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イロガミノイロハ  作者: 伽耶
一章:Embrace the dark

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第16話:吾輩は猫である

朝食終わりの片付けを、茜ときららがやっている。

「働かざる者食うべからず」と茜に言い放った我が妹は、今日も引き続き迫力があった。


……そういえば。


じいちゃんに、聞いておきたいことがあったんだ。


「じいちゃん、神使に会ったこと、ある?」


一瞬だけ、じいちゃんの手が止まる。

それから、ゆっくりと頷いた。


「……あるがな。随分と昔の話だ」


懐かしむように目を細め、そのまま言葉を続ける。


「大戦に行く前に、一度だけだ。それで……嫌われてしまったようだがな」


冗談めかした口調とは裏腹に、その表情はどこか寂しそうだった。


じいちゃんは武道の才には恵まれていたが、見鬼の才はほとんどなかった。

神や妖を見る力については、双子の兄のほうが圧倒的だった――と、昔聞いたことがある。


じいちゃんが出兵したあと、その兄は亡くなった。

命からがら帰還したじいちゃんが、結果として神社を継ぐことになったのだ。


双子というだけで忌み嫌われていた時代もあったらしい。

結婚したのも晩年になってからだと聞く。

その人生が、どれほど波乱に満ちていたかは、想像に難くない。


じいちゃんは、しばらく新聞に視線を落としたまま黙っていた。

紙をめくる音だけが、台所に小さく響く。


「……あの時な」


ぽつりと、独り言のように言う。


「行くな、と言われた気がした」


隻腕となった肩に手を添え、苦しそうに呟いた。


俺は、息を詰めた。

問い返さなかったのは、本能みたいなものだった。


「はっきり言葉にされたわけじゃない」

「だが、あれは確かに――忠告だったと思う」


じいちゃんは器用に片手で新聞を畳み、机の端に置く。

皺だらけの手が、ほんの一瞬だけ震えた。


「若かったからな。聞かなかった」

「お国のためだの、家のためだの……都合のいい理屈を並べて、な」


笑ったつもりなのだろう。

だが、その顔は、どう見ても笑えていなかった。


「結果、このザマだがな……」


また、肩に触れる。


「……それでも、わしは生きて帰ってきた」


それ以上、じいちゃんは何も言わなかった。

神使が何者だったのかも、

なぜ忠告したのかも、

兄と何を話したのかも。


――聞くべきじゃないと、わかった。


「……じいちゃん、ありがとう」


声をかけると、じいちゃんは顔を上げる。

いつもの、飄々とした表情に戻っていた。


「会えたのなら、代わりに謝っておいてくれ」


その言葉が、胸の奥に沈む。


「お前は、間違えるなよ」


それだけ言って、じいちゃんは部屋を出て行った。


――――――――――――――――――――――


「鏡鉄さんと、何話してたの?」


神楽殿へ向かう途中、茜が聞いてくる。


「ん。世間話だよ」


なんとなく、はぐらかす。


「神使とか、白化のことは?」

「じいちゃん、そういうの全然見えない人だって知ってるだろ」

「……それもそうね」


納得したように、茜は肩をすくめた。


肌寒い空気が、少しずつ薄れていく。

それでも鎮守の森は日の光を遮るようで、日陰にはまだ冷えが残っている。


「夜! 戻ったよ!」


茜が元気いっぱいに神楽殿へ駆けていく。

正直、鬱陶しい。


たぶん、同じ感想なのだろう。

夜は迷惑そうな顔をして、尻尾で床を左右に叩いた。


そこで、ふと疑問が湧いた。


「……そういえば。なんで茜は“見えてる”んだ?」


「ん? 何のこと?」

茜は本当に何も考えていない顔で、こちらを見た。

「私が見せている、というのもあるが……ある程度の神格と、波長が合うらしいな」


夜が淡々と言う。

「そういうもんか?」

「そういうものだ」

少しだけ口元を緩めて、夜は頷いた。

「へー」

興味なさそうに相槌を打つと、茜はそのまま神楽殿の床に横たわった。


俺も腰を下ろし、少しでも暖かい場所を求めて、木々の隙間から差し込む木漏れ日を探す。

風が通り過ぎ、朝よりも少し強くなった山桜の匂いを運んできた。


「……何をしている。行くぞ」

夜の声に顔を上げる。


そこにいたのは――

いつか見た、あの夜の黒猫だった。

行儀よく座るその姿は、神使というよりも、やけに完成された“猫”そのものだ。

深い黒の毛並みは光を弾くほど艶やかで、アイスブルーの大きな瞳がこちらを射抜く。

朱色の紐で几帳結びにされた首輪が、やけに映えて見えた。


「……可愛い!!!」

茜が叫ぶと同時に、全力で飛び込んできた。

だが――

ひらり。

夜は軽やかに身を翻し、それを躱す。


「ぐぇっ」

茜はそのまま顔面から突っ込み、潰れた蛙みたいに床に突っ伏した。


夜はその姿を見下ろすように睨み、前足で器用に首輪を整える。

「やめておけ」

低い声が落ちる。


「お前、猫に好かれないだろ?」

「……うーん、そうだった。忘れてた…」

茜は床に伏せたまま、素直に認めた。


「置いていくぞ」

辛辣な黒猫はスタスタと歩きだした。

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