2話
「う゛っ」
少し調子に乗って買い過ぎちゃったみたいでリュックが重い。ユフィがいれば代わりに持ってくれたりもするんだけど、一人で来ちゃったから仕方ない。
家に着くころにはヘトヘトになってしまった。
家の前には日向ぼっこしながらユフィが待っていて、その横にはさっきの黄色い子もいた。のんびりくつろいでるユフィと違って不安そうにしていて、なんだか可哀そう。
「どうしたの?」
「ナ、ナゥ……」
「ミャミャ」
黄色い子が言い難そうにしていると、ユフィが代わりに教えてくれる。黄色い子は家から追い出されちゃったそうだ。勝手に知らない植物を植えることもそうだし、いけないことをいくつかしてしまったみたい。
「ミャー」
しかも、一時的なことじゃないみたい。ミルスでは普通のことだとも言っている。
「え、それって大丈夫なの、もう家には帰れないってこと?」
「ナゥ、ナ、ナ、ナゥ……」
「ミャー、ミャミャ」
大丈夫じゃなさそう。もう目に涙が溜まり始めていて、今にも泣きそうだ。言ってることもよく分からない。
ユフィはドライな感じで、とにかくあの植物がどうなるかが分かってからだと。そのために私が町へ行ったんだろうと言ってる。
「うん。イルちゃんへ連絡したから、外出してなければ近いうちに来てくれるはず」
ミャ、と軽く返事をしながら黄色い子をチラッと見て、日向ぼっこに戻った。
もうお昼の時間。普段なら料理を始める私の方についてきて味見とつまみ食いをしようとするはずなのに、なんだかんだで黄色い子の傍にいてくれるユフィは優しい。少し微笑ましくなりながら、気合いを入れて美味しい料理を作ろうと思った。
午後の収穫は、ちょっとしか出来なかった。あの黄色い植物が何なのか分からないから、あまり近付けない。思った以上にユフィが近付いちゃダメだと言う範囲が広い。他のミルスたちも不満そうだ。
これは困ったことになったなと思っていたら、水色の長髪をなびかせてイルちゃんが飛んできてくれた。来るのは一週間後くらいかなと思っていたのに。まさかの今日中。びっくりだ。
文字通り本当に飛んできてくれていて、イルちゃんの背中には機械の翼が付いていた。イルちゃんも転生者だし、何か知識を生かせたりしたのかな。私はもともと頭が良かったわけでもないので、とても真似出来ない。
「なにそれ、すごいね!」
「へっへーん、でしょー?」
イルちゃんも得意げだ。
イルちゃんの見た目は私よりも幼く見えるしすっごく可愛いけど、とっても頭が良いし結婚してるしで尊敬しちゃう。子供もいるみたいでビックリだ。
「あ、危ないから触らない方が良いよー」
「わっ」
そうだったんだ。感心して翼に触ってみようとしていたけど、確かに仄かに青白く光っていて、ビリビリ電気が流れたりしそうだ。
「それで、噂の植物ってどれ?あ、ユフィもこんにちはー」
そういえば私とイルちゃんは挨拶してないな。機械の翼に夢中になってお互い忘れちゃってた。こういうのって、後から挨拶するのも変な感じするし困っちゃう。
黄色い植物の方へ行くときは、ユフィが前に出てくれて守ってくれる感じだった。嬉しいけど、そんなに危ない植物にも見えないんだよね。
黄色い植物はもう大きくなっていて、南国の木みたいになっていた。ここでは一、二週間で育っちゃうのも珍しくないけど、それにしても早い方だ。だからユフィも警戒しているのかな。
「バナナ?」
言われて、黄色いミルスの子の方を見る。この子も自分のやったことだからか、ついて来てる。
「ああいや、そっちの子じゃなくて、この木がバナナっぽいんだよね。木自体が黄色いのはおかしいけど、形とかはそれっぽい。今のところエベナで食べるバナナは地面に埋まってる芋っぽいものだし、こっちでバナナの木を見るは初めてだから違うかもしれないけど」
バナナの子が持ってきた植物もバナナだったんだ。バナナの木からバナナが取れるとは限らないからバナナの木って呼ぶのも変な感じだけど、いっつもそんなだから仕方ない。
「バナナって分かるのすごいねー」
元の世界にいた頃からイルちゃんは物知りだったんだろうな。私とは大違いだ。
イルちゃんは木を触ったりナイフで削ったりして、テキパキと調べてる。こうしていると学者さんっぽくて、すごく格好良い。
「バナナは美味しいし、木みたいだけど草っていう珍しいやつだからたまたまね。うん、これは幹に触らないようにしていれば危険はないと思う。世話もいらないかな。むしろ勝手に育って増え過ぎちゃうかもしれないから、そこら辺に気を付けた方がいいかも。あと、言われなくてもそうするだろうけど実は必ず収穫してね」
「なるほどなるほど」
増え過ぎちゃうタイプはちょっと大変だけど、もし簡単にバナナが食べられるなら嬉しさの方が大きい。
イルちゃんのおかげであっという間に解決しちゃった。黄色い子もナゥナゥ喜んでる。
「ありがとう、おかげで助かっちゃった!」
「いえいえー。収穫したら食べさせてね」
「沢山増えるようなら、株分けするよ?」
「うーん、いくら増えすぎると言ってもうちじゃ噴水は届く事もあるけどたまにだし、ミルスもいないから育たないんじゃないかな」
イルちゃんの家は研究のために広い敷地があって、柵で囲われているから作物も育てられると聞いたことがある。それでも私のところみたいに上手くいく事は少ないみたい。
「そっかー。連絡はした方が良い?」
「また適当な時に来るから、その時にでいいよ。もしその前になくなっちゃうようなら、冷凍しておいて。……あ、これなに?」
イルちゃんは今朝収穫した紫色のトマトが気になるみたい。今付いてるのは小さいやつだけど、大きいやつがなければミニトマトに見えるから食べて良いか気になったんだと思う。
収穫済みのものがあることを教えてあげて、案内する。
「おー、丸々としてるね」
紫色のトマトに早速かぶり付くイルちゃん。
「すっっっっぱ!!お酢じゃん!」
「あははっ、お酢なんだ」
初めての作物にいきなり齧り付くなんて、流石イルちゃんだ。私には怖くて出来ない。
今みたいな事になるし、私ならちょびっとずつ慎重に味見する。
イルちゃんに促されて私も味見してみる。形や触感、中身の構造もトマトみたいな感じなんだけど、中のどろっとした部分は確かにお酢だ。でも、果肉の部分は仄かに甘くて結構美味しいかも。
「なんか慣れると美味しい……?」
同じ感想だったようで、ちびちびと食べる。どろっとした部分だけスプーンで取り除けば、それだけでもっと食べやすくなりそうだ。
このドロっとしたお酢自体も欲しがる人は結構いるだろうし、育てるのはミルスが付きっ切りだったわけじゃない。増やせそうなら増やしても良いかもしれない。
紫トマト以外にも、イルちゃんは初めて見る作物を口に運んで行く。イルちゃん曰く「ミルスが食べてるなら平気平気」とのことだけど、ミルスは個性的だからそんな簡単な話じゃないと思うんだよね。
実際にミルスたちに食べない方が良いって言われたり、ユフィに止められる事はちょこちょこある。
「だ、じゃっ!ぎゅお!カハッ!」
「あはは、え、ちょっと、大丈夫!?」
リアクションが面白いけど、こんな感じに不安になる事も。
「……あー、死ぬかと思った」
「ミャー……」
すげぇ、とユフィが関心してる。そんなに危ないやつだったんだ……。
一通り味見が終わると、イルちゃんは買うものを決めてお金をくれる。初めての収穫物の値段は面倒くさいから全部同じ。量が少なくてそれで終わっちゃうやつでも気にしない。
なんなら、販売の際の値段を決めるのはほとんどの場合イルちゃんだったりするので、タダでも良いくらいだ。
物知りなイルちゃんは色んな事を考えて値段を決めてくれるし、イルちゃんの言うことならばと他の人も納得してくれる。言わば私の出荷物はイルちゃん印の保証付き。
「じゃあまたねー。お、バナナっ子も元気でねー」
見送りの際には黄色い子も、また顔を出してくれた。恥ずかしがりながらも「ナナゥ」とお礼を言っている。良い子だ。
機械の翼が青白いエネルギーを噴出しながらすごい勢いで飛んで行く。格好良いけど、私にはとても扱えなさそう。
「そういえば、この子は大丈夫なの?」
黄色い子については植物の方を確認してからという話だったけど、どうなんだろう。
「ミャ」
なるようになる。らしい。なんだかよく分からないけど、ユフィの目が優し気だったので任せておけば大丈夫かな。
「あ」
今更だけど、洗濯ものをしていなかったことを思い出した。今から出してもお日様が沈んじゃうし、今日のところは諦めよう。