26.深夜に突撃
その日の夜。既に今日の学園が終わった段階でチラホラと荷物をまとめて出ていく生徒の姿があった。
先にも話した通り、この連休では実家に帰る生徒と帰らない生徒に別れる。大体の生徒はもちろん帰るのであるが、事情があったり何らかの理由で学園に残る者もいるが、どちらかというと少ない。
もちろん、私も帰る予定だ。日本での記憶があれどこちらもちゃんと実家であるし、どちらかというとこちらのほうが思い入れというか、情がある。
「なーんか、気になるんだよなぁ」
あの魔物事件が終わったタイミングからリーティアさんの挙動が怪しくなった。いや、もちろん周りに悟られるほど不審な動きをしているわけではないが、私やマリーシアさんは流石に気づいてしまう。
何かを言いたいのはわかるけど、言い出せないこと……思い当たる節はまったくないが、これをスルーして実家に戻るとなんか気持ちが悪い。
そう、私の問題なのである。基本的に連休は何もしたくない。可能であれば家で惰眠を貪りたいわけで、その時に胸に引っかかるものがあってはいけないのだ。
「…………」
というわけでやってきた。夕食後しばらくして私の前には彼女の部屋の扉があった。
「とりあえずノックでいいんだよね」
前に来たときは王子特権で通ったけど今日は一人だけである。
「ステラ様、いかがなさいました?」
「ひょあっ!?」
だから、突然後ろから声がかけられて飛び上がった。
「あ、貴女はえっとリーティアさんのメイドさん?」
「はい」
いつの間にかリーティアさんのメイドさんがいた。ワゴンも一緒にあるというのに全然気配を感じなかった。もしかしたらリーティアさんの護衛を兼ねたスーパーメイドさんの可能性がある。
「リーティアお嬢様に何か御用ですか? よかったらお取次ぎしますが」
「あ、えっと、お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
メイドさんは綺麗に礼をすると部屋の中にワゴンを押して入っていった。ティーポットなどの茶器が載っていたから就寝前のティータイムだろうか。
などと、少し考えていたらすぐにメイドさんが出てきた。
「お会いなさるようです。どうぞお入りください」
「ど、どうも」
ポーカーフェイスである。何度か寮ですれ違った他のメイドさんは楽しそうにお話している人もいたから、人それぞれなんだろう。公爵家のメイドであれば主のため羽目を外すのは出来ないのかもしれない。
「おじゃましまーす」
「ステラさん……どうしたのこんな夜中に」
既に寝巻に着替えた彼女は現れた私に少し驚いているようだった。
「最近、リーティアさんの様子がおかしかったから、そのまま連休入っちゃうと気分が悪くて。たぶん原因って私じゃ?」
「う、べ、別にそういうわけじゃ……」
絶対そういうわけである。
「どうぞ、椅子におかけください。お茶を用意させて頂きますので」
「あ、ありがとうございます」
どう切り出そうか悩んでいたらメイドさんが勧めてくれたので従う。
「ハーブティでございます。お嬢様もどうぞ」
「ありがとう。今日はもう下がって大丈夫よ。今日もお疲れ様」
「……いえ、メイドとしての責務ですから当然です。それではリーティア様とステラ様、おやすみなさい。どうぞ良い夜を」
「貴女もね。おやすみなさい」
「おやすみなさーい……」
カップに静かにハーブティが注がれるとメイドさんは下がっていった。ワゴンとか置きっぱなしでいいのかと思っていたら、なんでも朝に回収されるシステムらしい。
「静かなメイドさんだね」
「昔からお付きなの。なんでもできるわよ」
「へぇ」
淹れてもらったお茶を飲む。ハーブのすっきりとした爽やかな風味が口の中からじんわりと広まっていく。これはすごいリラックス効果がありそうである。
「えーっと、それで最近様子がおかしいのはなんでなのか聞いても?」
「……はぁ」
「え、なに? もしかして怠け癖に呆れてる? 確かに授業中寝てることもあるけど割と頑張ってるよ?」
「出来れば寝ないで欲しいけれど……そうじゃなくて、不甲斐なくて、私がね」
「悩み?」
「まあ、そんな感じなのかしら……」
公爵令嬢といえども年頃の女の子だ。悩みぐらいはあるだろう。
「恋愛とか?」
「ぶっ、そ、そんなわけないでしょ!」
吹き出しそうになっても抑えるあたりはしっかりしている。彼女は顔を真っ赤にして怒っていた。照れとかじゃなくてまじな怒りだ。リラックス効果がなくなった。
「そ、そうじゃなくて、お母さまから家に招待しなさいって言われて……!」
「招待? 誰を?」
「だ、誰って……そんなの」
そういって彼女は視線を逸らした。それはここ最近よく彼女がしていた怪しい動きであり、流石の私も察しがついた。
「……私? もしかしてここ最近ずっと見てたのってそれ?」
「え、気づいてたの!?」
あれだけ見られてたら誰でもわかると思う。とは言わずに頷いた。だけど、そんなに緊張して思い悩むようなことだろうか。
確かに私も誰かを家に誘ったことはないし、どちらかというと先輩に誘ってもらってお邪魔することが多かったけども。
「別に普通に言ってくれれば」
「だって、今まで家同士の繋がりで招待は出したことあるけど個人的に誘ったことなんてなくて……」
「ああ、友達としてってこと?」
「と、友達……? そ、そういうことになるのかしら……」
なるほど。お嬢様特有の悩みというやつだろうか、立場上そういう存在は中々作りづらそうだ。そういう意味で私は立場そのものがないしちょうどいいのかもしれない。
「明日から村に一回帰るけどその後だったら別に大丈夫だよ」
「そ、そうなのね! じゃ、じゃあ村に迎えの馬車を出しますわ!」
「いや、そこまでしなくとも……あ、そういえば」
「な、なんですの?」
そうだった。もう一つ聞きたかったことを思い出す。
「けっこう前だけど、なんか『どうしても聞きたいことがある』みたいなこと言ってなかった?」
「あっ……え、ええ。そう、そうだったわね」
「あれは?」
予想だと預言関連の話だと思うのだが何だろうか。正直な話、作中では基本的に敵対していた関係上彼女のことは知らないことの方が多い。まだ情報をくれる役割だったマリーシアさんについて知っていることが多い気がする。
リーティアさんはしばらく何か考えているようだが、やがて首を横に振った。
「その、今はまだいいわ。私の家に来た時に聞くから……」
「そう?」
どうやら割と深刻な話なのかもしれない。無理に聞く必要もないかと私もそれ以上は聞かなかった。
「あ、そういえば私からお願いがあったんだ」
「え? ステラさんから?」
なぜなら私も一つリーティアさんにとあるお願いがあったからだ。
「たぶん、私村に帰る途中で攫われちゃうかもしれないんだよね」
「……はい?」
嬉しい長期休みと面倒なイベントがやってくる。
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