全社員の前で婚約者である御曹司から婚約破棄されたアラサーOLは、ライバル企業の若手社長に溺愛される
「ふふ」
「おや、随分ご機嫌だね千夏ちゃん」
「え? そう見えますか?」
「ああ、頬が搗きたてのお餅みたいにゆるんゆるんになってるよ」
「あはは」
今日も行きつけのバーである『ニャッポリート』で、マスターの和香子さんとの会話を楽しんでいる私。
どうやら私は無意識のうちにニヤけていたらしい。
でも、それも無理もないというもの。
「実は明日会社の創立30周年パーティーが社内であるんですけど、そこで遂に私、恭司の婚約者だってこと、全社員の前で発表されるんです」
「へえ、そうなんだ」
恭司は私の2個下の26歳で、イケメンなうえ何と我が社の御曹司。
私みたいな地味なアラサーOLがイケメン御曹司と結婚できるなんて、ティーンズラブ漫画もビックリのご都合主義に、未だに夢ではないかと疑う日々だ。
でも和香子さん曰く搗きたてのお餅みたいになっているらしい自分の頬をいくらつねっても、幸せな痛みしか感じない。
嗚呼、やっぱり夢じゃないんだ――。
私は今、人生の絶頂だった。
「……おめでとう、千夏ちゃん」
「? あ、ありがとうございます」
気のせいかな?
一瞬だけ和香子さんの顔に、影が差したような?
「おや、いらっしゃい」
その時だった。
サングラスをかけた、仕立ての良いスーツに身を包んだ男性が店内に入って来た。
男性は無言で半ば指定席になっているカウンター席の一番端に座る。
この人は最近ニャッポリートでよく見掛けるようになった人で、私は話したことは一度もないけど、常にサングラスをかけているので密かに『サングラスさん』と呼んでいる。
「いつものでいいかい?」
サングラスさんは和香子さんに無言で頷くと、文庫本を広げて読み始めた。
私はサングラスさんが声を発しているのを一度も聞いたことはないんだけど、どんな声をしてるんだろう?
「あっ、ヤバ、もうこんな時間。和香子さん、お会計お願いします」
「はいはい」
ニャッポリートは居心地がいいので、ついついいすぎてしまうのが玉に瑕だ。
「気を付けて帰ってね、千夏ちゃん」
「はい、ありがとうございます。それじゃまた。――?」
帰り際、サングラスさんが一瞬だけ私のほうを見ていた気がしたんだけど、気のせいかな?
――外に出ると、お酒で火照った身体に夜風が沁みる。
ふふ、明日が楽しみだなぁ。
「千夏、ただ今をもって、お前との婚約を破棄する!」
「――!!」
そして迎えた創立30周年パーティー。
宴もたけなわとなり、私たちの婚約発表はそろそろかとソワソワしていると、突然恭司が全社員の前でそんなことを宣言した。
……こ、婚約を……破棄。
今恭司……婚約を破棄するって言った?
そんな……ウソでしょ?
今日は私たちの婚約を、みんなに発表する日だったはずじゃない……。
ああそうか、これきっと夢だ。
リア充の私に神様が嫉妬して見せた、タチの悪い悪夢なんだ。
――が、自分の頬を思い切りつねってみても、絶望を告げる残酷な痛みしか感じなかった。
「ど、どういうことなの、恭司……」
会場がザワつく中、何とか声を絞り出す。
「どうもこうも、そのまんまの意味さ。一時の気の迷いでお前なんかと婚約しちまったけど、冷静に考えたら、年増で大して可愛くもないお前程度の女と結婚するのは、一度しかない人生がもったいないって気付いたんだ」
「――!」
耳垢をほじりながら何でもないことのようにそうサラッと言った恭司が、ベッドの上で何度も甘い言葉を囁いてくれた男と、とても同一人物には見えない……。
まるで退屈な映画を観ているみたいに、現実感がない。
「やっぱ未来の社長である俺の妻には、美鈴こそが相応しいぜ!」
「キャハハ、嬉しい、恭司くん!」
「……!」
新入社員の美鈴ちゃんが、豊かな胸を押し当てながら恭司に抱きついた。
「ゴメンなさーい千夏センパァイ。センパイの分も、私が恭司くんと幸せになりますからね!」
「……」
美鈴ちゃんは無邪気にピースを私に向けてくる。
嗚呼、そんな……。
確かに最近社内で恭司と美鈴ちゃんが楽しそうに話してるのはよく見てて、まさかと思うこともなくはなかったけど、二人のことは信じてたのに……!
……ううん、信じたかったのに。
こんなのって、あんまりだ――。
「そういうことだから、よろしくな、親父」
「フフ、お前は本当に、俺の若い頃にそっくりだな」
恭司のお父さんである社長が、顎を撫でながら鷹揚に頷く。
私のお義父さんになるはずだったその人は、私のことを一瞥し、鼻で笑った。
そして全社員に向けてこう言った――。
「さあ、若い二人の輝かしい未来を祝して、改めて乾杯しようじゃないか。カンパーイ」
「カンパーイ!」
「キャハハ、カンパーイ!」
「「「カ、カンパーイ」」」
私にチラチラと憐憫の籠った視線を投げてくれる同僚もいたが、社長からの圧には逆らえず、みんなたどたどしくもグラスを掲げた。
私は血が滲みそうなほど拳を握り締め、涙が零れるのを必死に堪えた。
「うぶぶ……! うぶぇ……! ぶええええええ……!!」
「よしよし」
ニャッポリートに着いて和香子さんに事情を説明した途端、堰を切ったように涙が止まらなくなった。
悔しい……!!
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……!!!
何であんな酷いことが平気でできるの……!?
あいつらは人間じゃない……!
人の皮を被った悪魔だわ……!!
「今日は私が奢るから、好きなだけ飲みな」
「ぶえええええん、和香子ざあああああん……!!」
和香子さんの優しさが、心に沁みる。
他にお客さんがいなくて、本当によかった。
こんなカッコ悪い姿、他の人には見せられないもの――。
「……千夏ちゃんには悪いけど、実を言うと、こうなる気はしてたんだ」
「――え」
和香子さん……?
それは、どういう――。
「おや、いらっしゃい」
その時だった。
一人のスーツの男性が店内に入って来た。
――それは他ならぬ、サングラスさんその人だった。
でも、いつもの落ち着いた雰囲気からは想像もできないくらい、全速力で走って来たんじゃないかというほどハアハア息を切らせていた。
サ、サングラスさん??
サングラスさんはツカツカといつもの指定席に腰を下ろすと、フウと一つ息を吐く。
そして――。
「すいません」
軽く手を上げて、和香子さんを呼んだ。
初めてサングラスさんの声を聞いたけど、低音でよく響く、うっとりするような甘い声をしていた。
あれ? でも待って。
この声、どこかで……。
「はいはい」
サングラスさんは注文を取りに来た和香子さんに、耳打ちで何かを伝えた。
「フフ、了解」
それを受けた和香子さんは、シェーカーにジンとライムジュースを入れ、小気味良い音を立てながら振る。
そして中身をカクテルグラスに注ぎ、私の前にコトリと置いた。
「前からこういうのやってみたかったんだよね。――あちらのお客様からです。ギムレットになります」
「――!」
和香子さんが私にウィンクを投げながら、サングラスさんのほうを示す。
サ、サングラスさんが、私に???
サングラスさんは気恥ずかしそうにはにかむと、おもむろにサングラスを外した――。
「……あっ、雄介!?」
「久しぶり、千夏」
何とサングラスさんの正体は、幼馴染の雄介だった。
子どもの頃からとても頭がよかった雄介は、東京の某有名大学に現役で合格。
地元の短大に進学した私は、それ以来雄介とは音信不通だったけど、まさかあの素朴な男子高校生だった雄介が、こんなにスーツの似合う、大人の男になってるなんて……。
「な、何だ、雄介も私に気付いてたなら、もっと前に話し掛けてくれたらよかったのに」
「うん、でも、千夏はとっくに俺のことなんか忘れてると思ってたからさ」
「もう、忘れるわけないじゃない! 子どもの頃は、毎日二人で遊んでたんだし」
私はギムレットを持って、雄介の隣の席に腰を下ろす。
「フフ、そうだな。千夏はゲームが下手な割には負けず嫌いだから、何度も対戦を挑まれて大変だったっけ」
「そ、それは!? 子どもだったんだからしょうがないでしょ!」
すっかり垢抜けて端正な顔立ちになった雄介も、笑うと子どもの頃の面影が見え隠れして、そのギャップに私の心臓はトクンと一つ跳ねた。
「雄介も地元に戻ってたんだね。仕事は何やってるの?」
「……うん、一応こんなことを」
「?」
雄介に差し出された名刺には、『株式会社サウザンドサマー 代表取締役社長 相葉雄介』と印字されていた。
えっ!!?
「サウザンドサマーって、あのサウザンドサマー!? しかも雄介が、しゃ、社長!?」
「ああ、まあね」
サウザンドサマーといえば、創立数年でうちの業界で最大手にまで伸し上がった、バケモノみたいな会社だ。
サウザンドサマーが出来るまでは最大手だった我が社にとっては、不倶戴天とも言える存在……。
その社長が、まさか雄介だったなんて……。
「……凄いね雄介は。私みたいな凡人とは、大違い」
同じ場所で同じ時間を過ごしてきたはずなのに、人間としてのあまりの格の違いに、心が沈む。
「いや、それは違うよ、千夏」
「え?」
雄介?
「俺も元々はただの凡人さ。――でも頑張れたのは、千夏がいたからなんだ」
「――!」
熱の籠った真剣な瞳を向けられて、私の脈拍が急速に上がる。
あわわわわ……!?
な、何で私、こんなにドキドキしてるんだろ??
「勉強くらいしか取り柄がなくて、いつも周りからガリ勉てバカにされてた俺を、千夏だけは『それだけ勉強に打ち込めるのは凄いことだ』って励ましてくれてただろ?」
「う、うん」
でも、それは私の本音を言っただけだし。
「その言葉で俺がどれだけ救われたか……。だから何とか千夏に恩返しがしたくて、その一心でここまでやってきたんだよ」
「雄介……!」
そんなに昔のことを……!
ふふ、子どもの頃から超がつくほど真面目だったけど、その辺は変わってないんだなぁ。
「ありがと。でも本当に私は大したことはしてないし――」
「いや、それじゃ俺の気が済まない。だから今こそ、あの頃の恩を返させてほしい。――今、辛いんだろ、千夏?」
「――!」
雄介はそっと、私の手に自分の手を重ねてきた。
子どもの頃はプニプニした女の子みたいな手だったのに、今は筋張った男の手になっている……。
私の心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。
はうっ!?
「な、何で雄介がそんなこと知ってるの!?」
「フフ、それは企業秘密」
雄介はパチリとニヒルにウィンクを投げてくる。
うっ……!
「……ゆ、雄介……! 雄介ぇ……!!」
雄介の優しさに思わず涙腺が決壊した私は、雄介の胸で子どもみたいにワンワンと泣いた。
雄介はそんな私の頭を、無言でいつまでもいつまでも撫でてくれた。
「やれやれ、お安くないね」
和香子さんはそんな私たちを、生暖かい目で見守ってくれていた。
――こうしてこの日以来、私と雄介は昔を取り戻すかのように二人の時間を重ねた。
子どもの頃によく二人で行った、動物園やバッティングセンターではしゃいだり、逆に子どもの頃は行けなかった、日本酒が美味しい焼き鳥屋さんで終電近くまで飲み明かしたりもした。
雄介のお陰で、恭司に深く抉られた心の傷は徐々に癒え、むしろ今では心の中は雄介のことだけでいっぱいになっていた――。
「なあ千夏。明日って千夏の誕生日だよな」
「え?」
そんなある日。
雄介と二人で夜景の綺麗なホテルのレストランで食事をしていると、おもむろに雄介がそんなことを訊いてきた。
「う、うん、よく覚えててくれたね」
「忘れるわけないじゃないか。他ならない、千夏の誕生日なんだから」
「そ、そっか」
真顔でサラッとそんなことを言うものだから、カッと熱くなる顔を隠すために思わず目を逸らした。
危ない危ない。
危うく勘違いしそうになるところだった。
あくまで雄介は律儀に子どもの頃のお礼をするために、私に優しくしてくれてるだけなんだから。
今や完全に雄介に対する恋心を自覚してしまった私には、その優しさは却って辛いものだった……。
「誕生日プレゼントは何が欲しい?」
「い、いや、マジでそんな気を遣わなくていいから!? 雄介がこうして側にいてくれることが、私にとっては一番のプレゼントだよ」
「――! もう、本当に千夏は……」
「?」
急に頬を赤く染めながら、目を逸らす雄介。
私何か変なこと言った??
「……わかった。そういうことなら、プレゼントの内容は俺に任せてもらうよ」
「うん、でも、マジで大したものじゃなくていいからね」
「フフ、まあ、それは明日のお楽しみってことで」
「――!」
雄介が頬杖をついて艶めかしい視線を投げてきたので、私は心の中で「ふおおおおおおおお!!!!」と大興奮しつつも、イベントスチルとして大切に保存したのであった。
「ん?」
そして迎えた誕生日当日。
出社して自分のパソコンを立ち上げると、全社員宛に11時から緊急集会が開かれる旨のメールが届いていた。
こんなこと初めてなので、周りの同僚たちも何事かとザワついている。
いったい何なんだろう?
「えー、今日はみんなに紹介したい方がいる」
社長が神妙な顔でそう言った。
私が恭司から婚約破棄された会場で、全社員が固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
雄介のお陰で大分心の傷は癒えたとはいえ、私にとってこの場所はトラウマそのものなので、未だに少しだけここにいると気分が悪くなる。
「誰なんだよ親父、紹介したい奴ってのはよ」
「キャハハ、まさか愛人とかー?」
「ハハ、あり得るな、親父ならよ!」
そんな私とは対照的に、恭司と美鈴ちゃんはいつもの軽口を叩いている。
ホントこの二人は、悪い意味でブレないな……。
「…………え」
が、社長に促されて室内に入って来た人物を見て、私は自分の目を疑った。
「みなさんどうもはじめまして。私はサウザンドサマー代表取締役社長の、相葉と申します」
――それは他ならない、雄介その人だったのである。
何で雄介がここに???
周りの女性社員が、「ヤダメッチャイケメンじゃない!?」と一斉に色めき立った。
「このたび弊社は御社を買収させていただくことになりましたので、今後みなさんは弊社の傘下で働いていただくことになります」
「「「っ!!?」」」
えーーー!?!?!?
ば、買収うううううう!?!?!?
た、確かにここ数年うちの会社は赤字続きで、よもや他社に買収されてしまうんじゃないかという噂もチラホラ流れてはいた。
だが、正常性バイアスとでも言うのだろうか。
誰もが心のどこかで、「多分うちは大丈夫だろう」と根拠もなく信じていた節があった。
でも、どうやら現実はそんなに甘くはなかったみたいだ……。
「ちょ、ちょっと待てよ親父ッ!!? この会社は、俺のものになるはずじゃなかったのかよッ!?」
「そうですよ社長ッ! 私もう友達に、将来は社長夫人になるって言っちゃったんですよッ!?」
正常性バイアスに毒されていたのは恭司と美鈴ちゃんも同じだったみたいで、まだ現実が受け止めきれないのか、子どもみたいに社長に縋っている。
「……諦めろ。今まで好きにやってきた、ツケが回ってきたんだ」
「「――!!」」
が、社長は色を失った瞳で、虚空を見つめている。
「そういうことです。ですがみなさんご安心ください。我が社の傘下に入っていただく以上は、抜本的に経営を見直し、数年以内に必ずや営業利益をV字回復させることをお約束いたします」
「「「――!!」」」
雄介が頼りがいのある顔でハッキリとそう宣言したことで、不安の色に包まれていた会場の空気が一転して華やいだ。
中には早くも「相葉社長、一生ついていきますッ!」と忠誠を誓っている女性社員までいる。
やっぱり雄介は凄いな……。
こんな凄い人、私にはとても釣り合わないよ……。
「ただし、そのためには徹底して無駄を省くことが必須になります。――立場に胡坐をかいて怠惰な仕事しかしていない人物には、然るべく処置を施すつもりですので、そのおつもりで」
「「「――!!」」」
雄介は恭司と美鈴ちゃんに氷のような視線を向けながら、そう言った。
「ク、クソオオオオオオオオオ!!!!」
「イヤアアアアアアアアアアア!!!!」
二人はその場に頽れた。
……うん、これは所謂、自業自得ってやつなんだろうな。
「それではここで、私からみなさんにどうしても紹介したい人物がいます」
「?」
雄介?
紹介したい人物、って?
「――千夏、こっちに来てもらえる?」
「――!!」
わ、私???
雄介からの突然の指名に、戸惑いつつもおずおずと前に出る。
社員たちからの視線が痛い……。
「あ、あの、私にどんな御用でしょうか、しゃ、社長」
「フフ、そんなにかしこまらないでよ。俺と千夏の仲じゃないか」
「っ!?」
たった今まで威厳ある佇まいだった雄介が、急に幼馴染の雰囲気に戻ったのでむせそうになる。
女性社員たちから、「俺と千夏の仲ですってッ!!!」と悲鳴が上がる。
「お誕生日おめでとう、千夏。これ、受け取ってくれないかな?」
「……え」
いつになく真剣な表情で差し出されたリングケースを雄介が開けると、そこには眩いばかりの光を放つダイヤモンドの指輪が――。
こ、これは――!?
「一応給料三ヶ月分の婚約指輪を用意したよ。――どうか俺と、結婚してくれないかな」
「――!!!」
えーーー!?!?!?
わ、私が雄介と、けけけけけ、結婚ーーー!?!?!?
「――子どもの頃からずっと好きだった。今の会社も、千夏に相応しい男になりたくて立ち上げたんだ。だからどうか、俺の想いに応えてほしい」
「――!」
雄介……!
嗚呼、雄介雄介雄介雄介……!!
そんな、これは夢じゃないよね?
多分また搗きたてのお餅みたいになっているだろう自分の頬をいくらつねっても、幸せが無限に溢れ出てくるだけだった。
「はい、こんな私でよければ。――私も、雄介のことが大好き」
「――! 千夏ッ! 俺も千夏が大好きだッ!」
「きゃっ!?」
その場でギュッと雄介に抱きしめられた。
ふおおおおおおおお!?!?!?
その瞬間、会場にワッと歓声が上がり、万雷の拍手が私と雄介を包んだ。
嗚呼、今やっと諸々の謎が解けた。
多分この中にも、雄介の息のかかった社員がいるんだ。
だから私が恭司から婚約破棄されたことも、すぐに雄介の耳に入ったんだろう。
ひょっとしたら和香子さんも雄介から事情を聞いていたから、私が婚約破棄された時も「こうなる気はしてた」なんて言ったのかも……。
「な、なあ千夏、俺が悪かった! だからもう一度だけ、俺とやり直してくれないか!?」
「――!」
この期に及んで恭司がそんなことを言ってきた。
「ちょっと恭司くん!? 私だけを一生愛してくれるって約束はどうなったの!?」
「うるせぇッ! お前みてぇな乳しか能がない女、ハナからいずれ捨てるつもりだったんだよッ!」
「そんな……! 酷いよ恭司くんッ!」
醜く言い争う二人に、私は笑顔でこう答える。
「安心して美鈴ちゃん、こんなゴミみたいな男、今更微塵も興味ないから」
「千夏!? 俺を捨てないでくれよ、千夏ゥ!!」
子どもみたいに泣きじゃくる恭司を無視して、雄介に向き合う。
「雄介、この指輪、雄介が私に嵌めてくれる?」
「ああ、もちろん」
とても怖くて値段は訊けない絢爛な指輪を、雄介に左手の薬指に嵌められながら、私は早く雄介とのことを和香子さんに報告しに行きたいなと思っていた。
2022年11月15日にマッグガーデン様より発売の、『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック②』に拙作、『コミュ症悪役令嬢は婚約破棄されても言い返せない』が収録されております。
もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)