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1.ユーの反対でアイと砂糖の反対で塩

 2XXX年7月1日。朝9時。

 現在、高校1年の夏。毎年々々最高気温が上がっていき、もはや人間が外に出るべきではないからと、いろんな部分から時間を引っぺがしながら夏休みは拡大してき、まだまだ夏の始まりではあるが、今日から2か月の間休みとなった。


 そんな夏休み初日。俺、佐藤弓宇(さとう ゆう)は、浮かれるもせず緊張した面持ちで自室の中にいた。

 いや正確には浮かれすぎて却って緊張しているが正しい。小学生が遠足前に興奮しすぎて眠れないみたいな状態だ。


 なぜこんなに緊張しているのか。その原因が目の前にある。

 そこには一抱えできるほどの箱がある。見た目は装飾がないシンプルな外装に、これまたシンプルに『Pascal:Objective Drive』とだけ書かれている。


「ついに届いた......!」


 ──────────────────────────────────────


 世界で初めて、一般向けフルダイブVRハードが発売がされ始めたのが今から16年前。ちょうど俺が生まれたのと同じぐらいの時だ。それ以降、VR関連の技術は急速に世界中へと普及していった。今では、VR出勤なんてのを採用している企業もあるらしい。

 そして、VR技術そのものの発展とともに、ある種の必然として、同時に発展していったのがVRを使った娯楽、つまりVRゲームである。

 VRゲームは、黎明期から今に至るまでその勢いが衰えることなく、どころか加速度的に業界の規模を大きくしていき、昨年末に一つのパラダイムシフトが起きた。

 新型VRハード”Pascal(パスカル):Objective Drive”、通称PODが発売されたのだ。


 PODはそれ以前のVRの常識を一新するハードとして、多くのVRゲーマーに衝撃を与えた。

 VRの黎明期から数々ののVRハードとともに、数多くのゲームタイトルが規模の大小を問わず発表されていった。その中には必然、名作に至らない駄作、奇作。あるいはそういった評価をつけ難い異質な作品まで幅広く含まれる。ではこれらはなぜ名作とはなれないのか。その基準は何か。

 ゲームである以上、まず1番目の基準は面白さである。しかしながら、それだけではゲームの評価は決まらなかったりする。 実際、評価こそよくないがストーリーやシステムの面で十分に面白いゲームも何本も存在する。

   ではそれらはなぜ名作になりえないのか。その理由は大抵の場合、ある一点に集約される。それはリアリティーの低さだ。


 ここでいうリアリティーとは、「魔法があるから現実的じゃない」といったたぐいの話ではない。実際はもっと感覚的なところで、例えばゲーム上の身体(アバター)思った通り(現実と同じよう)に動かせるだとか、目で見える情報と当たり判定が一致しているだとかの、「普通に生きていたら当たり前の部分」が現実とどれだけ近いかということだ。

 こういった作りこみの甘さみたいなものはフルダイブ以前、以後両方ののゲームで見られる。しかしVRゲームに関しては、コントローラーで画面の中のキャラクターを操作するのではなく、自分の体(アバター)を自分の脳から直接操作し、実際に思い通りに動けないことを体感するのでは、感じるストレスが大きく違い、結果的にVRゲームにおいては許容し得ない欠点なるのだ。

 ゆえにVR技術の大きな潮流として、いかに現実の空間を再現できるかという点が最優先の評価基準になっていったのだ。


 そんな「リアリティー競争」のひとつの終着点と言われているのがこの”Pascal:Objective Drive”《POD》なのだ。

 曰く「現実空間の上位互換」。

 現実で出来ること大体できて、五感で感じられる情報はすべて再現できる。今までのVRハードでは再現しきれなかった、本当に細かなディティールまで再現可能だという。まさに現実を完全再現している。その上で、現実の様々な制約が電脳空間ゆえに存在しない。ゆえに上位互換。

 それがPODというVRハードなのである。

 そして、そのPODの発売元である|”Creative Creatures”《クリエイティブ・クリーチャーズ》がPODと同時に発売したのがVRMMOゲーム”ALTerra”《オルテラ》だ。


 ”ALTerra”(オルテラ)はジャンルとしてはRPGになる。世界観的には魔法がある王道のファンタジー世界で、敵を倒してレベルを上げるもよし、生活系のコンテンツをするのもよし、世界を冒険し物語を紡いでいくのもよし。まさに王道のMMOといった感じだ。

 ハードの開発元が作っているだけあってその性能を存分に活かし、あらゆる面で凄まじいクオリティーを誇る。

 異世界に入り込んだような体験ができると、PODと合わせてとてつもない注目が注がれている。

 ──────────────────────────────────────


 目の前の箱はオルテラが同梱(どうこん)されたPODの箱だ。

 世界の注目度が否が応でも高くなるPODはその注目に比例して入手難易度が跳ね上がっていた。

 製品発表があってからずっと、あらゆる方法を試して購入を試みたにもかかわらず予約も購入もできず。実際に発売されてから、半年もの間おあずけを食らっていたのだ。どうしたって精神的に高揚するし緊張する。


 とはいえ、固まっていても始まらないので箱を開け、慎重にセットアップを終わらせる。


「さて、じゃあやるか」


 ……


『バイタルチェック……OK』

『Creative Creaturesアカウントを確認しました』

『初期設定を完了しました』


 ……


『ようこそ』


 数秒ほどいくつかのシステムアナウンスが流れるのを聞き流す。

 目を開くと何もない空間が広がっている。


「相変わらず買ってすぐは殺風景が過ぎるな…」


 目の前に広がっているのはいわゆるホームエリア。利用するゲームやアプリケーションを選択する場所だ。今は真っ白い空間に操作説明だけが表示されている。

 カスタマイズして家具とかを置いて部屋のように使うこともでき、人によっては凄いオシャレにしてたりする。俺は基本そこまで凝ったりはしないが、さすがに何もないと寂しく感じる。とはいえ、今はそこに時間を使うより、早くALTerraを遊びたい。

 とっとと始めようか。とアプリ一覧を開こうとして気づく。


「めっちゃ自然に動ける」


 今の俺の身体(アバター)はアカウントに紐づけられたリアルに近い体格のものになっている。旧式のハードでも、動いていてぎこちなさを感じることはなく現実同様に動けていた。しかしそれでも今の動きのほうが明らかに自然に感じられる。というよりもむしろ、VRっぽさを一切感じない。


「うわぁ。なんか、すごいな。むしろちょっと怖いかも」


 例えば、目が覚めてこの空間に立っていたとして、現実かVRかを区別できる自信がない。

 自称リアリストのVRアンチの、VRと現実の区別がつかなくなるという意見も、この段までくればちょっとは共感できるかもしれないと思うほどだ。


 俄然、ALTerraへの期待度も高まってくる。

 アプリケーション一覧を開き、設定やプリインストールアプリが並んでいる中からALTerraを選んで起動する。

 一瞬の視界の暗転ののち、目の前にタイトルが現れ、消えていく。




『アカウントが確認できません。ログインまたはアカウント作成をしてください』

「はいはい」


 表示される指示に従ってアカウントを作成していく。


『アカウント名を入力してください』

「んー、いつも通りでいいかな。アイシオっと」


 昔から使ってる名前を入力して、アカウント作成を終える。


『初めましてアイシオ様。ALTerraの世界へようこそ』



 ────


「項目が、項目が多すぎる……!」


 アカウント作成を終えた後、目の前に現れた一体のアバター。

 いわゆるキャラメイクの時間だ。


 キャラメイク、それは無限に時間を吸い上げる沼。

 デフォルトのアバターはさすがに使いたくないなぁ、とちょっとパーツをいじり始めると、ああでもないこうでもないと、あらゆる箇所が気になってきて、いざ完成したと思ったらなんか全体のバランスが崩れている。そんなことを繰り返すうちに丸一日がつぶれる。そうやって多くの人間の時間を吸い上げてきた、恐ろしい沼なのだ。

 特に俺は造形センスが低いのですぐ不気味の谷に滑落してしまう。結局、デフォルトのアバターの2Pカラーみたいなのに落ち着いて、浪費した時間を嘆いてきた。


 しかし、ALTerraの場合はそうはならない。アカウント作成時に紐づけたCreativeCreaturesのアカウントから色んな情報を引っ張ってきて、いい感じに自分好みのオリジナルアバターを作ってくれる。

 若干、どんな情報を使われているのか怖くもあるが、出力された結果(アバター)のすばらしさを見れば、多少は気にしないでいられるというものだ。

 目の前のアバターは背丈がリアルの俺と同じで、顔もいい感じに中性的な美少年って感じに仕上がっている。リアルの背丈に合わせると、こういう方向性の見た目が一番合うのだ。……まぁ要するに、身長が低いから、ごつい見た目が合わないってことである。

 ともかく見た目のクォリティーは完璧だ。完成度が高すぎて、造形スキルが低めの俺が手を入れられる箇所なんかない。


 では、先ほどから、いったい何に慄いているのかといえば、体格なんかの身体的な設定項目の多さだ。


「指ごとの長さとかひざ関節の高さとか、あまりにも細かすぎないか?」


 正直、誰もこんなところいじらないだろうという項目が大量にあるのだ。一回、全部に目を通すだけで数分かかった。


「造形師とかなら、この量のパラメータもさばけるのか……?いや、プロでもこの量は無理じゃないか?」


 ALTerraの開発元である、CreativeCreatures、正確にはそのゲーム部門であるCC:Gは、もとからプレイヤーの自由度にかんして異常な執着があることは有名だったが、(たが)が外れたというかなんというか。

 まぁ、パラメータの量が以上であるとは言え、身体(アバター)の調整が自由度高くできるというのは超重要である。

 自分と大きく異なるアバターはどうしても少し操作しずらい。ここ数年は、モーションアシスト等の技術進歩によってかなりその辺も緩和されているとはいえ、リアルで使ってる身体に近ければ近いほど扱いやすいという事実は変わらない。PODではその点も全く気にならなくなっているという噂だ。

 また、操作性を抜きにしてもアバターの体格はゲームプレイに大きく影響を与える。

 単純なところでは、例えば当たり判定がある。当たり前だが小さいロリ系アバターよりゴリゴリの巨漢アバターのほうが当たり判定がでかい。その分、リーチが長かったり、特定のステータスが伸びやすかったりといった形でバランスがとられるのが常だが、どうにせよプレイスタイルはどうしても身体に引っ張られる。


「指の長さとかその辺の細かいパラメータも、例えば武器のグリップとかに関係したりするかのうせいがるよなぁ。だるいけど、ちゃんと設定するか。」


 そういって俺は、自分のプレイスタイルに関係しそうなパラメータを探して調整してく。


 まず、ALTerraにおける俺のプレイスタイルをはっきりさせておこう。

 一番重要なのは、基本ソロプレイで行くつもりだということだろう。.....友達がいないわけじゃないよ?多いとは言えないが、よく遊ぶ友達とか、他のゲームで知り合ったフレンドとか入る。だが、大体みんな、早めにゲームを入手して先にプレイしているか、まだ手に入れてないかのどちらかしかいなくて、一緒に始めることができなかった。タイミングが悪かったってやつだ。一応ほかにも理由があるが、それは置いといて。


 ソロである前提でさらにプレイスタイルを固めていく。


「逃げ足が速くて遠距離主体と。メイン武器は......銃は世界観的になさそうだし、弓か魔法とかになるかなぁ。このタイミングで初期装備とか確認できればいいんだけど」


 とりあえず安全度が高めのヒットアンドアウェイ戦法を想定して、関係しそうなパラメータを調整していく。

 ちなみにこの戦法を取るのは、これまでのゲーム経験からソロでやるなら遠距離一択だと考えているからだ。というのも、VRの近距離戦闘ってものすごい疲れるのだ。なんせ、めちゃくちゃリアルな怪物(モンスター)相手に切った張ったの戦闘を、至近距離で行わなければならないのだ。パーティを組んで適宜休めるならともかく、ソロで長時間それをやるのはかなり負担だと個人的には思っている。

 というわけで、攻撃は遠距離、ついでにALTerraはデスペナルティが小さいとは聞いているが、死にたくはないので素早さ重視。

 うーむ、まだALTerraのゲームシステムに詳しくないから断言できないが、多分かなり非効率なプレイスタイルだよなぁ。まぁしょうがないと割り切っていこう。


 固まったプレイスタイルをもとに、全身の調整をしていく。

 最終的に、全体的に当たり判定小さめ、素早さ高めになるように、身長は160㎝程。体格的にそこそこ小柄な身体(アバター)になった。あと腕は少し太めにした。弓にボーナスがあるといいなぁと願って。


「顔以外はほとんどリアルと同じ感じだな」


 動きやすい身体を追求するとやはりそうなるらしい。正直、身長はほんの少しコンプレックスなので、伸ばしたい気持ちもあるが、結局プレイしづらいとか言って後悔する未来が見えるのでやめた。

 さて、思いのほかキャラメイクに時間を使ってしまったが、ようやくゲームを始められる。


「さぁ、どんなもんか見せてもらおうか」


 ゲーム開始を押し、定型文的な注意書きを軽く読み飛ばし、(アイシオ)のアバターを確定させる。


『ようこそALTerraの世界へ』

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