ビリで陰キャは嫌だから級長をやることにします
別におれは、そんな器ではないと思った。
中学時代、頭が悪いとバカにされ、見返してやりたいと思って、この偏差値60越えの進学校に進学したわけで。
でも、一年の頃のテストでは、ビリだった。
本当に、ビリだったのである。
部活もうまくいかず、クラスでも陰キャラ扱い。
別に、影を潜めて学校生活を送るくらい、なんてことなかった。
でも。
掃除の時間。
おれ達陰キャラグループで掃除をしているところを見られて、陽キャラグループがそこを通りかかったときに、「今の渋くね」と言ったのが聞こえてしまった。
おれはそれに対して、無性に腹が立ってしまったのだ。
三年生に上がるとき。
自分は、目立たない存在でいいのだろうか。
このままで、いいのだろうか。
そんな気持ちが交差していた。
三年生、始業式。
「皆さんが静かになるまで、5分かかりました。」
そんなことを先生が言いながら、始業式が始まる。
別に、うるさかったわけではない。
整列するのが、点呼が終わるのが、少し遅かっただけだった。
別に、そんなことを言われる筋合いはなかった。
校長先生が、お話をしていく。
でも。
やっぱり、変わりたい。
中学から。
高校から。
ずっと。
失敗ばかりの人生だった。
そんな人生を。
変えたい。
おれは。
そう思った。
「えー、これで、終業式を終わります。」
体育館を退出するとき、男性の教師が二人、出口の両サイドで構える。
校則違反をしていないか、身だしなみチェックをしているのだ。
守れていなかったら、そこですっと呼ばれ、引き抜かれる。
幸い、うちのクラスは誰も呼ばれることなく、事なきを得た。
体育館を出ると、桜が舞い散っていた。
四月。
美しい季節だと思う。
ピンク色に広がる、桜。
でも、茶色の幹はしっかりとしていて。
あんな人間になりたいな、なんて思わせてくれるような桜が、青空のコントラスト、太陽の光と相まって、輝く。
新学期。
新しい席に座り、担任を待つ。
でも。
やっぱり、陽キャは陽キャで、話し出す。
なんで陽キャって、あんなに大きな声で話すんだろうか。
そんなことに疑問を持ちながら座っていると。
眼鏡をかけた、30代くらいの男性が入ってきた。
「はい、このクラスの担任を受け持つことになりました、伊藤、と申します。よろしくお願いいたします。」
みんなが少しずつ頭を下げる。
「はい、さっそくなんですけど、決めなければいけないことがありまして。」
先生が、眼をカッと開く。
「このクラスの級長を決めなければいけません。はい、やってくれる人!」
唐突に、担任の伊藤先生は、そう話す。
「おい、おまえいけよー。」
陽キャ組が、にやにやしながら押し付けあっている。
でも、誰も手を挙げようとしない。
「これが決まらなければ、先に進めません。やってくれる人!」
女子には、一度生徒会長を経験している、高橋さんもいる。
陽キャ組の男子には、一年生の時に級長を確かしていた、如月もいる。
でも。
誰も。
手を。
上げない。
注目されない。
ずっと、注目されない人生だった。
なら。
注目されるなら。
今じゃないか。
今、手を挙げれば。
クラスの全員に、おれの顔と名前を、覚えてもらえる。
そして、クラスの中心になって、話す機会も増えるのではないか!?
おれは、たくさん勉強をしてきた。
盛り上げるために、芸人さんのエピソードトークとかを何度も聞いて、作り方を学んだり。
バラエティ番組でのツッコミのタイミングを学んだり。
それを友達に試したりして。
ウケるかどうかを、試したりして。
とにかく、訓練してきた。
おれは、このクラスを面白くしたい。
誰かをバカにして笑いを取ったり盛り上げたりするんじゃなくて。
チャラチャラした感じの雰囲気を作って盛り上げたりするんじゃなくて。
単純に。
面白いクラスにしたい。
笑いの絶えない、クラスにしたい。
陰キャラがこき下ろされるクラスにはしたくない。
そう、思ったんだ。
だから、おれは。
震える手を、挙げた。
「おー、佐々木君!きみ、やってくれるのか!」
クラスが少し、クスクス、と笑いで包まれる。
でも。
手を。
挙げられた。
勇気を出して、手を挙げた。
おれは。
このクラスの、級長だ。
「じゃあ、佐々木君、よろしくな。続いて副級長だが……」
「私、やります。」
髪がロングで、黒目が大きく少しツリ目がちな、生徒会長の経験のある高橋さんが、手を挙げてくれた。
「じゃあ、その二人で決定な~。異論、ある奴いるかー。」
誰も、手を挙げなかった。
だから、おれ達で、決定だ。
それでも、そこまで生活が変わった、というわけではなかった。
級長の仕事で言ったら、号令をかけること。
後は。
点呼を取ること。
おれに初めて回ってきた大きな仕事は、球技大会の点呼だった。
そこで、数え間違いをしてしまった。
すべての点呼が終わりました、という生徒会の挨拶の後に、おれは、先生に言いに行った。
「すみません、山田君が、まだ来ていません。申し訳ございません。数え間違えてました。」
「何をしているんだ!!」
ちょっとだけ、怒られた。
それ以降、数え間違えは、なくすようにした。
でも、級長なのに、ビリっていうのは、すごく嫌だった。
だから俺は、誰よりも勉強をした。
休み時間も、たくさん勉強をした。
朝学校に行って、図書館で勉強をして、休み時間も勉強をして、授業終わりにはほぼ毎回の時間、先生に、その授業でわからなかったことを質問した。
クラスは、だんだんとカーストがなくなり、受検モードに切り替わっていった。
おれは、クラスがぴり着いているときに、少しみんなに聞こえるようにエピソードトークを友達にしたりして、みんなの気を紛らわせようと尽力した。
文化祭当日も、点呼を行った。
そして、文化祭は、成功に終わった。
正直、点呼が仕事と言っても過言ではないけれど、その点呼がなかなか難しいから、それは、級長になってから知った事実だった。
時は経ち、大学四年生。
就職活動で、おれは、級長をやっていたことをアピールしようとした。
おれは、国公立の大学に進学していた。
そう。
誰よりも努力して勉強をしたから、国公立の大学に進学できたのだ。
当時担任だった先生に、電話をした。
「あの、先生、お久しぶりです。」
「おお、佐々木君か。久しぶり。どうしたの。」
「僕、思ったんですけど。」
「うん。」
「いま、就職活動中でして。自分のクラスをまとめる力で、国公立進学者がクラスでこれだけいました、なんてエピソードを作りたいと思いまして。」
不純な動機で級長になったにもかかわらず、おこがましいような質問だと、自分でもわかっていた。
でも。
それだけ、就職活動は厳しかった。
「佐々木君。僕は、言いたい。数字としては、三分の二の人が国公立に進学した。これは、すごいことだ。でも、僕はもっと、君の、こんな部分を評価したいと思う。君は、誰よりも勉強をやっていた。努力をしていたんだ。だから、それにそそのかされて、感化されて、インスパイアされて、他の人も、勉強していた。勿論、国公立に何人行った、その数字は、大事だ。でも、おれは思う。君は、君の力で、クラスのみんなを動かし、そして、みんなに勉強をしようと仕向けた。君は、リーダーとして誰かを引っ張っていくとか、特別目立つとか、そんな存在ではなかったと思う。でも。みんな、知っていた。君が、ビリで、悔しくて、それを払しょくしようと、頑張って勉強したことを。それが、この数字につながったんだと思う。だから、それをアピールしなさい。そうしたら、いい結果につながると思うよ。」
おれは。
今まで、自分を否定してきた。
でも。
初めて。
自分を。
肯定できた、気がした。
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