9.ステラの予感とリーティア令嬢
リーティア視点です
なぜ私が毎日のように登校してこない彼女のもとに通っているのか。そこに明確な理由はなく、ただ学園の生徒である以上責任を持ってほしいと思っていたからだ。
「リーティアさん、今日も行かれるのですか?」
「ええ……あまり通い詰めると逆効果かとも思うのですが、放っておくと本当にずっと来ないんじゃないかと思いまして」
始業式の日、上級生との絡みに巻き込んでしまったクラスメイト。マリーシア=フローレン、見ていると吸い込まれそうな藍色の髪が綺麗な少女だ。彼女の家は国の財政について一角を担う伯爵家である。財政や軍務など国として大きな機能を持つ要素は一つの家が独占すると、職権の影響があまりにも大きすぎるのでいくつかの家が共同で司っている。
そんなフローレン家の令嬢であるマリーシアとはここに入学してからよく話すようになり、仲良くさせてもらっている。
「ですが、わざわざリーティアさんが訪ねなくとも……そういうのは職員の方などにお任せしてもよいのではないでしょうか」
「そうしたいのは山々ですが、光属性という特異性に強く出られないらしく……国の方から慎重に育てて欲しいと言われていることもあって、ちょっと大きく動けないみたいですわね」
「そうだとしても、来る来ないは本人の問題ではないでしょうか……」
「まあ、まだ来ない理由がわかっていませんし、心の整理に時間を要する場合もあるでしょう。ただ、単純にさぼりだというならそこはぜひ改めて欲しいところですが……」
こういう話は色々な生徒としていた。誰しもが現れない彼女に対して色んな想像をしているらしく中には無駄飯食いだと批判する生徒も現れ始めた。このままだと本当に追い出されかねないし、そうなると国の意向を無視したことになってしまう。
そんなわけで私は彼女の部屋を訪れては何とか説得しようとしていた。貴族ではないにせよこの学園に入ったのであればその責務はあるわけで、学業の拒否をするのは間違いであるとは思う。
母も父も常日頃から「貴族たる者」について私に教え、そしてそれに応えるように励んできたつもりだ。
そうして行動していたらいつの間にか「王太子妃候補の筆頭」になっていたのは予想外であったが、皆がそうであれと望むならそれを受け入れるつもりである。
……少し話がそれてしまったが、そういうわけで私はその日も彼女、ステラさんの部屋を訪ねていた。いつも寝ぼけているようなどことなくやる気を感じないような雰囲気はあるが、決めつけはよくないと言い聞かせている。この時間眠ってしまうということは不安で夜に寝れていない可能性もあるからだ。
しかし、魔法実習については見学でもいいから参加はするべきだと少し強めに提案した。これは後々の授業のためでもあるし、評価的にも大きく関わってくるところで休んでしまうのはまずかった。
それを告げた彼女は相変わらず煮え切らない感じではあったが、その時に彼女は何か思い出したかのように信じがたいことを口にした。
「魔法の暴走なんて起こるとは思えないですけど……まぁ、来てくれてよかったと思うべきかしら」
魔法実習の当日。朝の時間に彼女はいなかったので心配していたが、実習用のグラウンドの隅に彼女の姿と、感涙するウェール先生の姿があった。すごく心配していたけれど無理に訪問できないからずっと悩んでいて少しかわいそうであったから、とりあえずよかったと胸をなでおろす。
「あの方が……ステラさんですか?」
「ええ、その通りですわ。そういえばマリーシアさんは見るのは初めてですわね」
マリーシアさんが私と一緒の方向を向きながら呟く。
「どういう方か話でしか聞いたことがなかったのですが……なんというか、見た感じは普通ですね」
確かにステラさんは身長は平均以下で見た目だけは可愛らしい少女、もしくは小動物のような印象に近い。話したことのある私からはぼんやりしているところからナマケモノのようなイメージしかなかったが。
「ちゃんとクラスに来るようになったらマリーシアさんにも紹介させて頂きますわ」
「え、ええ、ぜひ……」
他の生徒達もちらほら気づき始めているようで、それぞれ想像の範囲内で好き勝手に印象を付け始めていたが、その時実習を担当する男性講師の声が響いた。
「全員静かに! これから魔法実習の授業を始める! 既にわかっているとは思うが一歩間違うと大事故に繋がるから慎重に行動するように!」
この学園の教師はその役割の重要性から優秀な方が集められる。その男性講師も魔力の扱いと説明に関して長い経験を積んできた大人であり、ほとんどの生徒たちは皆真剣に聞いていた。
「それでは今から実際にそれぞれの適性に沿って魔法を放出するぞ! いいか、何度も言ったが焦らず少しずつ出すように! いきなり大きなことは絶対にしようとするなよ!」
そうして、それぞれわかれて実習が始まった。当たり前だが講師は一人ではなく何人かいて数人のグループごとに担当することになっている。
「それじゃあ次はリーティアさんね。落ち着いて慎重に、まずは魔力を溜めてからね」
「はい」
私のいるグループの担当は女性の先生で、指示された場所に立った私は落ち着いて魔力を集める。今回の実習では的などはなくただ目の前に魔法を放つだけだ。私は手の平に氷の短剣が出来るようなイメージを想像し魔力を練り、その想像通り先の尖った氷を生成する。
「いい感じ! じゃあ、それをそのまま前に打ち出して」
「……っ」
撃ち出すときは魔力を前に弾くように。そうすることで私の手の平にあった魔法はそれなりの勢いで飛び出し、落ちた先をわずかにえぐった。
「はい、素晴らしいわ! 落ち着いていたし魔力の練度も申し分ないわね!」
「ありがとうございます」
周りからはわずかにどよめく声と称賛の声が響く。ただ、正直に言うとこういう訓練のようなものは幼少の頃から母に教わっていたから出来て当たり前のレベルになっていただけなのだ。
「リーティアさん! 流石ですわ! 魔法を撃つ姿に見惚れてしまいそうでした……!」
「や、やめてください……マリーシアさんこそしっかり魔法を放出できていたではありませんか」
だから面と向かって褒められるとちょっと恥ずかしいぐらいだった。照れ隠しにグラウンドの隅を見るとまだステラさんの姿はあった。どこか感動しているように見えるが、これを見て通う気になってくれればいいのだが。
『その授業中ある事故が起きるかもしれないんです。魔力の暴走とかで』
ふと、彼女を見た時にその言葉を思い出した。あの時の彼女はどこか危機感を抱えているような声だったのが印象として残っている。
「…………!!」
何か引っかかるところがあり、周りに目を配った私の視界にグラウンドの隅、ステラさんとは逆の位置で数人の生徒たちが何かこそこそとしていた。担当らしい講師は他の生徒を指導しており気づいていない。
意識を向けていなかったら気づかなかったであろう魔力の不純な溜まり、そしてそれが不規則に膨張し始める感覚を感じた瞬間、私は思わず走り出していた。
「え!? リーティアさん!?」
突然、駆け出した私とマリーシアさんの驚く声に周囲が反応し、それと同時に魔力がグラウンドの隅から噴き出した。まるで嵐のような炎が巻き起こり広がっていく。生徒に比べて何人かの講師はそれにいち早く気づいたが、対応は間に合わない!
「っ! 厚き氷の壁よ!」
イメージが出来るよう詠唱を唱えて無理やり魔力を放出した。詠唱は口に出す分脳が意識するので魔力の放出は大きく早くなり強力になるが、消耗が激しい。
だけど今はそんなこと気にしている場合ではなかった。激しい炎が周りにいきわたらないように境界を作る形で私は氷の壁を一瞬で作り上げた。
「ぐぅぅっ……!」
魔法の炎がぶつかった瞬間、大きな衝撃が伝わってきたが幸いなことに炎の魔法は散漫に広がっており、さらにそれを放出してしまった彼らの魔力がずっと持続するわけもなく、すぐに収まっていった。
張本人達が大丈夫かわからないが、少なくとも周りに被害はないようだ。
(とりあえず防げてよかった……でも、まさか彼女の予言通りになるなんて……もしかして)
そこまで考えて私は足の先から力が急激に抜け始めていくのを感じていた。幼いころによくやった魔力の大量消費による症状だ。誰かの悲鳴が聞こえた気がするけど私が意識を保っていられたのはそこまでだった。
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更新が遅れてすみませんでした・・・