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キミの世界は青いから……  作者: 白い黒猫
謳う堕天部
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挫折の先

 私が天国に迎えられたとき、天部の皆さんが優しく温かい笑みを浮かべて歓迎してくれた。


「ようこそ、天国へ。幸せなる者」


 そう言いながら、いい香りのする花輪を首にかけてくれ、優しく抱きしめてくれた。私の中から、これまで感じたことのないほどの幸せな気持ちが湧き上がってきた。

 周りを見渡すと、同じように歓迎されて感激のあまり泣いている人たちもいた。

 共通しているのは、皆が幸福感に満ちた表情をしていることだった。

 その記憶が強烈に残っているからこそ、私も天部になりたいと思った。あのように天国に人を誘い、幸せにする。それこそが私のやりたいことだと感じたのだ。

 天国でできた友達たちは、皆、現世に戻り転生する道を選んだ。でも私は迷わず天部になる道を選んだ。

 友達は「いつも笑顔で周りを明るくするあなたなら天部に向いていると思う」と言ってくれた。

 しかし、天部督の一人が、私が天部になることについて懸念の言葉をかけてきた。


「前向きなところは良いが、天部として決定的に不足している部分がある。それが心配だ」と。


 勉強が苦手で、バカなことを心配されているのかと思った。でも、彼女が私に足りないと言ったのは「挫折経験」だった。

 現世の記憶が全くないだけに、現世で挫折をしていないことが悪いと言われても困るだけだ。

 別の天部督が、「これから経験して学べば良い」と言ってくれて、私は無事に天部になれた。

 だけど、あの天部督の言葉にはいまだに納得がいっていない。挫折が天部の仕事で一体何の役に立つというのだろうか?


 そう思っていた私が、研修という形で派遣されたのは現世だった。

 天国にて、魂が穏やかで楽しい時を過ごせるよう手伝いたかっただけに、この任務は不満だった。

 私が扱うのは「残情」だった。

 青かったり黒かったりする感情の塊で、触ると私までその感情の色がつきそうで嫌だった。同時に、残情から見えてくる残した人の「死」の記憶。

 作業自体は難しくはなかったが、気持ちの良いものではなかった。しかも、私が残情の浄化作業をしようがしまいが、現世の人々は気ままに楽しそうに過ごしているように見えて、やりがいも感じられなかった。


「ならば、他に人の役に立つことをしたい」と思ったが、私に与えられた力は「浄化」だけだった。


 迷子の子供に会っても、子供の悲しみを癒し、一瞬で涙を止めるような力はない。

 離れてしまった家族を、一瞬で見つけるような便利な能力もない。ただ子供と手を繋いで迷子センターに行き、係員に託すという、普通の対応しかできなかった。


 少し腐っていた時に出会ったのが、(ジン)くんという少年だった。

 私の仕事をキラキラした目で「スゴイ!」と言ってくれて、しかも感謝の言葉をかけてくれた。

 現世に来て初めて喜びと仕事のやりがいを感じた瞬間だった。

 しかも、陣くんはとっても良い子で可愛かった。彼の言動は私のツボでキュンキュンさせる。一瞬で大好きになった。

 良い子は良い子と引き寄せられるものなのか、友達の啓司(ヒロシ)くんもまた健気で、とても可愛らしかった。

 啓司くんは複雑な家庭環境のようで、哀しみを秘めていた。その影響で、敏感な陣くんも引きずられるように哀色に染まっていた。

 だから私は、三人で遊ぶことにした。二人が笑うことでハッピーに染まるし、私もそれが嬉しくて楽しかった。

 自分で作った任務を楽しむ、そんな一石二鳥の時間だった。


 あんな形で啓司くんを失ったのは本当に辛かった。本当の意味で挫折感を味わったのは、これが初めてだったのかもしれない。

 自分の無力さに泣いた。


 私にできたのは、能天気を装い笑顔を見せながら、啓司くんを失ったことで哀色に染まってしまった陣くんに寄り添うことだけだった。

 少しでも前のように笑ってもらいたくて、必死にそばにいた。




「陣くん、見て! この会場にいる人たちの歓喜のパワーを!

 推しがあるって、幸せのパワーの源を得ることなの!」


 私は高校合格祝いに、陣くんをアイドルのコンサートに誘った。コンサートといっても、箱はそれほど大きくないライブに近いもの。でも、それだけに一体感のある熱を楽しんでもらえると思った。


 内向的な陣くんは、会場の熱気に少し圧倒されているようだったけれど、陽の空気に包まれたこの空間を嫌がる様子はなかった。

 むしろ、その雰囲気に引き込まれたのか、陣くんの頬にはほんのり赤みがさしていた。

 そんな表情が可愛くて、私はついニマニマしてしまう。

 陣くんは興味深そうに開演前の会場を見渡していた。その視線がある場所で止まり、首を傾げる。

 彼の視線の先には、明らかに異質な暗い感情に染まった人がいた。小太りで長めの髪にメガネをかけ、口にはマスク。その人物はじっと、まだ降りたままの緞帳を見つめている。


 陣くんはその人を心配そうに見つめた後、私に意見を求めるように視線を向けてきた。


「日常生活の哀しみや辛さを吹き飛ばすのが【推し】の存在なの! あの人もコンサートが始まったら、きっと気持ちもブチ上がってハッピーになるわよ!」


 私がそう言うと、陣くんは納得していないような表情ながらも頷いてくれた。

 悔しいことに、人の感情を読み取る感覚は私の天部としての力で少しはあるものの、陣くんほど鋭くはない。

 陣くんは、私の手を引き、せっかく一番盛り上がる真ん中近くをキープしていたのに、端の方へと移動した。


「こういう所、初めてだから、こちらのほうがいいかなと思って」


 おそらく、陣くんはこの時点で察していたのだろう。あの男が「ヤバい」と。

 陣くんが取った距離は無意味なほど、この後、悲劇が起こるとは思いもしなかった。

 アイドルの登場とともに、会場は一気に盛り上がった。

 私もテンションが上がり、声を張り上げて腕を振った。目の端で陣くんの様子を伺うと、彼は舞台ではない方向をじっと見ていた。


「陣くんも盛り上がろうよ!」


 そう声をかけながら陣くんの視線を追うと、何か様子がおかしかった。

 先ほどの暗い雰囲気の男性は、興奮したような顔で腕を振り回していた。一見、会場では珍しくない光景にも見えたが、問題は振り回している手に、蓋の開いたペットボトルを握っていることだった。

 そのせいで、周囲には液体が飛び散り、声が漏れ始める。


「なに?」「冷たい」「臭い」


 鼻に僅かに届いた甘いけれど刺すような薬品的な匂い。その瞬間、誰かが叫んだ。


「ヤバい! これ、ガソリンだ!」


 その声が響いた直後、会場の真ん中が赤く染まった。私の髪が熱風で激しく靡く。爆発したように上がった炎は、周囲の人の衣類を焼き、広がっていく。

 悲鳴とともに湧き出す残情。炎から逃げようとする人、その混乱で転ぶ人。そこには地獄のような光景が広がっていた。

 陣くんが私にもたれるように倒れ込んできたことで、我に返った。

 私は慌ててその身体を受け止め、床に倒れ込む。陣くんを見ると、顔色が青ざめ、苦しそうな様子だった。


「陣くん! 立って! 逃げなきゃ!」


 私が何度呼びかけても、陣くんの身体からは力が抜けていくばかりだった。その身体から恐怖の色に染まった残情がふわっと浮かび上がる。

 私は無意味だと分かっていながら、その残情を陣くんに戻そうと必死に手を伸ばした。だが、無情にも残情は陣くんの身体から離れていった。

 あれだけ賑やかだった会場が静まり返っていることに気付く。人々が折り重なるように倒れていて、その身体から残情が次々と浮かび上がっていた。

 スプリンクラーの水をものともせず、燃え続ける炎。その炎の中、幾つもの残魂が動いていた。一際黒く、怒りと憎しみに染まった残魂は、ガソリンを撒いた男のものだろう。他の残魂も不条理な死と恐怖をまとい、周囲の残情を喰らって色を濃くしていく。


「やめて!」


 私は陣くんの残情を食べられたくない一心で浄化し、そっと陣くんの身体を床に置いた。

 足元に広がる死体を踏まないようにしながら、泣きながら必死に残情を浄化していった。

 その時、消防員がドアを開けて入ってきた。私は素通りされ、消火活動と人々の救助が始まった。

 追いつかない状況に呆然とするしかなかった。

 何人かの鬼と天部が駆けつけてきた。残魂と残った残情を処理していく姿をぼんやりと眺めるしかなかった。


「あなた、大丈夫? 大変だったわね」


 この地区担当の天部が私を抱きしめ、声をかけてきた。


「陣くんは? 陣くん!」


 はっと我に返り部屋を見渡すが、折り重なる遺体の部屋に視線を巡らせる。火は消えたようで消防の人の実況見分が行われている。


「部屋にいた人の生存者はいない。地下だったこともあり、一酸化炭素中毒で皆動けなくなったんだ」


 近づいてきた鬼が冷静に言った。

 私は理解しがたい現実を拒絶するように、目を閉じて耳を塞ぎ、叫び続けた。




 気がつくと、私は病室のような場所で寝ていた。

 ぼんやりとした時間がその部屋で流れていく。


 試験の時に私を応援してくれた天部督が見舞いに訪れた。あの時と同じ優しい表情で、私の頭を撫でながらこう言った。


「辛い経験をしましたね。君が今感じている苦しみ。それは誰かを救おうとした証。

 この経験はこれからあなたが天部の使命を果たし、生きていく上で良い糧となります。今は苦しいでしょうが、それを自分自身の力で乗り越えなさい」


 そう言い残して、天部督は部屋を出ていった。

 何を言っているのだろう。どうして、あんな出来事が私にとって糧になると言えるのだろう。

 しばらくして、三鬼さんがお菓子と花を持ってお見舞いに来てくれた。


 それは、陣くんと私が好きだったお店のお菓子だった。


「陣のお葬式に行ってきたよ」


 その言葉に、私は「そう」とだけ答えた。


 それ以上何も言えなかった。

 もし私があの場所に陣くんを連れて行かなければ、彼は死なずに済んだかもしれない。

 その思いが頭から離れない。


「私が余計なことをしなければ……」


 そう呟くと、三鬼さんはすぐに言った。


「お前のせいではない。自分を責めるな」


「でも、なんであんなことが……」


「この世界は、不条理なことだらけだ。だから、今さら不条理に嘆くな」


「でも!」


「不完全で未熟なのが人間だ。それを含めて慈しみ、愛を持って接するのが天部の役割だろ?

 お前は仕事は中途半端でダメ天部だが、他者を愛する才能はピカイチだ。だから、これからも天部として頑張れ。

 現に、陣にも啓司にも愛や楽しさを与え続けて、彼らの魂を輝かせていただろ」


「でも、それも無駄だった」


「お前は分かっているだろ? 現世での時間がすべてではない。魂としての時間にしてみたらほんのひと時だ」


 陣くんとヒロシの魂は、きっと天国で再会して、また一緒に楽しく過ごしているはずだ。あの二人なら現世の記憶を無くしても魂で惹かれ合うから。

 そう考えると、少しだけ気持ちが救われた気がした。

 私は三鬼さんに抱きつき、子供のように声を上げて泣いた。

 三鬼さんは「お前は本当にガキだな」と呆れながらも、優しく抱きしめてくれた。

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