第7話:まるで日照雨(そばえ)のように
日の光がまどろみに包まれた頃、寝息を立てているきららに薄手のブランケットをかけてやった。
春の夕べは「春夕」とか、「春宵」とか言うらしい。
春休みに、わざわざ早起きしている小学生なんて、世の中にどれだけいるだろう。
無理をしているのはわかっているが、きららは言ってもやめないだろう。
「相変わらず過保護ね」
さっきまで寝息――いや、イビキをかいていた茜が話しかけてきた。
「なんだ、起きてたのか」
「さすがに熟睡はしないわよ」
残ったチョコレートをつまみながら、茜はゴソゴソと帰り支度を始める。
――うん、とりあえず厳重に洗って返せ。
俺の服の返却について詰めようとした、そのとき。
茜のスマホが震えた。
茜は画面を一瞥し、眉をひそめる。
「……見回り組から。なんだろう?」
画面を伏せたまま、短く言う。
電話に出た茜は、怪訝な顔のまま話を聞いていた。
見回り組は、蘇芳流の門下生や町の有志で構成された、自警団のような組織だ。
茜や俺も、祭りなどの行事ごとに駆り出されている。
その声音だけで、ろくな内容じゃないと察しがついた。
「最近、不知火町あたりで連続して小火があるの、知ってる?」
「ああ。全部小火だけど、火元がないらしいって、じいちゃんが言ってたな」
じいちゃんが、面倒くさそうな顔で話していたのを思い出す。
放火の可能性があるとすれば、厄介だ。
「また、あったらしいんだけど……偶然巡回してたのが、うちの門下でね。変なこと言ってるのよ」
「変?」
「普通、火を見たら赤とかオレンジとか言うじゃない?
白い炎で、あたりが燃えていたって……水をかけても消えないって」
「何かの炎色反応か……? 普通の火じゃない可能性があるな」
「やっぱり?」
電話口で、詳しい状況を確認しているのだろう。
茜の表情が、徐々に曇っていく。
「――うん、わかった。今は現場を封鎖して。触らないで、誰も」
一拍置いて、
「ううん、消防も警察も呼ばない。理由は、あとで説明する」
通話を切り、茜は深く息を吐いた。
「倉庫街の外れ。焼け跡は小さいけど、同じ報告が今週で三件目」
「共通点は?」
「火元なし、延焼なし、燃えた範囲が限定的」
茜は指で、小さな円を描く。
「まるで、燃やしたいところだけ舐めたみたいに」
嫌な言い回しだが、的確だった。
「それで、白い炎」
「ええ。明るい白。熱はある。でも、煤が出ない」
具体的な情報を聞いた以上、動かないわけにはいかない。
俺は、眠るきららにもう一度視線を落とした。
規則正しい寝息。
今は、何も知らずにいられる時間だ。
「見回り組は?」
「不安がってる。蘇芳家に情報がいく前に、私に回ってきた」
自嘲気味に肩をすくめる。
「フッ軽なのも問題よね、ほんと」
「頼られてる以上、しょうがない」
そう言って、俺は立ち上がった。
「……来てくれるの?」
「様子を見るだけだ」
即答した。
たぶん、この手の事件は、じいちゃんか俺が適任だ。
茜は一瞬、きららの方を見る。
起こさないよう、声を落とした。
「大丈夫?」
「じいちゃんがいるし。鍵も閉める」
「……過保護」
「知ってる」
二人して、小さく笑った。
急いで着替え、家を飛び出す。
背中で、じいちゃんが「いってこい」とだけ言ったのが、少し気になった。
空気が、すっと張り詰める。
春宵の静けさの奥で、
確かに――何かが動き始めている気配があった。




