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イロガミノイロハ  作者: 伽耶


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第5話:蘇芳の鬼小町

「それで――なんで、いる?」

きららが作ってくれた昼食、

カルボナーラと春キャベツのサラダを囲み、

我が物顔で椅子に座る茜に疑問を投げる。

いや、叩きつける。

「お腹すいたのよ! いいじゃない、細かいわね!」

「家で食ってこい。歩いてすぐだろ」

徒歩五分。

蘇芳家の立地は把握している。

――正直、あの家の料理事情が壊滅的なのも知っているので、

同情の余地がゼロとは言わないが。

平穏を求めてきららに視線を送るが、

彼女は苦笑いを浮かべながら、

黙々とカルボナーラを皿に盛り付け始めていた。

裏切りである。

じいちゃん――鏡鉄は、

「我関せず」と言わんばかりに、すでに食べ始めている。

援軍なし。

いつものことだ。

生クリームの濃厚なソースに、少し多めの黒胡椒。

アルデンテに仕上げた麺に、きっちり絡んでいる。

半熟卵は時間を正確に計って作られたのが一目で分かる、

再現性の高い加減だった。

「……相変わらず、きららの料理は暴力的に美味いわね」

茜が、しみじみと呟く。

「あたりまえだろ。鍛え方が違う」

「なんで、あんたが得意気なのよ」

フォークを構えるその姿は、

まるで獲物を前にした獣だった。

――蘇芳の鬼小町。

この一帯の不良は、この異名を聞いた瞬間、裸足で逃げ出す。

いい意味でも、悪い意味でも有名人。

こいつが来たということは――

このあと、ろくなことにならない。



蘇芳流剣術には、四つの伝位がある。

初伝、中伝、奥伝、皆伝。

だが、それは強さの順番じゃない。

皆伝は、墨染鏡鉄と蘇芳緋紅。

奥伝は、俺。

中伝が、目の前でカルボナーラを平らげている茜だ。

ややこしい話だが、

伝位と実力はイコールじゃない。

事実、皆伝である茜の父――緋紅さんを、

奥伝の俺は、ほぼ完封できる。

蘇芳流における皆伝とは、

「最強の剣士」ではない。

技をどこまで理解し、

壊さず、歪めず、後世に渡せるか。

そこに異様なほどの重きが置かれている。

何百年も続く古流らしい考え方だ。

一方で――

中伝の茜は、型の動きが荒い。

理屈をすっ飛ばす。

教本通りにやらせれば、必ず崩れる。

だが、それを補って余りあるものがある。

才能だ。

特に、守りの剣。

受け、流し、殺さず潰す間合い。

その完成度は、明らかに中伝の域を逸脱している。

性格は攻撃的で雑。

だが剣だけを見れば、茜は徹底した「受け」の剣士だ。

鬼小町と呼ばれる理由は、

相手を斬り伏せるからじゃない。

近づいた者が、勝手に潰れるからだ。


春の陽気が、眠気を誘う午後。

食後の運動には、あまりにもハードすぎる相手との打ち込み稽古が待っていた。

流派の礼法には、

『下位の伝位からの稽古の誘いを断るべからず』

とある。

無碍にはできない。

「いくわよ!!」

特製の袋竹刀を向けて叫ぶ姿は、

相変わらず品がない。

「……はぁ」

返事の代わりに、ため息。

「お兄ちゃん、頑張って」

きららが抑揚のない声で応援してくる。

……うん。

気が変わった。

ボコボコにしよう。

受け主体のカウンター戦術に対し、

通常の得物は骨が折れる。

壁に掛けられた得物を見ながら、逡巡する。

二刀で手数を押し付けるか。

それとも、大刀で受けごと叩き潰すか。

俺は、

ひときわ短い一振りを抜いた。

「……小太刀?」

茜が眉をひそめる。

刃渡りは短く、間合いも狭い。

受けに徹した相手に使うには、普通は選ばない得物だ。

だが――

だからこそ、だ。

構え、向き合う。

間合いは、半歩。

茜の呼吸が変わった。

相手に合わせ、絡め取り、潰すための呼吸。

俺は小太刀を左で平に構え、右手を腰に据える。

基本を逆にする構え。

想定外。

焦れた茜が、先に動いた。

「ご細工ばっかり! 行くわよ!」

上段からの真向斬り。

踏み込みは速い。

力で弾くつもりだ。

――だから。

一打目は、わざと当てさせた。

カァン、と乾いた音。

俺は引かない。

弾かれた刃を、そのまま滑らせる。

崩れた体勢を、利用する。

「ッ――!」

受けた瞬間、角度を変え、

身体ごと袋竹刀の“内側”へ潜り込む。

茜に認識される前に、

俺の小太刀は、茜の喉元にあった。

止めた。

当てていない。

だが、距離はゼロ。

道場が静まり返る。

「……今の」

茜が、目を見開いたまま呟く。

「俺の小太刀は、真剣の抜刀術を除けば最速の刃だ」

伝える気もなく、ボソリと零れた言葉。

「……そんなの、教本に」

「載ってない」

小太刀を下ろす。

「茜は受けの剣だ。

先手に出たら、こうなるのは必然だろ」

背中に、鏡鉄の視線。

たぶん、ニヤついている。

茜は唇を噛んだ。

悔しさ、興奮、理解できなかったものが入り混じった顔。

「……ムカつく」

「だろうな」

それでも、茜は笑った。

「もう一回」

「次は、本気で受けるから」

俺は小太刀を構え直し、気を引き締めた。

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