1.二人の少女の結末
久しぶりすぎる新連載です。
今回は一話で物語の結末を綴ってますので、もしネタバレを好まない場合は
明日からの物語から読んで頂ければと思います。
よろしくお願いいたします!
リーティアは廊下をズカズカと歩いていた。皺や汚れひとつもなく胸に一輪の花を挿した制服をしっかり着こなし、今日という日の為に丁寧に整えられ完璧に磨かれた輝く金髪は、すれ違う生徒達の目を奪うには十分であった。
しかし、廊下ですれ違う生徒達は華やかな彼女の姿に一瞬見惚れるものの、すぐに慌てて目を逸らしてしまっている。
「まったく……! まさか今日この日までさぼろうとするなんて……!!」
なぜなら今の彼女の表情は般若が如く、憤怒に染まっていたからである。
「そもそもなんで最後までわたくしが迎えなど……」
そう、今日は長かった学園生活の終わりの日、つまるところは卒業式だ。
本来であれば学園生活を共にしたクラスメイト達と談笑をして学生として最後の時を楽しむ時間だったのだ。
「まったく……! 最後の最後まで、まったく!!」
怒りの表情を隠さずに寮までの道を早足で進む。
卒業式ということで様々な生徒とすれ違い「卒業おめでとうございます!」とか「今日も迎えに来たんですか!」など、声を掛けられれば流石に怒りのまま対応するわけにもいかないので、軽く応えながら寮に急ぐ。
「あら、卒業式なのにいつも通りねぇ。貴女達は、うふふ」
寮に入ってすぐ左にある管理人室。この女子寮の管理をしている朗らかな女性が急ぎ足にやってきたリーティアの姿を見て声を掛ける。
リーティアは不機嫌な顔を隠そうともせずため息交じりに答えた。
「笑いごとじゃないです。まさか卒業式までさぼろうとするなんて……」
「あらあら、まあ確かに大事な日ですものね。貴女にとっては本当に」
引っかかるような言い方の言葉に含まれた意味を理解したリーティアは僅かに顔を赤くしたが、顔を横に振ってキリっとした表情に戻る。
「とにかく、あの子の部屋の鍵を貸してください」
今日一緒に卒業するはずの彼女。誰かが起こさなければきっと部屋で布団に丸まって幸せそうに寝ている姿が簡単に想像できた。
「はいはい。あ、これ書いてねぇ」
受付の女性からすればここ数年間何度もあったやり取りだ。それがなくなることに少し寂しく思いながら、彼女は書類をリーティアに渡した。
そこには今日の日付から時間帯、学年や所属している組、もちろん名前と貸し出し理由を書く欄など急いでいるリーティアにとってはけっこうな手間がかかりそうなものだった。
思わずしかめっ面で管理人を見てしまう。
「……その、卒業式の今日ぐらいは別に省略しても」
「あら~、規律に厳しいレイファール家のご令嬢様がそのようなことを仰ってもよろしいのでしょうかー? あ、別にそうしたいなら今日は特別に省略してもいいですよ~? だってねぇ?」
指摘するというよりはどこかからかうような声色。そんな様子の彼女にリーティアはため息をついた。
「失言でした。卒業式が終わるまで私は貴族ですから。必要なことはしっかりやります。でも、すぐに鍵を渡せるようにはしていてください」
「はいはい。すぐに持ってきますねー。うふふ、貴族として最後まで立派ですねぇ」
貴族として最後、その言葉に記載していた指が一瞬止まったが、すぐに動き出す。
さっきまでしかめっ面だったその表情は、今はなぜか少しだけ微笑んでいた。
少し時間はかかったもののしっかりと鍵貸し出し用の書類に記載をして、鍵を受け取ると足早に部屋に向かう。すっかりと脳裏に焼き付いた彼女の部屋までの道である。
それも今日が最後だと思うと少しだけ寂しく思えた。
ただ、目的の部屋の前に着くころにはその寂しさよりもだらしない少女の姿が浮かび上がり、再び怒りメーターが上がっていく。
「……ステラさん?」
扉を2回ノックして彼女の名前を呼ぶ。反応は当然ない。わかりきっていたことなので、今度は少し強めにノックをする。
「ステラさん!」
もちろん反応はない。数えるのも面倒なほど行ってきたやり取りではあるが、この国の中でも有数の貴族であるという立場上、いかなる状況でも冷静に行動し、無作法なことはできない。
「勝手に開けますわよ!!」
しかし、それは彼女に対しては無駄なことだと既にわかりきっていたリーティアは受け取っていた鍵を無造作に突っ込むと扉を開けた。
そして、遠慮なく部屋に入っていく。
「……はぁぁ」
そして、備え付けのベッドの膨らみを見て今日一番のため息をついた。規則正しい息遣いに合わせて上下に動く布団を眺める間もなく、容赦なくそれを剥いだ。
「ス・テ・ラ・さん!」
まくり上げられた布団の下には一人の少女。背丈はリーティアよりも少し低く、明るい茶髪はしかし、恐ろしいほど寝癖でボサボサであった。
「くっ、まだ時間はあるとはいえ卒業式になんたる様……!!」
起こして身支度の世話まで考えるとうんざりする。しかし起こさない選択肢はないので勢いよく彼女を揺らす。
「いい加減起きなさい! あれだけ今日は準備しておくように昨日何度も何度も何度も何度も言いましたよね!!?」
「んぅ……んん……?」
布団を剝ぎ取られ、体を揺すられ、大声で呼ばれて……そうして初めてステラと呼ばれた少女は漸くぼんやりと目を開けた。その瞳にうっすらとリーティアが映る。
そして──
「……すぅ、すぅ」
再び瞳はゆっくりと閉じられて、静かな寝息が聞こえ始めた。
「ステラーーーー!!!!」
さすがにリーティアはぶち切れた。
「うっ、うぅ、せっかく最後の学園生活なんだから寝て過ごしたって……」
「いいわけないでしょう!? 自身の卒業式を寝て過ごすなんてありえませんわ!!」
無理やりベッドから起こした後、流石に湯浴みをする時間はないと判断し、卒業式用の制服(昨晩リーティアが準備した)に着替えさせると、ボサボサの髪だけでも整えるためにベッドに腰かけたさせたステラの後ろからリーティアは必死に髪を梳いていた。
「まったく……昨日のうちに制服の準備だけでもしていて正解でしたわ。まさか本当に今日の今日までさぼろうとするなんて」
「別にさぼろうとしたわけじゃないし……ただ、眠かったから」
「そ・れ・を! さぼりじゃなくてなんて言うのよ!!」
「うぁぁあ……耳がぁ……」
寝起きに耳元で叫ばれてキーンと耳鳴りに襲われたのか、ステラはふらふらと揺れる。
「ちょっと! 整えてるんだから動かないで!」
「そんな無茶な……あと、口調崩れてるよ」
「部屋の中だからもういいわよ。大体もう寮に残ってるのは私達と管理人さんぐらいなんだから多少騒いだって誰にもわからないだろうし。ほら、大人しくして」
呆れ混じりの砕けた口調とため息をセットに、髪のセットを再開する。
本来であれば整えてもらう側だというのにこの学園生活の間ですっかり慣れてしまったこのまたため息が出る。ただ、それは嫌なため息ではなく少し嬉しさが混ざったものだった。
「リーティアのことだから、今日までは貴族らしく過ごすって言うかと思ってた」
「管理人さんには言ったわよ。だけど貴女の前で今更かしこまったってしょうがないじゃない」
「……それもそっか」
しばらく静かな時間が続き、部屋の中は髪を梳く音だけが静かに響いていた。
「はぁ……」
その中に今度はステラのため息が混じる。
「何よため息なんか。らしくない」
「いや、この学園生活色々あったなぁって思ってさぁ」
「……確かにそうね。思い返してみれば無事に卒業出来るのって割と奇跡かも」
「そうだねぇ。まさかあんなことが起きて、そんなことに巻き込まれて……そしてこんなことになるなんてねぇ」
「本当にね。貴女に「悪役令嬢」呼ばわりされたことがもう懐かしいわ」
「それはもう忘れて……」
「ふふふ、どうしようかなー?」
「そんな煽ってくるならこっちにだって考えがあるし」
そう言ってステラは後ろを振り向いてリーティアと目を合わす。
「ちょっと、まだ梳いて」
そして、不満げなリーティアに小さく唇を重ねた。
「……あのね、流石に今日は流されないから」
「げっ、まじか」
「当たり前でしょ! ほら前を向いて!! もう本当に時間がないんだから!!」
「うぅ……あんなに昔は初心だったのに」
「うるさいわよ。髪巻き込んで引きずり回すわよ」
「こわ……」
軽い叱責から再び髪を整え始める。寝起きの時と比べるとだいぶ寝癖が直りやっと見れるようになってきた。
「はぁぁ」
そして今度はリーティアがため息をつく番だった。
「どしたん?」
「明日からのことを思うと不安しかないなぁと思って」
「あー、それわかるわー。あ、いたっ、ちょ、髪、巻き込んでっ」
「どの口が言ってんのよ。どの口が」
「うー……いくらなんでも年頃の娘の髪を引っ張るのはひど」
意図的に髪を引っ張られたことに抗議するようにステラが振り向くと、また唇が重なった。
今度はリーティアから重ねる形だ。
「明日から一緒に住むんだから少しはしっかりしてもらうからね! まったく、私を巻き込んだんだから少しは責任取りなさいよ」
「はいはい。んふふ……」
「なによ、急に変な笑い方して」
「いやー、明日から同じ家で暮らすってなんだか不思議だなーって」
「それはこっちのセリフよ。まさか貴女とこんな関係──きゃあっ!?」
突然、ぶつかるようにステラが抱き着いてきたせいでそのままベッドに二人して倒れこむ。
「ちょっと!? 制服に皺がつくじゃない!!」
「別にいいじゃん。明日から街で一緒に暮らすんだし……そうだよ、せっかくだからリーティアも今日はさぼればいいんだ」
「は、はぁあ!? 何ふざけたことを、んんっ」
馬乗りになっていたステラは体を重ねて唇も落とす。僅かな抵抗は感じたものの次第に受け入れられて心の中でほくそ笑んだ。
「今日でこの学園と部屋ともサヨナラだしさ、最後に思い出くらい……作っていこうよ」
「ステラ……」
今までだって何度も行っていたことではあるが今日はまた特別な日。ステラはそのままゆっくりとリーティアに身を重ねて……
「フリーズ」
「おっ?」
その瞬間、まるで縄に縛られるようにステラの体を氷が拘束した。そして、そのままベッドの上に無造作に転がされる。
「あ、あれ……? ちょっと、リーティアさん?」
「貴女の性根には心底呆れましたわ。明日からは徹底的に矯正させて頂きます。言っときますけど、貴女を躾けるのは諦めてませんからね、わたくしは」
「えっと、口調が戻って……え、そういう流れだった???」
「貴女の言うそういう流れは明日からでけっこう。さ、私が卒業式の会場まで運んで差し上げますわ。今日ぐらいしっかりしてもらいますわよ」
そういうとリーティアはステラの首根っこを掴んで部屋から連れ出した。もちろん氷の魔法で拘束したまま。
「え、うそでしょ? このまま行く気!?」
「こうでもしないと貴女はだらしなすぎますからね。少しはその姿を晒して反省しなさい」
「い、いや、流石にこんな格好まずいって! ちょ、ごめ、ごめんなさーい!」
由緒ある貴族の学園の卒業式。しかし、その年の卒業式は波乱に包まれたのは言うまでもなかった……
このお話はそんな騒動を引き落とした二人の少女が出会い、様々な経験を通じて、やがては共に生涯を過ごすことになる。そんなお話。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
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