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キミの世界は青いから……  作者: 白い黒猫
癒栄の世界
22/31

母親? と向き合う

 目を開けると、自分の部屋のベッドの上だった。母親の手作りのキルトカバーが肌に触れ、洗剤の清潔な香りが漂っている。

 見上げると、母親……いや、「母親?」が心配そうな顔で見下ろしていた。


「ジンちゃん、大丈夫?」


 優しい声に、俺はゆっくりと体を起こし、母親?の隣に座った。


「大丈夫です。あの……あなたは?」


 俺の問いに、母親?は悲しげに笑った。


「突然、見も知らぬ私が母親を語って、不快だったでしょう?」


 俺は慌てて首を横に振った。


「俺の両親は……」


「現世にまだいるわ。私は天部なの。まだ子供である貴方には母親役が必要だから、私が代行していたの」


 両親がまだ元気に生きているということにホッとしたと同時に、こんなに早く俺という子供を亡くしてしまった両親に申し訳ない気持ちが湧いてくる。


「俺をずっと見守ってくださっていたんですよね。感謝しています。……あの、『お父さん』は誰なんですか? 天部ではないですよね?」


 母親? は穏やかな微笑みを浮かべた。


「貴方と同じで、心に(うれ)を持って亡くなった方よ。

 だから、ここで家族として生活をしながら、心を癒しているの」


 青く染まった父親の姿が脳裏に浮かぶ。家に帰り「ただいま」と言った時や、三人で食卓を囲んで談笑している時、ジンワリと黄色く染まっていく様子が思い出される。


「貴方が私たちと家族関係を続けたくないと言うのなら、上に掛け合って他の方に交代することもできるけど……」


 俺は力強く首を横に振った。


「貴方のような素敵な母親を持てて幸せです。本当の両親のことも大切で好きですけど、貴方やあのお父さんのことも今では俺の大切な家族だと思っています」


 母親? はほんわかと笑い、優しく俺を抱きしめてくれた。


 しばらくそのまま抱きしめられていると、玄関のチャイムが鳴った。


 母親? が静かに俺から離れ、パタパタとスリッパの音を立てて玄関へ向かう。


「誰が来たんだろう?」


 気になった俺は階段を降り、そっと玄関を覗いた。


「……夫人、アポイントもない訪問で申し訳ありません。ジンくんは……」


 そう言っていたのは、ミキさんだった。今は角も生えておらず赤い髪と目は人間っぽくなっている。

 ふと目が合い、ミキさんがほっとしたような顔を見せる。


「よかった、顔色が戻ってるな。もう身体は辛くないか?」


 俺は軽く手足を動かしてみて、問題ないことを確認した上で頷いた。


「もう身体の重さもなくて、大丈夫です」


 俺の返事に、ミキさんは安堵の表情を浮かべた。

 その後、俺と母親? が並んで座るリビングに、ミキさんが向かい合う形で座った。座るや否や、母親? が深々と頭を下げる。


「この度はジンのために動いてくださり、ありがとうございました。おかげでこうして元気に過ごせています」


 ミキさんは慌てて手を振り、逆に頭を下げた。


「いえ、私の方こそ、天音光の様子がおかしいと気づいていながら未然に防げず、申し訳ありませんでした」


 母親? は困ったように笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振る。


「権堂殿、それはそもそも貴方のお仕事ではなく、我々天部がすべきことでした。

 天音光への教育不足……それが全ての原因です。

 今回の件でも我々が真っ先に動くべきでした。

 それに現世であの子に対して色々と面倒を見てくださったと聞いています。本当に申し訳ありませんでした」


 ミキさんは苦笑を浮かべながら答える。


「いや、なかなかの仕事っぷりで、見ていられなかったというか……」


 母親? は困ったように眉を下げて笑った。


「だったら、さっさと我々に報告してくださればよかったのに。

 権堂殿は真摯に向き合って指導してくださったのですよね。

 貴方様は鬼が良すぎますよ」


 ミキさんは照れたように頭を掻く。


「性格上、まどろっこしいのが嫌いで、つい直で対応してしまうんですよ」


 母親? は微笑んだまま頷く。

 その会話を聞きながら、俺はふと、ミキさんって『ゴンドウミキ』で、ミキは名前だったんだ。とどうでもいいことを考えていた。


「あ、あの……ヒカリ姉さんは、どうなるんですか?」


 二人の会話を遮り、思わず口を開いてしまう。どうしても気になって仕方なかった。

 俺の言葉に、二人は同時にため息をついた。


「ま、なるようになるしかないさ」


 ミキさんが軽く肩をすくめながら答える。

 母親? は、俺を気遣うように視線を向けた。


「今はまだ何もわからないの。裁判が行われて、そこで全てが決まると思う」


 母親の言葉に、心臓が一瞬止まったような気がした。裁判……。その響きに、何か冷たいものが背筋を走る。


「裁判って、ヒカリ姉さんが……?」


 俺の声は震えていた。自分でも驚くほど、掠れていた。

 目の前にいる母親とミキさんの表情が一瞬曇る。

 それだけで、これがただの話し合いなんかじゃないことを悟る。


「そう。明日、ヒカリさんの処遇が決まるの」


 母親? の言葉は穏やかだったが、どこかしら重さがあった。


「でも……どうなるんですか? ヒカリ姉さんが何をされたか、俺には分からないけど、裁判なんて大げさな……」


 言いかけて、ミキさんの表情が険しくなるのが見えた。


「ジン、これは遊びじゃない。天音光のやったことは、俺たちにとってあってはならない行動なんだ」


 ミキさんの低い声が、まるで部屋の空気を締め付けるようだった。


「重大って……どれくらい?」


 喉が渇いて、言葉を絞り出すのがやっとだった。


「最悪の場合、ヒカリは……存在そのものを消されるかもしれない」


 その言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が一気に下がったように感じた。


「消される……?」


 目の前が真っ白になった気がした。ヒカリ姉さんの笑顔や、優しかった思い出が頭の中を駆け巡る。

 でも、それがすべて無かったことにされるかもしれない……そんな考えが、胸を締め付ける。


「明日、裁判に出席するかどうかは、君が決めていい。でも、もし出るなら、覚悟をしてほしい」


 ミキさんの目は、どこか悲しげで厳しかった。

 俺は唇を噛んだ。覚悟なんて、簡単にできるものじゃない。でも、ヒカリ姉さんのために、俺が何かできるなら……。


「行きます」


 そう答えた自分の声は、意外にも震えていなかった。

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