5話
今日はイルちゃんもいないし、値段が分からないこともあって先にミサキさんのところへ向かう。
ミサキさんは町長さんで、よくお世話になっている。仲人の仕事もミサキさん経由で私のところに届く。
「こんにちはー!」
ミサキさんの、家でも仕事場でもある建物にノックしながら声をかける。ちょっとしてから、ドアがガチャっと開けられる。
「リコだー!ユフィも!」
可愛いフサフサの、空みたいな薄い青色した三角耳をぴょこぴょこさせてる。アイリスちゃんだ。
「アイリスちゃんこんにちは!ミサキさん空いてるー?」
「あ、仕事?」
「えーと、びみょーかな?忙しいなら大丈夫よ?」
「逆だよー。仕事は今ので終わりって言ってたから。リコちゃんなら平気だろうけどね。上がって上がってー。今は商談中だから、こっちこっち」
まだお昼時だけど、お疲れみたい。何時から働いてたんだろう。
アイリスちゃんに案内されて、仕事スペースじゃなくてリビングの方へ行く。フリフリしてるボリュームたっぷりの尻尾を追いかける。
「お茶?紅茶?」
「なんでもー」
「ユフィは?」
「ミャウ。ミャミャ」
「難しいこと言うねー」
「あははっ」
ユフィがふざけて一番美味いやつを出せって言ってる。
アイリスちゃんはもちろんユフィの言葉が分かる。アイリスちゃんもミルスだからね。
見た目はほとんど人間だけと、ミルスが変化したからこうなった。適応進化ってやつなんだって。この世界と元の世界では言葉の意味が変わってたりするみたいだけど、難しいことは分からない。
人と一緒に暮らそうとする他の生き物がこんな風になるのは、この世界じゃよくある事。アイリスちゃんがミサキさんの手伝いをするために必要だと思ったみたい。
「用事っていうのはそれのこと?」
ユフィが降ろした大きな荷物。これだけ目立てばやっぱ分かるよね。
「そうだよー。食べる?」
「美味しいなら食べる!作物ってこと?」
「うん。間違いなく美味しいから安心してー」
「何かと思ったら、リコか」
バナナップルを食べていると、ミサキさんが仕事に一区切りつけたみたいでやってきた。アイリスちゃんが用意してくれたお皿の上を見て、なんとなく察してくれた。
「イルさんがいなくて私に相談に来たのか」
ミサキさんは仕事人。いつも町のことを真剣に考えていて、町の仕事ならその気になれば何でもできちゃうくらいだ。そんなミサキさんだからこそ、色んな需要を考えてサクッと値段を考えてくれちゃう。
「色はちょっとあれだけど、美味しいから安心して」
勧める私を横目に、早速バナナップルを口にするミサキさん。驚く顔をしたかと思うと、顔を綻ばせる。やったぜ。
「ほお、これは美味しいバナナだな。凍らせているのに食べやすいし。フルーティというか……いや元からフルーツか、難しいな。みずみずしい?トロピカル?」
よく見るとミサキさんにはクマがあったけど、そんなこと関係ないくらい喜んでくれてる。これで少しは疲れがとれたら嬉しいね。
「もとがパイナップルだったからねー、あんま関係ないかもですけど。因みにそれは実の下の方で、上側はまた全然違うんですよ!」
何となく見た目と似ている味なことは多いけど、全く関係ないこともある。この前の紫トマトもそんな感じだったし。
「パイナップル……なのか」
ミサキさんの視線を追うと、そこには大きなリュックから飛び出る茶色い物体。ユフィの運んできたバナナップルはカットして凍らせているし、運びやすいようにまとめてもある。パイナップルの面影はもうなかった。
「パイナップル……でした」
でっかいパイナップルがバナナだという面白さがあったはずなんだけど、それが失われていてちょっぴりしんみりしちゃった。
バナナップルを味わったミサキさんに早速値段を決めてもらった。量が多いのに結構高い値段で売るべきみたいで、まとまったお金になりそう。
「リコの農園にしては時間が掛かるみたいだし、森での採取も生産も一筋縄ではいかないだろう。希少性を付けるべきだ。あとシンプルに美味しい」
ということみたい。
ミサキさんも気に入ったみたいだしお礼として少し置いて行って、残りを市場に持って行く。もう少しお喋りして行きたい気持ちもあるんだけど、凍らせる魔法も時間制限があるからね。早く冷凍出来る場所まで持って行かないと。
それにミサキさんは少し寝た方が良さそう。
買取所や屋台で売っても良いんだけど、今回は市場の方へやって来た。屋台は手間だし、買取所は手軽だけどその後市場に持ってくる感じだから安くなっちゃうし、自分で来た方が良いよね。
「お、リコちゃんじゃねぇか。今日は何を持ってきたんだい、新作?」
私がここに来る理由は決まってるから、何も言わずとも商品を期待してくれてる。
「結構なお値段と来たか、こいつは期待が高まるねぇ!」
転生前の市場がどんなとこだったかはあんまり分からないけど、それでもこことは違うのは分かる。市場は確か、朝に競りっていうオークションがあったはずだ。
でもここではいつでもオークションが始まる。朝と夕方の六時に一番人が集まるけど、その時間じゃなくても平気。
私の農作物は当たり外れが大きいけど、注目度だけは毎回バッチリだ。特に今回は自信をもって美味しいって言えるし、最初から値段も高い。私もワクワクだ。
値段が上がればそれだけみんなが欲しがってる、喜んでもらえてるってことにもなる。お金もやっぱり多い方が良いし!
「ほほう」「これはこれは」「なるほどね」
ほんの一かけらしかない味見だけど、みんな美味しいと表情で言ってる。嬉しいね。
結果的に、五割増しくらいの値段になった。もとから高かったしホクホクだ。是非また作って欲しいって色んな人に言って貰えたけど、とても私の手で作れそうな作物じゃないし、担当のミルスであるトロピ次第だ。
たまにだけど、こうして一度にたくさんのお金を貰えることもあって私の農園はすごく儲かってそうって言われるんだけど、そんな簡単でもない。
ミルスたちの気分次第でコロコロと状況が変わるし、大変なことがたくさんある。
今日も、ユフィもいるしお買い物を楽しんでから帰ろう、なんて思ってたんだけど……
――ピィー
遠くから、私の家の方から声が届いた。遠いこともあってすっごく小さいし、他の人はあんまり分からないみたいなんだけど、私やミルスは分かる。
「ひえ~」
選んでいたお肉をすぐに商品棚に戻して、あせあせとユフィと一緒に店の外に出て、リュックをずらしながらユフィにまたがる。
ユフィがすごい速さで走り出す。
颯爽と駆けるユフィに乗っているのは気持ちよさそうだと勘違いされるけど、そんなことない。ユフィの魔法に握りしめられてるから、少し痛いし圧迫感がすごい。ムギュって感じ。これでも気を使ってくれているんだけど、落ちたら危ないから仕方ないよね。
ユフィのおかげですぐ家に戻って来れた。
「うっへー」
そこら中もじゃもじゃだ。カラフルだった私の農園が、青い蔓で覆われている。なんてこったい。
原因として思い当たるのは、バナナップルだ。
とっても大きかったし、あれを収穫してしまったから農園の栄養バランスが崩れてこの青いやつが過剰に成長しちゃったんだ。
青いやつの植え主と私を呼んでくれていた桃色の子、モモに、植え主が来たかどうか確認してみたけど近くにはいないみたい。こうなっちゃうと、もう力技に頼るしかない。
「切ってみてもらって良い?ユフィもお願いね」
本当はどういう植物か分からないまま手を出さない方が良いんだけど、放っておくと他の植物にどんどん被害が増えちゃうかもしれないから、やるしかない。
モモがスパスパッと魔法で切って、ユフィがどかしてまとめて空き地へポイ。
燃やせるかなぁと思って、小っちゃな火を指先へ出して空き地の蔓へ投げてみる……ひゃっ!ウネウネした!
これには困った。まだしっかり生きてる。切るのと運ぶのは出来たけど、燃やせないとなると処分が出来ない。切って運ぶ方も、細かいところは難しそうだし私が触っても平気かすら分からない。
「モフォ?」
「うん、ちょっとだけで試してみて」
ウネウネッ!
「ひっ」
凍らせるのもダメみたい。どうしよう、仲の良い常連さんたちでは簡単に対処できなさそう。そうこうしているうちに切って運んでをやってくれているから、どんどんかさが増えてきて山になっていく。
顎に手を当てて、ぐぬぬと考えていると「ナーナー」話しかけて来てくれた子がいた。以前公園で見た子だ。ここに来るなんて初めて。
「ええっと、ちょこっと端の方でまず試してみてからね」
「ナーン」
何か黒い感じの液が出て、蔓に触れるとジュワッと溶かした。すごい。
ウネウネもしなかったのでそのままお願いしてみると、ジュウジュウすごい音を出しながら溶かしていった。
「わわ、すごいね。あっという間に無くなっちゃった」
山盛り詰まれていた蔓がもうほとんどない。これで一安心、かと思って農園の方を振り返ると、青い蔓がウネウネ伸び始めている。これじゃキリがない。
イルちゃんを超特急で呼ぶしかないんじゃないかと思ってきたところで、トコトコとラナが奮闘するモモとユフィの方へ近付いて行く。
「危ないよー、気を付けてね」
何をしたいのか分からないけど、何か考えがあるかもしれないから戻ってとも言えない。現状を打破してくれるなら私も助かる。
「ナナナゥ」
ふわふわと無色透明の魔法を出している。ラナが魔法を使うのは始めてみた。どんな効果があるんだろう。
魔法が蔓に触れると、蔓の動きが遅くなった。元気がなくなった感じ?魔法が触れていない場所は相変わらずウネってるけど、意味はありそう。
「良いぞー、頑張れー!」
ナゥナゥ頑張るラナを応援する。蔓は魔法が振れている部分を必死に動かそうとして、そこまでの部分が波打ってる。そうこうしているうちに元気がなくなってきたみたいで、次第にヘナヘナと垂れさがっていった。
魔法がすっごく効いたのか、単純に栄養が足りなくなってきたのかな?
「おー、やったか?」
ユフィたちが伐採を再開しても、反応はなさそう。ひとまず青い蔓の暴走は抑えられたってことで良いかも。
大部分の刈り取りは終わっても、細かい部分が残ってる。
まずは基となる根っこと繋がってるところを捜索して、抜く。最初は一カ所だったはずだけど増えているから隅から隅まで見なくちゃいけない、これが一番時間が掛かって、見つけたときには日が傾き始めていた。
根っこをユフィに抜いてもらった後、そのまま触っても大丈夫か確認してもらう。ユフィがちょんちょんと触る、猫パンチだ。猫じゃないけど。大丈夫そうだったので、私の出番だ。
大きくなっていない、細かい蔓が他の植物に絡みついてるところがある。ミルスたちの方が体は小さいけど、魔法でなんとかすることが多いからか細かい作業は私の方が得意。粗方の作業は終わったので、ミルスたちは解散してチマチマ一人で作業をする。大変だ。
すっかり日が暮れてからも傘状の灯り魔法を付けてしばらく作業して、やっとひと段落が付いた。普段ならもう寝ようか考える時間だ。ずっと屈んでいたりしたせいで凝っている体を伸ばす。
「ふっ……んー!」
ぎゅるるー
「あははっ」
力を入れたせいなのか、お腹が鳴って思わず笑っちゃう。
今日はなんだかんだで、あのバナナップルしか食べていなかった。そりゃあお腹も減っちゃうよ。
集中力が途切れたせいか、疲労を感じて体が重い。ユフィとラナはもう寝たかな、なんて考えながら家に入ると、良い匂いが漂ってくる。お肉の香ばしい匂い。
私の家は、土間を採用していることもあって最初にキッチンに入るようなことになる。ユフィだけでも問題なく料理が出来るように考えた結果だ。
土間横の部屋、ちゃぶ台の上の大きなお皿に、贅沢なステーキとたっぷりのお米。ユフィの作った豪快な料理だ。私のために作っておいてくれたみたい。
こっそりドアを開けて寝室の方を確認すると、既に二人は眠ってる。「ありがとうね」と邪魔しないようにお礼を言って、そっと閉める。
お皿には見覚えのある透明な魔法が張ってあって、触ってみるとポワッと魔法が解けて匂いがいっそう広がる。
「へー」
どんな魔法なのかと思ったけど、時間を遅くするのかな。作物の保存とかに使えるかもしれない。他にも結構使い道がありそうな気がする。
なんて、ちょっとしょっぱいステーキをかじりながら賢ぶってみた。