20話
「町の人……ですよね?」
町の住民は私を通してミルスと話そうとはあまりしない。業務的なことならアイリスちゃんがやったりするし、他にも人と暮らしてるミルスはいる。一緒に暮らしてるミルスだけは言ってることが分かる人もいて、そうした人を通訳として使うこともある。
一番の理由はミルスとの距離感の問題。
仮にも強力なモンスターに対してコミュニケーションを図るのは怖くて、最初の頃町の人はミルスに対して及び腰だった。だから、今更「仲良く一緒に遊びましょう」みたいなことは難しいんだって。
今でこそミルスと直接関わることはこの町で当たり前になってるけど、当初は違った。開拓組は心構えが良くも悪くも違くて、「可愛いし仲良くなりたい!」って人はむしろ少数派。それなら他のモンスターの方が良いと判断した人もいる。
一時的に滞在してるわけでもなくこの町に住み続けるから、もし何かあったら怖いって気持ちも未だに残ってるとかなんとか。リターンよりもリスクを考えちゃうと、中々気楽に動けない。
さらには、興味があっても好きだからこそ嫌われたくないし嫌いたくない。みたいな場合もあるそう。
「はい。えっと、私は一応あの公園の職員の一人で横の管理局で働いてます。ミルスと仲良くしたくてやっていますし現状に不満はないのですけど、最近は相手がどう思っているのか気になってしまいまして……。動物相手ならこんなこと気にせず気楽にやれていたんですけどね」
「えっ職員さんだったんですね、気付かなくてすいません!」
「いえいえ、点検の時くらいしか表に顔を出しませんから当然ですよ」
ペコペコ頭を下げ合ってから、話を続けた。
話を聞く感じ、もともと動物のお世話をする仕事をしていた人みたい。
最初は新たな人生で違うことをするつもりだったんだけど、結局そうしたことが好きだと思い知ってこの町に越してきたとか。転生って大抵はそれまで出来なかったことをやりたくてするイメージだけど、そういうこともあるんだね。でも、本当の好きを再確認できたってことだし素敵だなぁ。
「そっか、エベナって純粋な動物が好きだった人にとっては大変なんですかね」
「ああいえ、少なくとも私はこれで良いと思ってますよ。それに、こう言ってはなんですけど知能の低いモンスターなら動物と同じように扱える種類はいますし。手間やお金は掛かりますけどね」
あんまり聞いたことなかったけど、そういうのもいるんだ。でも動物園やペットショップなんて聞いたことがないし、転生前と比べると遥かに大変そう。
「動物って、もともと人間に敵わないから仕方なく言う事聞かされてるんじゃないかって思うことも多かったんです。檻やケージに勝手に入れられたりして苦しんでるかもしれないのに、可愛い可愛い言うのどうなんだろうって。でもだからといってどうすることもできないじゃないですか。自分だけ関わりを断つなら、ただ自分が動物に興味ない人みたいになるだけですし。そうしたモヤモヤが積み重なって、私は転生に踏み切りました」
深く聞くつもりはなかったのだけど、聞いて欲しかったみたいなので大人しく聞き手になる。今回は少し違うかもしれないけど、可愛い生き物を求める人たちの中には癒しを求めてのこともあるから、相談に乗るみたいな状況になったのは初めてじゃない。
「ミルスのことを聞いて、可愛い上に人間より賢いとか強いとか言われていたり言葉が通じると知ったら、何も気にせず一緒にいられるなって思ったんです。それまでは素材加工の仕事をやらせて貰ってたんですけど、いてもたってもいられなくなってこの町に来ちゃいました。
そのくせ、今は先ほど言いました通り何を考えているのか気になって仕方がなくなっちゃって……」
こちらの言葉を理解してても、向こうの言葉が分からないままじゃ不安がいっぱいだよね。人によっては「不気味」って言う人もいるくらいだから仕方のないことだと思う。
「お気持ちは分かりました。分かりましたけど、えーと……」
これって、特定のミルスと話したいってことじゃないよね。良い感じの子とお話させてあげれば良いのだろうけど、いつもより事情が込み入っている。外部の人相手ならともかく、公園の職員さんに対して的確にお勧めできるかと言うとどうだろう。ノクルに聞けば分かるかもしれないけど、今から聞きに戻るのは申し訳ないし。
「ああ、お気遣いなく。ミルスってあまり人間に対して好意的ではないと分かっているつもりです。それこそ公園の職員として長いこと付き合いのあるつもりの私でも、心を許されてると感じたことはありませんし。そんなミルスが遠慮なく喋れば酷いことも言われると思ってます」
「別に酷いことを言われることはないと思いますけど……。まあ、あまり気にし過ぎて選ぶ必要はないってことですね」
「はい。なんなら遠慮なく意見をぶつけて来るような子が良いかもしれません」
「あー……。なるほどです」
むしろ、それが目的なんだと思った。
だって職員さんなら私以外にも通訳してもらう手段はあるはずだ。職員さんの一人がミルスと暮らしていて、通訳みたいなことも一応出来たはず。
でもそうした場合の通訳は、案外通訳としては成り立っていないとミサキさんが言ってた。「話者と通訳が言葉を選ぶことも変換することもあってはならない」とかなんとか。少なくとも二人通訳を噛ませちゃうと成立しないみたい。伝言ゲームで遊ぶような感じで変わっちゃう事があるんだと思う。
だからこそ「ミルス側と人間側、双方から信用されて通訳出来るのはリコちゃん以外いない。自信を持って報酬を受け取ってくれ」なんて言われて良いお給金を貰っていたりもする。
一切遠慮なくミルスに喋ってもらって、それを聞きたい職員さん。だから私に依頼したんだ。
そうなると、相手として相応しい子は思い浮かぶ。ついさっき話した子だ。
早速さっきの子のところへ向かう。でも、同じ場所には誰の姿もなかった。
「ちょっとあっちで待っててもらって良いですか?」
多分、関わる気がないから隠れてるだけ。冒険者さんたちみたいに気配で居場所が分かるなんてことはないけど、知っているミルスならなんとなく分かる。
「ノン……」
「ごめんね。でもやっぱり、必要だと思ったから」
人間とミルスの関係。もちろん個々によって違うもの。でも、基本的には良くなかったりする。
歴史が証明している、なんて博識ぶっても仕方ないんだけど、こうして私が話すようになるまでは人間とのまともな付き合いが無かったことが、本当はおかしい。
ミルスはとても賢くて、優しい。何のとりえもない私と仲良くしてくれるくらいに。
「多分、あの人は分かってるから。その上で仲良くしたいって思ってる」
前向きじゃなければ、話す必要だってないはずだもん。
「それに、さっきの話だって繋がることだよね?最初から仲良くする気なんてなくて、人間のご飯を貰いたいだけ。本当は買い物や交換だって出来るしミルスたちならお金稼ぎも簡単なはず。でも理由があって一方的に貰う形にしてる。お互いのために」
エルフほど関係が拗れてなくても、正しい距離感って言うのはきっと大切。
「その先なんてないし、ない方がいい。だから話すことなんてもちろんない」
「ノノン」
個々で仲良くすることと、全体が仲良くするのは全く別の問題。
「それで良いと思うよ。今まで通り拒絶すればいいと思う。人間を傷つけちゃうこともあると思う。でも、わざわざここに来てるってことはそれで良いんだよ」
ご飯をくれた相手を傷つけたいと思ってなんてない。でも、そんなことで嘘を付くなんてミルスはしない。
人間側とミルス側、両方が完全に納得することは無理なんだと思う。話ができても、形や生活や何もかもが違うから仕方ない。
私はミルスの里でも少し暮らしたから、理屈なんて説明できなくともなんとなくは分かる。
「だから今まで通り、ミルスの普通でやっていこ」
「ノン……」
私なんかより、きっとこの子の方がよっぽど賢い。でもこれはそういうことじゃなくて、気持ちの問題。賢いからこそ色んな事を考えて、色んな事が分かっちゃう。でもそうして抱えちゃうのは良くない。
本当に全部ダメなら、王様やユフィが許すはずもないんだから。
「よし、じゃあ連れて来るね」




