかと、作業の順番を変更しながら笑う。
改めて植えた丸太ネギの土には、黒と赤の子が溶かした植物があった場所の土を使う。イルちゃんに調べてもらった感じ、やっぱり栄養がかなり豊富そうなので、肥料になるはず。逆に少し離れたところには砂利を混ぜ栄養を少なくした土で育ててみる。育成自体の感覚は掴めたので、こうして条件を変えて変化を確かめる。
「ぐあー……」
土いじりは疲れる。耕運機のような便利な魔法アイテムを使っているけど、それでも疲れる。何だかんだ手作業の部分もあるし。
ユフィにやってもらえば楽ちんなんだけど、頼り過ぎるのも良くないと思って出来るだけこっちの畑は自分でやる。私も魔法で色々出来たら良かったんだけど、私の魔法の素質は傘みたいなものに寄っていて使い勝手が悪い。
でもこうして疲れるのも悪いことじゃない。疲れているからこそ、食事が美味しいし休憩が染みる。
今日は余ったネギを沢山使った、濃い目の味付けをした餃子にした。食後は膨れたお腹をさすりながら、縁側で足をぷらぷら。
ユフィは何処かへ行っちゃったけど、ラナが足の下へ行き揺れる私の足をペシペシ叩いて遊んでる。
「今日は黒と赤の子いないんだねー」
「ナゥ」
何も気にしていない風に同意を示すラナを見るに、愛想を尽かされちゃったかもしれない。鈍感なのか、本当に何も思ってないのか。まあまだ幼いみたいだし、気にしてないのかも。逆にあの子は何歳なのだろう。ミルスによって成熟した際の大きさもまちまちだから、判断材料があまりないんだよね。
なんなら、どこまでが幼いと言うのかすら分からない。
ミルスの感覚は分からないけど、もしかしたらあの子は結構な年下を狙ってるってことなのかな。
「ナゥー?」
「なんでもないよー」
まあ、お互いが好きになったらなんでも良いよね。
「ばななんなんなんなーう」
「ナウ?」
「べつに意味はないよー。ばななんなんなんなーぅ」
「ナウナナナゥナゥナーゥ」
休憩を終えて、米畑の方を見に行く。順調に育っていて、収穫間近だと分かる。最近ユフィの体毛が白くなって来ていたから、そろそろだよなぁと思ってたんだよね。
ユフィの体毛は、この米畑とリンクしてる。最初は少し黄緑っぽくて、緑色が抜けて行き、そのうち小麦色も抜けて行き、白っぽくなる。
収穫を終えて植え直すと、黄緑っぽくなって行く。不思議なものだ。全体を通して小麦色と呼べる範囲の時間が長いので、白っぽいと分かるくらいになった今はもう収穫が近いと分かる。
「ラナも色変わったりするかな?」
「ナーウ」
その前にラナの好きな植物を見つけないと始まらないか。あー、もし見つけたらユフィみたいに専用の畑が必要になったりするのかな。そうしたら、また土地が必要だ。稼げなくても、農園の拡張は考えておかなきゃいけないかも。
「ばななんなんなんなーう」
「ナウナナナゥナゥナーウ」
ミサキさんに聞くのが良いかなー。ふもとへ行った際にタイミングが合えば聞いてみよう。
米畑の収穫の日。
ユフィが魔法の手で遠慮なく稲(?)を引っこ抜いて行く。
私は足踏み脱穀機で脱穀をする係。ユフィ一人で全部の作業が出来るけど、これくらいはお手伝いしてあげたい。他は全然力になれないしね。
「ナウ?」
「んー、難しいかなぁ。ありがとね」
ラナの魔法や体格じゃあ、何も手伝えそうにない。
ラナは物珍しそうに私の肩に乗って見ている。他の植物からの収穫作業とは違うし興味津々だ。
そういえば、ラナが来てからもう一か月は経つのかな。あっという間だったような、長かったような。気付いたら、こうして私やユフィにくっ付いている時間は最初の頃から減っている。
未だに自分の植物を植えるようなことはしてないし、今は暇だから一緒にいるのかな。遊ぶにしてもこの場で出来ることは一通りやり飽きたかもしれないし。
ユフィは時々森の方へ行ってたりするみたいだけど、ラナは全然そんなことないからなぁ。まあ、家から追い出されたみたいだから家族と顔を合わせたら気まずいってのもありそうだけど。
森へ行かないからこそ植物を見つけるようなこともないのかも。とはいえ森へ行かせるのも不安。ミルスの縄張りとはいえ、モンスターがいないわけじゃないしラナが強いとはとても思えない。行くならユフィ同伴になりそうだ。
とはいえ、気ままなミルスとしてはそこまでして植物を見つけようとも思わないか。
魔法の有効活用方法も、結局あんまり思い付いてない。便利なときはすっごく便利だけど、有効時間や範囲を考えると汎用性はイマイチだ。それこそ戦うようなことがあれば、強そうな気はするんだけどね。私には関係ない話。
――ドーン
「あら」
脱穀作業もあと少しというところで、噴水が始まった。音が鳴るほどだから大降りになりそうだ。
両手を上に掲げて、私の魔法を使う。
「ほっ」
半透明の傘が広がり、私とユフィの作業スペースに水が掛からないように屋根を作る。
こういうときは防水魔法より便利だ。私はこの手の魔法が得意なこともあって、結構な大きさにも出来る。逆にこれくらいしか使い道がないのだけど。
「ナーウ」
「でしょー」
ほんのり小麦色にした傘魔法。少し模様も付いていて可愛いし綺麗。まだ噴水は届いて来ないけど、水が当たるとそれがまた良い感じになるはず。
「あ、洗濯物!」
せっかく干したのに濡れちゃう。雲ってるわけじゃないし取り込むんじゃなくて、そっちも魔法で屋根を付けてやり過ごそう。
「不思議よねー」
雲一つない晴天。降りそそぐ水を半透明の傘魔法が弾き、日光が複雑に反射して幻想的な光景を作り出してる。水山の回りならどこででも簡単に作り出せる光景ではあるけど、町の魅力の一つにもなってる。
ふもとの町、『ユグカプローコ』はこの噴水の魅力を引き立たせるために、ガラス細工にも力を入れ始めた経緯があるみたい。
もともと材料になる砂が近くのダンジョンでとれたのだけど、運ぶ手間を考えるとそれほど多く採取はしなかったとか。でもあるとき誰かが噴水の光景にガラスがよく映えることに気が付いて、積極的に採取を始めたらしい。
今はもうそのダンジョンはクリアされてなくなっていて、原材料もあまり残ってない。だけど観光資源の一つとして、仕入れてでも続けて行くってことを前にミサキさんから聞いた。
とはいえ私の家にはそうしたガラス細工はあまりない。せいぜい風鈴みたいな飾りが数個ある程度。
季節による変化があまりない地域だから、本当に風鈴にしちゃうと年中鳴ることになって少しうるさいかもしれないんだよね。ミルスたちもずっと鳴るのは嫌そうだし。
ユフィの方に戻ると、脱穀は終わり大きな桶で籾摺りを始めていた。籾から米を外す作業だ。
「あ、ねぇねぇ、ちょっと良い?」
不思議そうにしてるユフィを余所に、籾摺り中の米をもう一つの桶へ移す。その際に桶と桶の間に私の傘魔法を展開する。
「ミャ~」
やった。上手くいった。
籾殻と、籾殻がまだ付いているお米だけ逆さになった傘に引っ掛かり、白いお米は素直にもう一方の桶へ移されていく。
傘魔法を使って、防ぐ対象を籾殻に絞ったのだ。最近お米を研ぐ時に、上手いこと水切りをしたくて練習していたから思い付いた。
もともとは風を当てながら重さで分別する方法をとっていたけど、こっちの方が早いし確実。ユフィも手放しに褒めてくれた。
ちょっとしたことだけど、成長した感じがして嬉しい。折角魔法が使えるんだから、色々活用したいよね。
次の日も噴水があった。続くことは珍しいから、軒先でユフィと二人で立ち止まってなんとなく空を見てる。
噴水の仕組みは謎だ。それっぽい理由があるといえばあるみたいなんだけど、魔力や魔法が絡むと結局「そういうもの」として受け取らなきゃいけない部分があるから、「分からないで合ってる」とイルちゃんが言ってた。
原因や仕組みはともかく、週一か週二くらいの頻度で発生するのが噴水。この噴水の頻度のおかげで、畑に水をやるということはほとんどない。たまたま雨や噴水がない日が続いた場合か、特別多くの水が必要な植物が植えられていた場合だけ。
どういうわけか晴れてる日に多くて、イルちゃんに聞いてみると「日光による擬似的な熱膨張でうんたらかんたら」とのこと。聞いておいて申し訳ないけど、熱膨張以降は分からないから諦めた。ともかく晴れる日に多いのだ。
この地域に住んでいる以上噴水はあって当たり前のものだし、それに合わせられているのか他の条件が整っていて、不快なほどジメジメしたり足元がぐちゃぐちゃになることもあまりない。仮に少しぬかるんだとしても、普段から長靴で過ごしている私に隙はない。
ミルスたちも、大なり小なり防水関係の魔法を使えることがあってかほとんど気にしない。毛に濡れた土が付くこともないから、自然体なまま。中にはわざと付けるようなミルスもいるんだけどね。
首が疲れて来たしいつまでもボーっとしていても仕方がないので、農園の手入れを始めることにした。
収穫して、雑草を抜いて。支柱を付けてあげたり間引いたり、不要になった植物を片づけたりする。
植物自体が濡れていても、もともと頑丈な皮手袋を付けているからやっぱりあんまり変わらない。長靴もそうだけど、冒険者装備と同じく高性能な一品だから、蒸れたり動かしづらかったりもしない。
そうこうしている内に、噴水は止んでいた。
綺麗な虹が空に掛かっている。今日も良い日だ。