第14話:暗闇と思い出
「人海戦術が有効か……」
見回り組を使うのは、安直だが合理的だ。
だが――昨日の俺の状態を考えれば、被害をただ拡げるだけになりかねない。
茜も同じ結論に至ったのか、苦い表情を浮かべている。
「白化がある以上、一般人の参加は看過できないわね」
「他に手はないか?」
夜は顎に手を当て、思案するように尻尾を左右に揺らした。
この時点で、虱つぶしに探す手段は現実的じゃない。
動員できる人員は限られている。
俺、じいちゃん、緋紅さん……蘇芳流でも上澄み――戦力として数えられるのは、その程度だろう。
役割を与えたうえで撤退戦を想定しても、両手の指で足りてしまう。
――論外。
本当に、打つ手が見えない。
それに、あまり積極的には触れたくない話題だが、こちらの戦力は把握しておかなければならない。
現状、俺が把握している対抗手段は、夜から借りた短刀一本。
あとはもう完全に、こちらのフィジカル勝負――
通用すると言えるのは、蘇芳流で鍛えたアジリティくらいだ。
冗談じゃない。
少ない手札で戦うほど俺は死に急いでいるわけじゃない。
「……また戦う可能性はあるのか?」
「……ある」
小さな声だったが、夜ははっきりと言い切った。
「ぶっつけ本番で戦う気はない。今の戦力を、正確に教えてくれ」
夜は少し間を置き、言い淀むように口を開く。
「現状、私が貸せる力は五つのうち一つだけだ。
この前渡した“清の懐刀”――あれだけだ」
「……マジか。あれだけ?」
「対象も、今のところお前だけだ。すまない」
夜は尻尾を身体に巻きつけ、短く謝った。
「えっ!? 私は使えないの?」
茜の声に、夜は何も言わず、静かに首を縦に振る。
……割と、絶望的な戦力だ。
生死を賭して白炎と対峙したとき、手数を用意できなかった。
あの経験がある以上、夜の言葉は本当なのだろう。
“五つのうち一つ”――
そこには、何か理由があるはずだ。
とりあえず、今の俺にできることは、茜や他の一般人を巻き込まないよう、十分な安全マージンを取ることくらいだ。
重苦しい話題に、しばらく沈黙が落ちた。
……こういうときは、話題を変えるに限る。
そもそも、白炎は鹿に憑いていたと聞いたが――
被害のすべてが、あの鹿の仕業なのか?
それすら、定かじゃない。
小火の話を聞いたのは、中学の卒業式の頃だった気がする。
二年の納戸先輩が、そんな話をしていたような……。
記憶は曖昧で、時期に因果関係を見出せない。
そもそも、放火があった正確な場所すら知らない。
調べるべきことは、山ほどある。
「茜、放火があった場所、わかるか?」
「うん。見回り組の記録を見れば、詳しい場所まではわかるよ」
「推理小説じゃないけどさ……現場を見ないと始まらない。情報が少なすぎる」
「それなら、当時の記録もあるはずだから、参考までに持ってくるよ」
「頼む」
とりあえず、きっかけでいい。
何か一つ、掴める情報が欲しかった。
話を進めすぎたことに気づき、夜へ視線を向ける。
夜は背を向けたまま、傾いた月を見ていた。
――――――――――――――――――――――
「母さんのこと、聞いていいか」
夜の尻尾が、パタンと舞台の床を打つ。
煙管から吐き出された煙が、朝霧のように薄らいでいく。
いつの間にか、開花したばかりの山桜の輪郭がはっきりと見えた。
「美樹は、墨染の巫女として私に尽くしてくれた」
言葉を選ぶように話し始めた夜は、何故か小さく見えた。
「……そうか」
薄々気付いていたが、やっぱり夜は母さんを知っていた。
「もう十年か……時の流れは早いな」
母さんが亡くなって十年。
懐かしそうに遠くを見つめる姿は、人間のようだった。
「一緒に戦ったこともあるの?」
「もちろんだ。剣の才能に優れ、見鬼の才もある……ただ、破天荒な性格には手を焼いた」
優しい母さんしか知らない俺にとって、それは意外だった。
「ありがとう、もう大丈夫」
自然と、そんな言葉が口をついて出ていた。
「いいのか?」
「俺は、きららと違って母さんとの思い出があるから大丈夫だ。……夜も、母さんとの思い出、忘れないであげて」
「……忘れない。絶対に」
呟いた言葉は、煙とともにどこかへ消えていった。
茜が、にやにやした顔でこちらを見ている。
「無理しちゃって」
「うるせぇよ」
茶化されたはずなのに、俺たちは、少しだけ救われた気がした。




