本当の正義の味方
「チッ 出やがったな!
アマネヒカリ、ここを絶対動くなよ。子供達から離れるな」
お姉さんはコクリと頷き俺達の方にやってきて抱きしめてくる。
ミキさんの身体から何がは吹き出るのを感じる。手にムチのような白いものが出ている、
「え、消えた?!」
ヒロシくんの言葉で、ミキさんが仕事モードになったのが分かる。 だからヒロシくんには見えないのだろう。
動物園の外壁の向こうの山からなんか気持ち悪いモノを感じた。
怒りや悲しみ憎しみとあらゆる嫌な感情が、合わさって更にドロドロとなった気持ち悪い感じが伝わってくる。それは残情とは違って明確な意志を持ってこちらに進んでくる。
ミキさんは高い塀を軽々と飛び越えて向こう側に行ってしまった。
獣のような叫び声、強い光を感じ、嫌な感じが消えた。
終わったのが理解できたけど身体の震えが止まらない。初めて体験するタイプの恐怖だったから。
そんな俺を見てヒロシくんは俺の手を握ってくれた。その温かさで落ち着きを取り戻せた。
ヒロシくんだって怖かった筈なのに、こうしていつも俺を守ってくれる。
「もう大丈夫! ミキさんが対処してくれたから」
お姉さんは俺達から腕を離して立ち上がり、壁の向こうを見つめる。
「何があったの?」
状況が分からないヒロシくんは聞いてくるけど、俺にもよく分からなくて首を横に振る。
「ザンコンがいたの」
「ザンコン?」
お姉さんは眉を寄せる。
「強い想いを残しすぎて、ソレに囚われ死の国に行けなかった魂……」
「ミキさんが倒してくれたの?」
お姉さんは首を横に振る。
「どれも救わなければならない魂。倒すなんてしないよ。
強すぎる想いと切り離して死の国に送っただけ」
ザっという音がする。ミキさんが戻ってきたようだ。
「坊やたち大丈夫か?」
ヒロシくんと俺は頷く。
「ミキさんは? 怪我ありませんか?」
ミキさんはフッと笑いヒロシくんの頭を荒く撫でる。
「大丈夫よ、この人は鬼だからつよいのよ!」
代わりに何故かヒカリお姉さんが答える。
「ったくお前はペラペラと余計な話ばかりを……
まっ、そういう事だあんなの目を瞑っても処理できる。大丈夫だ」
ミキさんは苦笑しながらそう答えた。
そのままその東屋でお弁当食べることになった。
お姉さんが、用意してくれていたお弁当を四人でつまむ。
「ミキさんって、本当に鬼なんですか?! 天部ではなくて」
ヒロシくんの言葉にミキさんはおにぎりを食べながら頷く。
「と言っても良い鬼だから!」
そういうお姉さんをミキさんは睨む。なんか分かってきたミキさんがお姉さんを怒る理由。授業中にふざけて茶化してくる子供を叱る先生と同じような状況なのだろう。
「鬼に悪いも良いもないだろう。鬼も天部も人間を守る為に行動している。
残情くらいなら天部でも処理できるからそちらはコイツらに任せて、俺はさっきみたいなヤツを担当している」
「大変ですね……」
「別に、それが仕事だ」
感心する俺にアッサリとした言葉をミキさんは返す。
「で、さっきの話の続きだが、さっきの残魂は残情の好物で、食えば食うほど強くなり人へより激しく悪影響を与える。
お前のように見えてる若い魂の恐怖の感情も好物だから寄ってくる」
そう言ってからミキさんはチラリとお姉さんに視線を向けてから戻す。
「だから、キミにはできる限り残情に関わって貰いたくないんだ。
今まで通り見つけたら離れろ。そしてコイツにさっさと処理させる。
万が一残魂を見ても慌てずまず落ち着け。冷静な気持ちでゆっくり離れろ! そして近くのおてらか神社に逃げ込め! いいか」
俺は頷く。
「ミキさんの友達は大丈夫なの?」
ヒロシくんが質問する。
「アイツはいい大人だし感情のコントロールも上手い。
元々そういうものを相手にするのが仕事だから対処方法も知ってる。
だけどお前はまだ子供で弱い。オマケに天部のコイツではああいった手合いからお前は守れない可能性もある。だから変に関わるな」
「ヒカリお姉さんは危険ではないの?」
ヒロシくんの質問にミキさんは笑う。
「コイツには神からの加護が付けられているから、ヤツに食われるなんてことはない。ただああいったモノから人を守るって事には天部は向いてない」
自分が足でまといな気がして悲しくなる。
「そんな顔するな!
子供ってどんな生き物でも弱いモノだろ? お前が大人になって強い身体と心を持てばそこまで怖がるモノではなくなってくるから。
それにな、ガキというのはすぐ大人になるもんだ! だからクヨクヨするな!
ガキ時代の今を楽しめ!」
ミキさんはそう言って、俺の頭を乱暴に撫でた。
自分の中の気持ちを整理するためにしばらく黙っておにぎりを食べて落ち着かせることにした。
死者が残していった強い感情。ふとある疑問が俺の中で湧く。
「なんで残情は、怒りとか哀しみとかそんな嫌な感情だけなんだろう? 嬉しいとか楽しいとかいう感情なら安全なのに」
「そういえばそうよね。そういうのだったら、触れても安全どころか助かるのにね〜幸せを振りまいてくれるから」
その朗らかに受けるヒカリお姉さんにミキさんは大きなため息をつく。
「どういう死に方したら、そんな明るい感情を爆発させて死ねるんだよ」
「推しコンサート中に歓喜で興奮のあまり心臓発作とか?
あとはフクジョ」「子供の前だって分かってるか!」
ミキさんがキツめの言葉で遮る。
ヒカリさんはなぜか俺達に謝るような仕草をしてへへと笑う。
「幸せな死を迎える人というのは、どちらかというと柔らかい感情の中で亡くなる。だから余計な感情をこの世に残していかない。
不条理な状況や、死の際に強い恐怖や怒りを爆発させて死を迎えた人は、世界を去る際に余計な荷物となった感情が魂から離れてこっちに残ってしまうわけだ」
これがヒカリさんの言っていた落とし物という状況なようだ。
「さっきミキさんが戦っていたのはアレはどういうモノなの?」
強い感情を帯びてしまうと魂が重くなる。それで魂が死の国に行くためその重さが邪魔になるからこの世界に置いていかれたのがあのモヤモヤというのは分かった。
でも先ほど見た異様なものは、ただそこにあるだけのモヤモヤとはちがって感情だけでなく俺たちを襲おうという意志があった。
「あれは、お前達がいうところの幽霊というものだ。
重すぎる感情に魂が雁字搦めになったため、死の国に旅立てずこの世界に居座った魂」
「何でソレが襲ってくるの?」
「基本、負の感情に染まった魂だから、負の感情のまま攻撃的な行動をしがちだ」
先ほどの凶悪な感情で襲ってきた幽霊の様子を思い出し、身体が震える。
「怖いね。お兄さんは怖くないの? あんなのといつも戦うなんて」
「それが仕事だ。
それにアイツは、俺に擦り傷すら与えられる事はできない。だからそんな心配するな!」
ミキさんはニヤリと笑った。
前にヒカリ姉さんのことを正義の味方と思ったけど、こうして並んで見ていると、正義の味方のヒーローっぽいのはミキさんの方だと感じた。