5.見えない手を自分から生やす感覚
2匹のゴブリンが何やら会話をしながら歩いている。片方の得物は弓、もう片方はこん棒が握られている。
先に倒すべきは当然、遠距離持ちの弓ゴブだ。
軽く息を吸って、弓持ちのゴブリンに意識を集中する。《狩人の目》によるターゲティング効果が発動するのを感じ取ると同時に、俺のすぐ目の前にハンドボールほどの大きさの水球が現れ、飛んでいく。
「ギャッ !?」「グア?ギャ!ギャッグアア!」
飛び出した水球は正確に弓持ちに命中し、弓ゴブの身体を白いポリゴンへと変える。
「『強撃』!」
こちらに気づいた、こん棒持ちも、すぐに2発の矢によって倒れた。
「2匹のパターンも増えてきたな、効率が良くなってる、のか?どっちにしろ、《魔術》をとって正解だったな」
《INT上昇》も合わせて、3SPを支払って手に入れた《魔術》は期待通りの力を発揮してくれた。
最初から使える魔術は『ウォーターボール』のみ。その性能は、先ほど見せたように、少なくともゴブリンを1撃で屠ることができる威力がある。さらに、射程が長く、『狙撃』を使った弓より長い。さらに微かにホーミングするおまけ付きときた。弾速は矢より遅いが気にならない程度で、CTの長さとMP消費が無ければ弓の上位互換になってしまう性能だった。
「まぁ、MPとCT管理がめんどくはあるよなぁ。ゴブリン2匹相手だと《魔術》なしだと安定しないだろうし…もう少し浅いとこでやる方がいいか」
《魔術》のおかげで安全に、安定して戦闘できるようになったので、今まで避けていた森の奥に進んでみたのだが、奥に行くほど難易度が上がるようでゴブリンが2匹同時湧きしたり、ゴブリンの得物が手斧に変わったり、上位種っぽいやつが出てきたりした。
”手斧”と”上位種”はどっちも近づかれる前に倒したので俺としては違いはないのだが。特に”上位種”に関しては、特段タフってことも無ければ、ドロップも変わらなかった。なんだったんだろうあいつ。
CTを少し待つ。
結局、2匹同時が一番めんどくさい。どうしてもアーツを連発する必要が出てくるので、CT待ちが発生してしまう。浅いところの方が効率良い気がする。
浅い層に移動しながら、次の獲物を探す。
噂をすれば、件の上位種らしきゴブリンがいる。普通のゴブリンより頭身が高く、鋭い目つきをしている。
気づかれないように息をひそめる。上位種ゴブリンがどんなことをしてくるかわかってないので、先制攻撃の優位は確実にとっておきたい。普段より慎重に行動する。
気づかれないようにといえば、狩りをしていて気づいたのだが、ALTerraのアーツは所謂、”無詠唱”テクニックが使えるようだ。
”無詠唱”とは「アーツを使うときにアーツ名を声に出さずに発動する」技術のことだ。VRゲームにおいて何かしら技を出そうするとき、どうやって出す技を指定するか。一番一般的な方法が”詠唱”と呼ばれる、出したい技の名前を声で出すという方法だ。ALTerraのアーツもこの詠唱によって発動しているのだが、この”詠唱”って実は内部的に2種類ある。1つは「声に出す」ことそのものがキーになっているパターン。もう一つは声に出すことで「出す技が確定する」ことがキーになっているパターン。このうち後者の場合、発声自体に意味がないので、声に出さずVRのシステムに出したい技を伝達できるなら、思考のみで技の発動が可能であり、その技術が”無詠唱”と呼ばれている。そしてALTerraは後者のようだ。
冷静に考えると、VRゲームに特化しすぎた謎技術ではあるが、声を出さずに技を出せるってのは隠密状態からいきなり攻撃を出せるのでVRゲーマーにとっては必須技能と言っていい。当然俺もできる。
というわけで、まだこちらに気づいていない様子である上位種ゴブリンが万に一つも気づかなないように、”無詠唱”で『ウォーターボール』を発動する。
現れた水球がゴブリン上位種に向かって飛び始める。
目の前で信じられないことが起きる。
全く気付いてなかったはずの上位種がくるりとこちらを向いて、回避行動をとったのだ。
(嘘だろっ!?)
声を出す暇もなく、弓を握る。
落ち着け、前回通りなら上位種のHPは高くない、弓だけで倒せる。いや、今みたいに回避される可能性もある、そうなると近づかれてしまうのは避けられないか。
上位種は十分な距離をとっている。水球にもホーミング性能はあるが、回避距離的にその性能を超えている。
これは、ダメージは覚悟しないとダメかもな。
(クソ!もっと曲がれよ!)
無残にも、何もない空へと飛んで行っている水球に、やけくそ気味に念を送る。
無駄なことを考えながらも、体は既に矢を番え引き絞ろうとしている。と同時に《狩人の目》の視界でさらに衝撃的なことが起きる。
ゆっくりと曲がっていた水球がその軌道を変えて、上位種へと向かって大きく曲がり始めたのだ。
「ガガッ??!ガガグガ!グギガグガ!」
脇腹に水球を食らった上位種が何やらわめいている。何となく通常種より語彙が多い気がする。
「『強撃』!」
頭の中は衝撃的な光景について一杯一杯になりながらも、身体の方は速やかに追撃に移る。
やはり耐久力は大したことが無いようで、上位種はわめくのをやめ、倒れる。
「はぁぁぁぁ、びっっくりしたぁ」
上位種が落としたドロップを拾いながら、今起きたことを頭の中で整理する。
まず上位種、今ドロップしたアイテム『ホブゴブリンの牙』だったので名前はホブゴブリンらしい。
そのホブがこちらの『ウォーターボール』を、俺を知覚していないであろう状態から、急に回避した。
一つ仮説がある。
まず前提なのだが、俺が『強撃』を使うとき、矢が一瞬発光する。それと、『ウォーターボール』も現れる一瞬発光する。おそらくアーツを発動するときの合図として発光するようになっているのだろう。
そして、俺の記憶が確かならだが、あいつが回避する直前、ホブの目が一瞬だけ赤く光っていたように見えた。つまり、ホブゴブリンがアーツないしスキルを使って俺の攻撃を回避したんじゃないかということだ。
あり得るとしたら《危機察知》あたりだろうか。確か、スキルとして2SPで習得可能だったはずだ。
仮説が正しければ、ホブゴブリンは《危機察知》を、あるいはまた別のスキルを持っている可能性があるということか。それなら上位種でも納得だ。
もう一つ。『ウォーターボール』を発動後、俺の意志で操れた。
これに関しては仮説もくそもなく、実は『ウォーターボール』は操れたということだ。今回は間違いなくチュートリアルにも載ってなかった隠し仕様だ。
この魔法を自分の意志で操る感覚、昔別のゲームで体験したことがある。名前はたしか「ソーサラー&ウォーズ」だったか。なんかダサいサブタイトルもついていた気がするが、忘れてしまった。
そんでそこの会社、作るゲームのクオリティは高いのに、プレイヤーに求めるハードルが高いのと、広告戦略が壊滅的にへたくそで経営破綻。いろいろあってALTerraの開発元のCCに吸収されたんだった。
「そっかー、あの技術、今はCCが持ってるのか。うわぁ懐かしいなー。S&Wか、そっかーあれをALTerraで再現したのか。」
どういう技術を使ってたのかわからないが、「S&W」以外であの技術が使われているのを見たことがなくて、オーパーツ的な技術なんだろうなーと思っていた。
あのゲーム、基本のゲーム性はシンプルなんだけど、リアルタイムで魔法の弾道を引いたりできて、それがすごい楽しくて、めっちゃプレイしてた覚えがある。やり込んでた人は魔法の弾道で絵とか書いてたな。
結局、一番の売りの魔法を自由に操るって部分がひどく感覚的な操作なせいで、うまく新規プレイヤーに教えられなくて、ごく限られた人が遊ぶ過疎ゲーと化して、あえなくサ終したんだった。
「まじで懐かしい。今やって、昔むたいにできるかなぁ。確かこんな風に力をためる感じで……『ウォーターボール』」
昔の感覚を思い出しながら、水球が飛んでいかないようにその場にとどめてみる。
現れた水球はどこへ行くでもなくその場に浮遊し続けている。
「なんか記憶より簡単にできたな。もしかして簡単にできるように改良された?」
あれってそんな簡単に改良できる技術なんだろうか……。
ともかく、この発見はゲーム的な部分でかなり大きい。操作をマスターすれば素早く動く相手にも確実に攻撃を当てられるようになるということだ。
「さすがに感覚はだいぶ忘れちゃってるから、練習が必要だな。」
昔やった練習法を思い出してみる。
まずは、出した球を自分についてくるように操作する。これは簡単にできる。
次に、自分の周りをクルクルとまわして、だんだんと半径を大きくしていく。あ、ちょっと飛びすぎ、ってああ。木に当たって消えちゃった。
『ウォーターボール』のCTがまだ少しだけ残ってい居るので、目についたスライム状のモンスターを弓で倒して時間を待つ。あのスライム、たまに出てくるが、名前がまだ分からんのだよね。
CTが明けたのでもう一度水球を出し、自分の周りを公転させる。
「いきなりスピード出しすぎたな。今度は緩めに」
出した水球をゆっくりと、自分の周りを回るように動かす。
コントロールを失わないように、木に当たらないように、少しずつ公転半径を広げていく。
今度はうまくいき、腕の倍ぐらいまで広がった。
次は翻って半径を縮めながら、速度を上げていく。
だいぶ感覚を思い出してきた。やっぱり操作感がだいぶ良くなってる。
ここで『ウォーターボール』のCTが明ける。
「CTの開始は攻撃時じゃなくて発動した瞬間なのか。...さすがに2つ同時には......うわぁ出せちゃうのかぁ」
俺の周りを2つの水球が公転する。1つだけ逆回転させたり、螺旋状に動かしてみる。楽しい。
これは、対モンスターはともかく、PVPだと必須級になる、というかもうなってるだろうなぁ。
とりあえず、2つのうち1つを、たった今見つけたゴブリンへとぶつける。
片方だけ攻撃に使うことも可能、と。
「あとS&Wだとどんな事が出来たっけ」
手で水球を弄びながら記憶を掘り起こす。もう6年ぐらい前の記憶なので、なかなか有益な記憶が出てこない。
出てくるのは当時、S&Wを遊んでいたプレイヤーのことばかりだ。
過疎ゲーに成り果てても尚、そのゲームをプレイするようなやつは、人間的にもプレイング的にも”濃い”奴が多くて、そればかりが思い浮かぶ。
そんなプレイヤーのうちのの一人、異常なハイテンションなPKについて思い出したとき
「そういえばアイツが得意だった形変えるやつ、ALTerraでもできるかな」
と、ようやく有益そうなことを思い出す。
頭の上でクルクルさせていた水球を手元に寄せる。
「まずは、潰してみる感じで」
手でイメージを作りながら左右から押し潰してみる。
力を入れる感覚がつかめず、水球が飛んでいきそうになる。
昔から、これはあんまり得意じゃないんだよね。ハイテンションPKは魔法を撃ち合うゲームの中で、魔法を武器の形にして突撃するとかいうイカれプレイをしていたが、残念ながら俺はそこまで器用に変形させられなかった。
改めて当時の記憶を思い出しながら、水球に力を加える。たしか自分から見えない手が出てるみたいな感覚で、滑らないように…
「おお!行けた!」
きれいな球をしていた水球が、左右から板で押さえつけられたように、薄く円盤状にゆっくりと広がっていく。
しばらく押さえつけていると、ある地点を境に押す力に対する反発力が無くなり、むしろ自分から変形し始めレンズっぽい形になって固まった。
「?いきなりどうした?」
変形した水球、というよりも円盤のほうが近いか。それを動かしてみる。
もう一度球に戻そうとしてみるが、戻るどころかこれ以上変形する気配がない。
これは、S&Wにはなかった現象だな。忘れてるわけじゃなければ、魔法の変形ができなくなることはなかったはずだ。
なんだろう、ここで止まったってことはこの形に意味があるのかな?
改めて変形した水球を眺める。
形としては、中心が盛り上がって、外へ行くほど薄くっている。
…もしかして、あれかな。
記憶の奥にあるとっかかりを頼りにいろいろ連想していくと、昔見た古いアニメのことを思い出す。
あれは確か手裏剣だったか。こっちは腕がないのでどっちかっていうと真ん中に玉をつけたチャクラムって感じだが。
もしこれが手裏剣だというなら、試したくなるのが世の常というもの。
さぁ、的はどこだ。
「いた!」
つい声を上げてしまった。
そのせいでゴブリンもこちらに気づいたようだが、こちらのほうが早い。
俺は、回転を掛けながら投げるイメージで仮称・水手裏剣をゴブリンへと投げつける。
普通の水球よりも気持ち速く飛翔した手裏剣は、ザン!という音とともにゴブリンの肩から腰に掛けて赤いエフェクトを残し、はじける。為すすべなくゴブリンは倒れ伏し、ポリゴンへと変わっていく。
『アーツ『ウォーターカッター』を習得しました』
どうやらあれは手裏剣ではなかったようだ。