第13話:暗闇とそれから
茜と明日の予定をすり合わせてから、解散した。
「朝一ね。置いていったら承知しないから」
「置いていかないって。安心しろよ」
そう言って別れた瞬間、茜は踵を返すなりスマホを耳に当てた。
たぶん――石火矢さんたちだ。
見回り組も、当然心配しているだろう。
あれだけの騒ぎだ。無事だったと伝えるだけでも一仕事だ。
俺はその背中を見送り、静かに帰路についた。
結局、きららには詮索された。
――いや、詮索というより、最初から見抜かれていたと言うべきか。
靴は獣道を駆け回ったせいで泥だらけ。
白化をまともに受けた服は、ところどころ色が抜け落ち、見るも無残だ。
何より、疲弊しきった兄の姿を、聡いあの子が見逃すわけがない。
「……何かあったの?」
そう聞かれた時点で、誤魔化しは不可能だった。
寝ている間に家を抜け出したことも、かなり怒っていた。
普段は温厚なくせに、こういうところだけは容赦がない。
玄関を開けた瞬間、仁王立ちできららが待ち構えていた光景は――
なかなかの迫力だったなぁ……。
平謝りだったのは、言うまでもない。
一応、神主であるじいちゃんにそれとなく話を聞こうとも思ったが、部屋は暗い。
またどこかに出かけているのだろう。あてにならない。
たぶん、父さんも今日は帰らない。
駄目な大人の真骨頂だ。本当に、間が悪い。
きららが用意していた風呂に入り、
機嫌取りも兼ねた二人だけの夕飯を済ませて、部屋のベッドに横たわる。
きららには、しばらく放火事件の見回りをすると嘘をついたが……
信用されていないだろうな。
とりあえず、少し調べ物をしてから寝るとしよう。
ベッドから起き上がり、勉強机のタブレットPCの電源を入れる。
いくつか文献を漁るが、本当は蔵で父さんの本を調べたい。
だが、これ以上きららを心配させるわけにはいかない。
諦めて、ネットの海にある霓姫伝説を探し始めた。
――――――――――――――――――――――
習慣とは怖いもので、机に突っ伏して寝てしまっていても、鍛錬の時間には目が覚める。
変な体勢で寝たせいか、それとも昨日、無理やり放った奥伝の反動か――
体のあちこちが痛んだ。
自分の未熟さに、反省するばかりだ。
窓から、少し傾いて見える欠けた月が、
なぜかやけに寂しく見えた。
準備をして、月明かりの中、鳥居まで茜を迎えにいく。
夜明け前に外出させるのは憚られるが、しょうがない。
鳥居に寄りかかって待っていた茜は、あくびを噛み殺している。
「遅い!」
「時間ちょうどだ。お前こそ、遠足前の子供か」
「何よ! 男なら女の子待たせるな!」
朝というか、夜明け前に胃もたれしそうな声だ。
「女の子はな、待たせないよ」
――俺は、火にガソリンを焚べるのが、どうやら得意らしい。
茜をいなしながら境内を横切り、神楽殿に向かう。
相変わらず近所迷惑な明るさだが、正直、茜がいてくれて今は助かった。
一人でこの森を歩くのは、嫌だった。
昨日の騒ぎが嘘のように、神楽殿と御神木はいつもの荘厳さを取り戻していた。
千年の歴史に勝るものはないらしい。
ただ一つ違うのは、辺りに漂うお香のような匂いだ。
見渡すと、神楽殿の石段に腰を下ろし、煙管をふかす夜の姿があった。
欠けた月の光を受けて、よく磨かれた煙管が静かに反射している。
「……来たか」
煙を吐きながら、夜が言う。
こちらを見ているはずなのに、視線は合わない。
ただ、ゆっくりと尻尾が立ち上がる。
たぶん、歓迎はしてくれているのだろう。
「体、まだ痛むだろう」
瞬時に無理を言い当てられて、少し気まずくなる。
茜が「そうなの?」と目線を送ってくるが、
肩を回して問題ないことをアピールした。
話題を変えよう。
「いいのかよ。神使なんだろ?」
煙管に見ながら軽口をたたいてみる。
「昔の神主からの献上品だ。たばこ好きな神もいる。気にするな」
「あぁ、そうなのね……」
流石、八百万の神。何でもありだ。
「まぁいい、座れ」
夜は立ち上がり、煙管を持ったまま石段を上って舞台に腰掛ける。
欠けた月を仰ぎながら、またゆっくり煙管を吸った。
「何から話そうか」
「昨日の続きでいい。なるべくわかりやすく頼む」
茜を見ながら言う。
「あぁ……そうだな」
夜は、俺たちの日常を知っているかのように苦笑した。
それが気に食わなかったのか、茜はわずかに不機嫌になる。
「今回の白炎の原因は、十中八九――
赤の彩神、“迦陵頻伽”――緋縅だ」
「かりょう……?」
案の定、茜が引っかかる。
俺はすぐに口を挟んだ。
「仏教に出てくる極楽浄土の鳥だ。上半身が人、下半身が鳥の人頭鳥身。美しい声で鳴くって話だ」
「なんか、ゲームに似たのいなかった?」
「たぶんセイレーンだ。ギリシャ神話だから今回は関係ない」
神楽の勉強で見た知識が、思わぬところで役に立った。
たぶん、茜は最近やっている某悪魔合体のゲームの影響だろう。
夜に視線を送ると、静かに頷く。
「喧しい鳥なのは間違いない。
だが、赤の彩を司る要だ。今回の炎の白化には、ほぼ間違いなく関わっている」
「居場所は?」
茜が、真剣な声で聞く。
「わからん。よく住処を変える。
最後に会ったのは……三百年ほど前だ」
「あぁ……そうなのね」
元々、極楽浄土に住む存在だ。
居場所を定めない流れ者なのかもしれない。
「でも、影響が出てるなら、市内にいるんじゃない?見回り組の報告も入ってるし」
「……結局、虱潰しに探すしかないな」
夜は尻尾を身体に巻き付け、視線を落とした。
その横顔は、どこか重たげだった。




