魂の洗濯場
ここにいる子の前で泣くわけにはいかない。
怒りの感情はもちろん、困った顔をすることなんてもってのほかだ。
そう自分に言い聞かせて仕事を続けた結果、私は表情筋の動かし方が分からなくなってしまった。
心の中では、ここにいる子供たちをここまで傷つけた人への怒り、子供たちの深すぎる傷に対する哀しみ、そして救いたいという強い感情が激しくうねり、パンパンに膨れ上がっている。
しかし、私の顔は人形のようにうっすらと笑みを浮かべることしかできなくなっていた。
まずは自分と向き合うようにと、私は子供のお世話の仕事を外されてしまった。
向き合えと言われても無力で空っぽな自身が見えるだけ。だから周りの天部の方々を見てみる。
ここで働く天部の方々は、常に穏やかで、子供扱いもせずに傷ついた魂たちに接しているように見える。
そして仕事がないときには趣味を楽しむということをしているようだ。
プライベートの時間を楽しむといっても、私が現世でしていたようなショッピングやカフェ巡り、スイーツショップ巡りを楽しむというわけではない。
天部たちは、お菓子作りをしたり、編み物やパッチワークをしたり、可愛い縫いぐるみや編みぐるみを作ったり、木のおもちゃを作ったり、お花を栽培したりと、子供たちが楽しめるものを考え、行動している。
私は普通に手芸や家事はできるものの、職人並みに素晴らしいものを作る天部たちを見ていると、自分がそういう意味でも子供たちの役に立てないことが情けなく思える。
自分を見失い、動けなくなっている私に対しても、彼らは可愛くて美味しいお菓子をくれたり、可愛い人形をプレゼントしてくれたりした。
それが嬉しい反面、余計に自分の無力さを感じて落ち込んでしまった。
私は、空き時間には図書室に通い、勉強を始めるようになった。
天部になる際、この世界のことを一夜漬けで勉強し、偶然出題された問題が的中したことで筆記試験をクリアした。
そのため、この世界について何も理解していなかったことを痛感した。
今なら分かる。陣くんにしたことがどれほど危険な行為だったのか、魂がいかに繊細で脆いものなのかを理解し、今になって恐怖を覚えている。
私は、あんな良い子が天国に行けていないこと自体がおかしいと思い込んでいた。
天国に案内さえすれば当然のように受け入れられ、ヒロシくんとまた楽しく過ごせるようになると信じていたのだ。
そもそも陣くんが天国に行けなくなったのは私のせいだ。
私がヒロシくんを救えなかったから、陣くんの魂を深い青色に染めてしまい、それがさらに死に際の強い恐怖の色を加えてしまった。死の記憶は消去されるけど、受けた恐怖は魂に傷を残す。
今の私にあるのは、深い自己嫌悪と後悔だけだ。
魂の傷がいかに修復することが難しいものなのか。赤ちゃんのようにほとんど記憶がない状態なら、記憶を消すことで直ちに転生できる。
天国もまた、魂を無垢な状態にして現世に還すための手順の一つだったと今になって理解した。
人は生きている間にさまざまなものを魂に抱え込み、疲弊している。
こちらの世界は、段階を経て行われる魂の洗濯場なのだ。
傷の深さや罪の大きさによって魂は選別される。
地獄に行った魂がどうなるのかは分からない。
ただ、傷を負った魂は傷の深さに応じて分けられた世界で癒され、最終的には天国で完全に浄化されて現世に還るのだ。
天部の仕事は癒しのサポート。ただ魂とニコニコしていたら良いなんて簡単なものではなかった。
今の私の仕事は、洗濯と子供たちの食事の準備。
栄養バランスを考えながら、見た目も彩りよく楽しめるよう工夫するのは、少し楽しい。
だてにカフェ巡りをしていたわけではない。盛り付けには自信がある。
これもこれで意味のある仕事ではあるものの、それは結局、自己満足でしかない。
子供たちが笑顔になるほどのものではないから。
私は贖罪のためにここにいるのに、ここの地で果たすべき最大の使命から逃げているのでは、意味がないように思える。
朝食の準備を終え、「少しでも楽しんで食べてくれたらいいな」と願いながら、天部たちが食事を運んでいく様子を見送る。
その後私は洗濯室へと向かう。
洗濯といっても、たらいでゴシゴシ手洗いするようなアナログな作業ではなく、業務用サイズの大きなドラム式洗濯機を使う。
もちろん、ひどい汚れは事前に下洗いをする必要があるが、基本的には大きなクリーニング店のような作業だ。
安寧界は基本的に雨が少ないこともあり、洗濯物は乾燥機を使わず干して乾かすのがこの場所のやり方だ。
太陽の光は「神の癒しの力を帯びている」とされているためだ。
三時間もあれば乾くし、乾燥機を使うよりもしわがつきにくい。アイロンがけも楽に感じるので、不自由はない。
私は適当に作った歌を口ずさみながら、洗濯物の汚れをチェックする。
そして、大きさや材質を見ながら分類し、洗濯機に放り込んでいく。
涙は洗濯機に まとめて入れちゃおう
ぐるぐる回って 泡になって消える
ポカポカお日様 ふとんを抱きしめて
干したシャツにも 元気を染み込ませる
洗濯機を回している間に、汚れてしまったぬいぐるみを手洗いで綺麗にする。
天国にいたときからそうだったけれど、私は音楽が好きだ。
現世にいたころも、まず最初にすることは、流行している曲をチェックして楽しむことだった。
落ち込んだときも、こうして適当に歌を作り、口ずさんで気持ちを紛らわせていた。
風が笑って 白い雲が揺れる
ボクらの悲しみも きっと乾いてく
空を仰げば 優しい匂いがする
今日もまた一歩 歩き出せそうだよ
丁寧にぬいぐるみの水気を取り、ネットに入れてから洗濯竿にぶら下げる。
直接ぬいぐるみに洗濯バサミを使うのは、痛そうでかわいそうだから。
涙はシャボンに 包んで飛ばそう
空に溶けて 消えるまで そっと見送ろう
ポカポカお日様 笑顔で抱きしめ
心の奥に 元気を詰め込もう
終了した洗濯機から洗濯物を取り出し、干しながら歌を口ずさむ。
ふわりふくらむ あの雲のように
僕らの明日も きっと膨らむよ
風にのって 遠くまで飛べる
だからもう一度 顔を上げてみよう
すべての洗濯物を干し終えた私は、大きく息を吐いた。
穏やかな陽光の中ではためく洗濯物を見つめながら、「ここの子供たちが悪夢を見ないように。穏やかに過ごせますように」と、神社でするように手を合わせ祈る。
今、私にできることはこれだけだから。
私は歌うことで自分のモチベーションを保ち、できることを精一杯やると決めた。




