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週明けにユーリスとともに王立図書館へ向かったところ、目当ての絵本が無事に見つかった。
ネノンを通して連絡をしてもらっていたこともあり、事情を話すとスムーズに許可が取れ、持ち出すことが出来た。
役に立てばと、調査に関わっているヘルサ経由で騎士団に提供してもらったところ、その翌週には捕獲に成功したと連絡が入った。
「そこまで攻撃性の高い魔獣じゃなかったからね。さほど手間取らずに捕獲できたみたいだよ」
わざわざ報告に来てくれたヘルサの言葉に、リシャーナとユーリスはほっとした。
魅了魔法は無防備でいるほど効きやすい。反対に、来ると分かって身構えていれば、それなりに対処が出来るものなのだ。
自分の油断が招いたことではあったが、結果として自身の経験が役に立ったことにほんのり救われた気持ちだ。
「どうしてチーチャムがあそこにいたのかは分かっていないんですよね?」
ユーリスの問いに、ヘルサは渋い顔で頷いた。
「随分と昔に絶滅したはずの魔獣だからね……召喚魔法で呼び出した、っていうのが有力だけれど、時間を越えての召喚だなんて並大抵の魔力では出来ないはずだ」
「仮に召喚魔法だったとしても、どうしてチーチャムを召喚しようとしたのか……目的も分かりませんよね?」
ヘルサのいうように召喚魔法というのは、膨大な魔力を使うものだ。
本来は何人もの魔力保有者が協力し合って行う。
しかしそれは、同じ時間軸に存在する無機物や生物に関してのことで、現在絶滅した生き物を生存している時間軸から現代に召喚するとなると、さらに膨大な魔力が必要となるだろう。
召喚魔法とは、本来国の騎士団など組織単位で行われるもので、それはひとえに、そうでなければ必要な魔力を補うことが出来ないからだ。
よく使われる手段としては戦争だろうか。
相手の陣営内に凶暴な魔獣を送り込むといったひどい使われ方をしていたこともある。
(でも、国単位で使うようなものを一体誰が……?)
決して一個人や、一つの家系だけで可能とは考えにくい。
しかも、それほど苦労して喚びだしたのがチーチャムとはどういうことだろう。
リシャーナが訊ねれば、ヘルサはいくつかの仮定を語ってくれた。
「考えられるとするなら三つかな……まずあの魅了魔法が必要だった。次に、チーチャムの雑食に目をつけた」
「チーチャムは雑食なのですか?」
あの小さくて可愛らしい姿からは想像出来なくて、思わず声に出てしまった。
ヘルサはこくりと頷いて続けた。
「チーチャムとチムシーとの共生関係はそれが軸になっているんだ。まず、根を張って動けないチムシーの代わりにチーチャムが餌をおびき寄せる。その餌からチムシーが魔力を吸って動きを奪う。魔力を失った新鮮な肉を、チーチャムが食べるというわけなんだ」
追加で説明してくれたヘルサによると、チーチャムの牙は骨さえ砕いてしまうほどで、つまり最後にはなにも残らないのだという。
チムシーに捕らわれた経験のあるリシャーナから、さっと血の気がなくなった。
たしかに魔力をなくして死にかけはしたが、体ごとバリバリと食われるところだったなんて想像していない。
(あのときユーリスがいてくれてよかった……!)
改めてそう思いながら、隣にいたユーリスに礼を言うと、彼もほんのり青ざめた顔でこくりと頷いてくれた。
と、そこでヘルサが口髭を撫でながら続けた。
「最後に、額にある特殊な鉱石だ」
「ああ……あの真っ赤な不思議な石ですね」
思い出すように言ったユーリスに、ヘルサは大きく顎を引いた。
「そうなんだ。まだ完全な解析は済んでいないんだが、あの鉱石は魔力の干渉を受けないんだよ」
「つまり、魔法が効かないということですか?」
「うーん……説明が難しいんだが、物理的な攻撃は通るんだ。例えば魔法で水を生み出して捕らえたり、火をおこして攻撃したりね。ただ、魅了魔法やチムシーのもつような魔力の混乱、吸収といった魔法など、チーチャムの魔力自体に影響がでるものは一切効果を発揮しなかったんだ」
驚きだろう? と、ヘルサは眼鏡の奥で瞳を輝かせた。
「しかもこれはチーチャム固有のものではなく、あくまであの鉱石が主となって効力を発揮していることなんだ。あの鉱石に触れた騎士にも、同じような効果が見られた」
「それは本当ですか?」
「ああ、もちろん! 私もこの目で見たので間違いない。もしかしたらチーチャムは、魔獣の生存競争に負けたのではなく、その鉱石の有用性から乱獲されて絶滅したのかもしれないよ!」
ヘルサは興奮した口ぶりで語尾を上げた。
「たしかにその鉱石が目的、というのが一番可能性としては高そうですね」
ユーリスの言葉に、リシャーナも同意を示す。
このオルセティカ国は他国との戦争もなく平和であるが、同じ大陸の離れた国ではいまだ戦火の止まぬところもある。
そして、戦況を左右するのは攻撃魔法の質と量だ。
例え兵器や兵士の数で負けていたとしても、魔力保有量が相手よりも格段に多い少数先鋭の部隊が一つあれば、簡単に戦況など変わってしまう。
それだけ魔法の存在というのは厄介なものだ。しかし、どんなに危険な攻撃魔法であっても、魔力がなければ使うことはできない。
そのため、戦争においてはどれだけ相手に魔法を使わせないようにするかが重要であり、兵士そのものの精神に影響を与えて魔力のコントロールを出来なくするものであったり、魔力自体を乱したりなくしてしまって魔法を使えなくしたりする魔法や魔法具の存在が増え続ける始末だ。
近年では、どれだけ相手国からの魔力妨害の被害をなくすか。ということが第一に勝利条件として提示されるぐらい、悩ましい話題となっている。
しかし、チーチャムの鉱石を一つ、お守りのように懐に忍ばせておくだけで、その問題は解決だ。
そう思うと、どこか戦争真っ只中の他国が、国がらみで召喚に臨んだとみるのが妥当だろうか。
(でも、チーチャムが発見されたのはオルセティカの王都近くだし……)
逃げ出したとしても、果たしてオルセティカまでまで来られるものだろうか。
どうにもその点が腑に落ちない。ユーリスも同じような考えなのか、釈然としないような顔で首を捻っている。
「しかもね、あの鉱石自体が魔力を宿す魔鉱石なんだけど、外から魔力を与えて石にとどめておくことが出来るんだよ! つまり、持ち運びの出来る魔力の貯蔵庫なんだ!」
興奮した様子を隠さずにヘルサは言い募った。そのあまりの利用価値の高さに、リシャーナとユーリスは唖然としたように口を開いてしまった。




