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イロガミノイロハ  作者: 伽耶
一章:Embrace the dark

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第12話:心配と神拝

茜が俺の頭をぺたぺたと触っているが、構わず話は進んでいく。


「……ああ、わかった」


たぶん、あまり語りたくないことも多いのだろう。

俺は聞き手に徹するのが最適解だと思った。


猫さん――いや、もう猫さんとしか呼べないその人は、短く息を吐いた。

尻尾が一度だけ大きく揺れて、やがて静かに落ち着く。


「まず名乗っておく。よるだ。千年ほど、墨染神社の神使をしている」


「千年!?」


茜が即座に声を上げるが、夜は気にした様子もなく続けた。


墨染神社の建立は、確か平安時代前期だったはずだ。

――時代が微妙に合わない気もするが、そこを突っ込む勇気はなかった。


「祭神――天霓姫命あめのにじひめのみことの守護。

 黒の彩神いろがみを務めている」


「????」


案の定、茜の頭上に見えない疑問符が浮かぶ。

俺は軽く咳払いをして、補足に回った。


「霓ヶ崎の“番の龍”の伝説、知ってるだろ?

 霓姫は、その雌の龍のことだ」

霓ヶ崎の古文書には必ずある話だ。


「あー、それね!」


……たぶん、わかってない。


「夜、その“彩神”ってのは?」


耳慣れない言葉だった。

だが、さっきの戦いで俺の右目に触れたとき、確かに夜が口にしていた名だ。


「彩神は――世界の秩序。

 均衡バランスを守る役目だと思ってくれればいい」


なるべく、茜にも伝わるよう言葉を選んでいるのがわかる。


神という存在は、もっと大仰で、傲岸不遜なものだと思っていた。

だが、少なくともこの神使は、そうではないらしい。


「私は見ての通り、黒の彩神だ。

 “均衡”の黒と呼ばれている」


そう言いながら、着物の袖や長い髪に指を滑らせる。


「……彩神ってことは、他の彩もいるの?」


「ああ。私を含めて、九柱きゅうはしら存在している」


「なるほど……七色と、白黒って感じか」


「そうだ」


父さんなら好奇心に負けて調べ倒しそうな話だが、『好奇心は猫をも殺す』らしい。

目の前の猫耳神使には縁起でもない話だ。


「先程の怪異は“白炎”と呼んでいる。

 長く生き、神格を持った鹿に憑いたのだろう……

 世界の秩序を脅かす“いろ”を喰う類の災いだ」


「彩……?」


「世界を成り立たせている属性、概念、役割。

 そういうものをまとめて、そう呼ぶ」


夜は夜空から視線を外し、俺を見た。

一瞬、金色の瞳が鋭く光る。


「時折、それぞれの彩の概念から逸脱するものがいる。

 人間で言えば、秩序に対する負の感情がそれだ」


「……なるほど」


秩序といっても、それは世界が定めたものだ。

理不尽に対して負の感情が生まれるのは、理解できる。


「私はその現象を“白化”と呼んでいる」


視線が、俺の白くなった髪に落ちているのがわかった。


反射的に頭に手をやる。

髪質は変わっていないようだが……

一本抜いてみると、白と黒が疎らに混じっていた。


「白化したものは、元には戻らない」


「えー……面倒くさいな。何とかならない?」


何事もなかったように帰るつもりだったが、

きっと、きららが心配するだろう。


「案ずるな。治す」


夜はそう言って、俺の頭を撫で、ゆっくりと目を閉じる。

周囲の空気が、静かに集まっていくのがわかった。


「……終わったぞ」


淡々と告げられる。

自分の姿がわからず、俺は茜を見る。


「すごっ!」


……たぶん、なんとかなったのだろう。

自分の姿を確認できないまま、問題は解決された。


夜は、淡々とした口調で話を続ける。


「今回の件、私が把握している“付け火”は四件。

 短期間にこれだけの発生は異常だ。何かしら理由がある」


「原因はわかってるの?」


茜が前のめりになる。

見回り組にとっては死活問題だ。


「おおよそは、な」


夜はそう答え、言葉を選ぶように一拍置いた。


「あまりいい話ではないが……

 悪意をもって秩序を乱している者がいる」


「そんなこと、できるのか?」


「できる」


言い切る声は、わずかに硬い。


「とりあえず、今日は遅い。

 明日、また来なさい」


そう言って立ち上がり、神楽殿へ向かって歩き出す。

夜はもう、話す気がないようだった。


気づけば、宵の明星は沈んでいる。


「待ちなさ――」


「茜、いい」


俺は静かに止めた。


聞きたいことは山ほどある。

この事件の原因、母のこと……


たぶんだが、夜も無理をしている。

神使だって、万能じゃない。


「明日、出直そう」


不満そうな茜の肩をぽんと叩き、立ち上がる。


「……わかったわよ」


今できることは、待つことだ。

春休みは、まだ始まったばかりなのだから。


踵を返し、振り返った夜の背は、

どこか静かで、哀愁を帯びて見えた。


「……緋縅ひおどし……

 何があった……」


ぽつりと落とされた呟きは、

確かに、悲しみを含んでいた。

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