第17話:迦陵頻伽とは②
なんとなく並べられた古い新聞に、目を落とす。
紙は黄ばみ、端は脆く、指先で触れるのも躊躇われるほどだ。
見出しにある新聞社名は、聞き覚えがない。
全国紙ではなく、当時この地域を中心に発行されていた地方紙なのだろう。
日付は――
昭和三十年三月二十日(日)。
紙面の大半は、内閣発足の記事で埋め尽くされている。
戦後復興の勢いを感じさせる文面だ。
確か、この年の五月にはワルシャワ条約機構が発足し、世界は冷戦という名の緊張を本格的に帯びていく。
大戦終結から十年――
節目の年に、世界は静かに、しかし確実に大きく動いていた証拠だ。
そんな中、地方欄の片隅に、妙な記事があった。
『白い炎の不審火』
五百文字程度の小さな記事。
それ故、簡潔に状況がまとめられている。
倉庫一棟が焼け落ちたが、火は赤くなかったこと。
燃え広がりが異様に早かったこと。
原因は不明、とだけ書かれている。
昨日起きた出来事と同じ現象が、五十年以上前にも起きていた。
「……茜、これ」
新聞を指で軽く叩くと、茜が顔を寄せてきた。
「なに?」
「戦後すぐにも、起きてたみたいだ。白い炎」
記事をのぞき込んだ茜の眉が、わずかに寄る。
「……そんな昔から?」
歴史は繰り返す、という言葉がある。
だが、戦後間もない混乱期に、すでに“白化現象”が起きていたとしたら――
同じ状況だ。因果関係がまったくないなんて、考えられない。
「これは?」
石火矢さんに問いかけてみた。
「師範代が探してくれた内容です。坊っちゃんに見せれば、どうするかわかるとのことで……」
意図を持って伝えられたのだと、すぐに合点がいく。
「父さんに聞くのが早そうだ」
結局、双六のようにふりだしへ戻るのが正解らしい。
緋紅さんが用意したいくつかの古文書にも、意味があるのだろう。
少し目を通して、気づく。
ここにある古文書は、比較的新しい時代に写本されたものだ。
戦前、保全活動の一環として、当時の蘇芳家当主が地区に残る文書をまとめたのが始まりだという。
もし祭りや祭具との因果関係があるのなら、どれだけ情報を集められるかが勝負の分かれ目になる。
祭りは、土地に根づく。
土地は、人と人の往来によって繋がる。
霓ヶ崎は、そういった因果が濃い古い場所なのだ。
全国の宿場町には、愛宕神社をはじめとした火の神を祀る社が多い。
本来は同一の神――火産霊命や火之迦具土神を祭神とした信仰で、旅人の安全を願い、火災を防ぐためのものだ。
命が儚かった時代に、人々が捧げた祈りだった。
霓ヶ崎も例外ではない。
火の神を祀る社はいくつもあり、江戸初期から現代まで続く祭りも存在する。
だが――
「……多すぎる」
思わず、乾いた息が漏れた。
石火矢さんがまとめてくれた古文書の写しに、視線を落とす。
現存している祭りだけでも、十以上。
廃れたもの、形を変えたものまで含めれば――
大小合わせて、三十を超える祭りが存在していたと記されている。
「三十……?」
茜が小さく呟く。
「全部が全部、今も記録に残ってるわけじゃない。どういうルーツで、誰が持っていて、どこに保管されているのかもわからない。
ある程度予測できる部分、共通点はあるはずだけど……」
問題は――どれが“繋がっている”か、だ。
赤の彩神を無理やり分類するなら、産土神信仰。つまり、土地神になる。
この場合、大きな歴史書や有名な古文書は、あまり当てにならない。
風土記や民話に落とし込まれた信仰を、どれだけ集められるだろうか。
また、一般論だが、信仰されなくなった神は、荒ぶる神になりやすいとも聞いたことがある。
この土地にいる迦陵頻伽が、そうなっていなければいいが――
夜が、茜の腕の中で静かに目を開けた。
アイスブルーだった彩が、金色の瞳へと変わっている。
その金色の眼で、新聞と古文書を交互に見つめる。




