15.事件は未然に防ぐもの
親愛なる姉がいた。街の喫茶店で働く彼女は器量もよく容姿も整っていたため看板娘として人気があった。
しかし……
「あのね、偶然通りかかった貴族の方に声をかけられてね……それでお屋敷に召し抱えられることになっちゃって」
当時子供だった彼はそれがどういう意味かよくわからなかった。ただ、親は嬉しがっていたし悪い事じゃないんだろうなと姉を素直に見送った。どこか気の乗らない様子で用意された馬車に乗る姉の姿、それが最後になるとも知らずに。
「なんでもお屋敷で酷い扱いを受けていたとか……」
「平民だからってろくに食事も出なかったらしい……」
「まったく、貴族だからってなんでもしていいってのかよ」
家に戻ってきた姉は既に冷たくなっており、その目は開くことはなかった。
彼は自分の世話をたくさんしてくれて、色んな話をしてくれた姉の声はもう聴くことは出来ない。
「許さない……貴族のやつら……」
賠償金として支払われたお金。平民の命なんて金と同等だと言われているようで、そしてそれが世界に一人しかいない姉の価値だと言われているようで……それを目の前にして彼の瞳に復讐の炎が灯った。
*****
というのが主な動機である。中々に重い話だ。この世界の私の家族はちゃんと面倒も見てくれるし別れるとなれば悲しいだろう。前世の家族にも言ってやりたいぐらいだ。
彼の場合は姉のことが大好きだったこともあって、それが貴族連中に弄ばれて殺されたことがよっぽど憎かったのだろう。魔物を召喚までして学園を混乱に陥れるのだから。
『自分の大事な息子や娘を傷つけられて少しは俺の気持ちがわかっただろう!?』
漫画での彼のセリフは覚えている。結局王子とステラによって魔物は倒されて彼は捕まるけど、けっこうな被害を出した彼はやり切った顔でも物語から退場する。
一応、それだけの役割がある彼はゲームだとしっかりルートがあるらしい。詳しくは知らないし先輩も年上はちょっと……という趣向のせいでやっていなかったはずだ。
「うーむ……」
さて、どうしたものか。彼の動機はそりゃ恨むよねっていう話で全面的に否定できるものじゃない。でも、何とか止めたいという気持ちもある。
何より危ないし。今の状態じゃ癒しの魔法なんてわからないし、この世界で死にたくはないという気持ちもある。それに人並みだけど復讐心から関係のない子供を狙うのはよくないと思う。どうせだったらその貴族の屋敷で魔物を召喚しようと提案したい。
「いや、流石にそれは冗談だけど……」
「ステラさん……? さっきからどうしたんですの? 昼食が冷えますわよ」
「んえ? あ、ああ、うん。ちょっと疲れてボーっとしてた」
「まだ午前中が終わっただけじゃないの……」
学園に用意された食堂で私、リーティアさん、マリーシアさんで昼食をとっていた。一人だったら絶対に来なかっただろう滅茶苦茶広い空間にたくさんの生徒がごったがえしていた。
頼んだのは日替わりランチのようなもの。今日は鳥の照り焼きをメインにパンやサラダ、スープなど基本に忠実なメニューだ。しかし流石貴族学園、食材が上質なのか作り方が上手なのか、とっても美味しい。
「ステラさんは今日が初日ですから、疲れてしまうのもしょうがないのかもしれませんね。何か困ったことはないですか?」
マリーシアさんが優しく聞いてくれる。今のところリーティアさん好きすぎる気配があるが基本的に優しい少女だ。
「うーん、特に困ったことはないんですけど、あ、そうだアルティス先生について何か知ってることはあります?」
「え? どうしてまた?」
「あー、その同じ平民出身って聞いて?」
やばい。流石にぶっこみ過ぎたか。リーティアさんから怪訝な目線が向けられる。
「そうですね……あまり詳しくは知らないですけどこの学園の教師陣の中では異例の貴族階級ではない方ですね。優れた魔法の知識もですが、実際の魔法の力量も凄い方ですね」
「えっと、家族関係とか……そういうのはどう?」
「家族ですか? えっと、確かお姉さんが"いました"けど……」
「あー、OKっす。はい……」
だめだ、やっぱり起こることは起こってるらしい。となると恐らく魔物召喚は行われる。
これは何とか防ぎたいところだが、どうしたものか、誰か協力者が欲しいのだが……
「……あ」
「ん? なんですの?」
そんな私の目線は、上品に食事をしているリーティアさんに向いていた。
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