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キミの世界は青いから……  作者: 白い黒猫
高校生時代
17/31

君は悪くない

 スズキタカシくんを見ていると、懐かしい気はする。誰か知り合いに似ている気がするけど、記憶の中のスズキくんとは雰囲気が少し違う。

 もっとおおらかで朗らかな感じだった気がする。だから、俺も佐藤完(サトウヒロシ)くんも、どこか惚けた言動に笑って楽しく話していた。

 今のスズキくんは、どちらかと言うと寡黙でクール。人の話をじっくり聞いてから言葉を返す冷静なタイプだ。

 中学校時代のスズキくんは、バスケ部に夢中で、本を読むタイプではなかった。今でも本をあまり読まないらしく、図書館に来ることもない。来ても、佐藤くんの付き添いという感じだ。


 今日も二人でやって来たので、三人で入れるオーディオブースに入った。ここならおしゃべりしても迷惑にならない。一応、適当にBlu-rayを借りて流してはいる。


「本を読むの、今も苦手なの?」


 俺がスズキくんに聞くと、「嫌いではないけど、仕事が忙しくて読む暇があまりない」と答えた。


「昔はよく読んでたよ。滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』とか、三遊亭円朝の『牡丹灯篭』とか。


 そういう人間の想像力で描かれた幻想怪奇ものが好きだったかな」


 その答えに、俺と佐藤くんは思わず「なんか渋!」とツッコんでしまった。


「タカシって時代劇の世界が好きだしね。冗談で時代劇の口調で喋ってきたりするし」


 スズキくんは、少し照れたように顔を横に向けた。シャープで端正な顔立ちで、冗談とか言わなさそうに見えるけど、意外とお茶目なところがあるみたいだ。


「悪かったな、ジジ臭くて」


「タカシはお寺の子だからね」


 スズキくんがお寺の子だったことを聞いて、なんとなく納得してしまった。付き合いはそれなりに長いのに、彼の家に行ったことは一度もない。佐藤くんの家には何度も行ったのに。


 そんなことを考えていると、ふと佐藤くんのお母さんのことを思い出す。


「そういえば、佐藤くんのお母さんの手作りケーキ、美味しかったよね。お母さん、まだクッキング教室に通ってるの?」


 俺の言葉に、佐藤くんの顔が強張った。スズキくんが気遣うように佐藤くんを見て、それから俺に「その話はやめろ」と口の形だけで伝えてくる。


 佐藤くんは大きく深呼吸してから、俺に微笑みかけた。その笑顔には、悲しみが色濃く滲んでいた。


「実はね……三年前に死んだんだ……」


 その言葉に、俺は驚くしかなかった。


「えっ……なんで?」


 佐藤くんが苦しそうなのに、聞かない方がいいと分かっていても聞いてしまう。だって、お母さんは俺の母親とそんなに年が変わらなかったから。


「……自殺。飛び降りだった」


「それは……」


 こういう時にどう返せばいいのか分からない。


 「ご愁傷様でした」なんて言葉は、拳を握り、顔を青ざめさせている佐藤くんには何の慰めにもならない。


「母親が悩んでいるのに気づいていたのに、本当に俺は役立たずだよな……」


 佐藤くんのその言葉は、俺に向けたものというより、自分自身への呟きのようだった。彼が自分を責めているのが分かった。

 俺は、隣に座る佐藤くんの膝の上に置かれた手に、自分の手を重ねた。


「……そんなことないよ」


 そう言ったものの、言葉が続かない。頭の中に佐藤くんのお母さんの姿が浮かぶ。

 何故か真っ赤に染まった手で顔を覆い、泣いている姿。

 お母さんの髪が風に揺れ、その風に誘われるように立ち上がり、窓へと向かう。そして、そのまま姿を消していく。


(これは何だろう? もしかして、佐藤くんが見たお母さんの最期が、手を通して伝わってきた?)


「君の所為じゃない!」


 俺がキツめの声を出したので、佐藤くんは俺の顔を驚いたように見てくる。


「オバサンは、たまたま開いている窓を見てしまったから……それが原因。ヒロシは全く関係ない!

 ……最近見た映画にあった言葉なんだ。

  人はうっかり開いている窓を見るべきでない。その向こうの世界に誘われるからと」

  驚いたような表情で佐藤くんは俺をジッと見つめてくる。


「だから君の所為じゃない。開いていた窓からの風が悪いんだから!」


「……ありがとう」


 必死で訴える俺に、佐藤くんはフワッと笑顔を作った。


 佐藤くんはその後の事も色々話してくれた。


 そんな騒ぎを起こしたからマンションには住めなくなり、引っ越したこと。

 父親が何と恋人だった女性と再婚、今はその再婚相手の女性の連れ子と四人で暮らしていること。

 その連れ子は父親と恋人との間に生まれていて、二歳年上の姉であること。

 壮絶すぎて、当事者の佐藤くんにとってたまらなく苦しいであろう今の話を伝えてくれた。


 話を聞いていて、お父さんの事が頭にくる。奥さんが自分の所為で自殺したのに、なぜすぐにその自殺原因となった女性と再婚できるのか?


 胸にずっと抱え込んでいる気持ちをどこかで漏らしたかったのかもしれない。佐藤くんは俺に語る。


 スズキくんは知っている話なようで、佐藤くんを気遣うように背中に手を回して、佐藤完くんを見守るような優しい視線を向けている。


「死因が死因なので高校になってから母親の事誰にも話せてなかった事だったんだ。


 でも真田に漏らせて聞いてもらって少し楽になった」


 そう申し訳なさそうに話す佐藤くんに俺は顔を横に振る。


「俺で良かったらいつでも聞くから!」


「ありがとう」


  佐藤くんは少しはにかんだような表情をした。いつも大人びている彼らしくない子供っぽい顔。いや、年相応の表情で、昔と変わらない佐藤くんだと感じた。


「なんでだろう。真田に対してだと、こういう話もできて、なんか少しスッキリした」


 佐藤くんの笑顔が見れた事で、俺は嬉しくなった。


 次の日、スズキくんが珍しく一人で図書館にやってきた。


「昨日は助かった」


 俺は首を傾げる。


「お前も分かってると思うけど、(ヒロシ)は何でも一人で抱え込むタイプだ。苦しんでるくせに、平気な顔してる。けど、昨日はお前には話した。あいつにとって、そういう風に頼れる相手が必要なんだ」


「スズキくんだって頼りにされてるだろ? 昨日だって隣にいてくれたじゃん」


「いや、俺にはバカ話をするくらいしか頼らないよ。あいつにとって俺は、気を遣わない相手だけど、本音を吐く相手ではないんだ」


 そう言いながら、スズキくんは俺をじっと見つめた。


「だから、昨日みたいに、完が抱えきれなくなった時は聞いてやってくれ。俺には、そういう役はできないからさ」


「……分かったよ。佐藤くんが話したいことがあれば、俺がちゃんと聞く」


 スズキくんは目を細めて俺を見下ろし、不意にふざけた口調で言った。


「お主も本に良い子やのう」


「……なに、それ」


 これが時々冗談でやるという時代劇喋りなのか、と一瞬思ったが、急に真剣な空気が崩れてしまい、つい笑ってしまった。


「良い子って、同い年だろ! 逆にスズキくんはなんか子供っぽくないよね。若さがないっていうか」


「ピチピチの男子高校生だろうに! 失礼なヤツめ!」


 二人でそんな言い合いをして笑い合うと、スズキくんへの苦手意識が少し薄れた気がした。


 冗談を言い合いながら笑うスズキくんの姿を見て、俺は彼に対する印象が少し変わった。どこかスカしていると思っていたけど、本当は優しくて温かい人なんだ。

 前よりバカ笑いをしなくなっただけなのだろう。そう思った。

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