8 ラヴァル家の騎士
私は怖い雰囲気を作る練習をしたり(こういうととても頭が悪そうだが)、領主になるための勉強をしたりしつつ、時間を過ごしていた。
ある日私が屋敷の中を歩いていたときだ。
くすんだ金髪の騎士が一人廊下を歩いてくる。
私の近くまで来ると彼は声をかけてきた。
「こんにちは。アデライードお嬢様」
私は戸惑いながら返事をする。
「えっと、ごきげんようですわ」
私は彼に見覚えがあるようなないような、その程度だった。おそらく我が家門の騎士であることは間違いないはずだが。
「それにしてもめでたいですね」
彼はにやけた顔と軽薄な声で言った。
「え。何が、ですの?」
「マルク氏とご結婚なさるのでしょう?」
なんと不愉快なことをいうのか。マルクといえばあの蛇のような印象の中年男性だ。
私は不快さを隠さずにいった。
「……どこでそのような間違った話をお聞きなったのです?」
騎士は大げさにびっくりしたという顔を作った。
「ご結婚なされないのですか?」
「なぜ私が彼と結婚しなければならないのですの? お父様以上に年が離れておりますのに」
騎士が鼻で笑う、
「お嬢様は貴族でしょう? 貴族たるもの、家門を維持するためには婚姻は必要ですよね? 違いますか?」
「それはいつかはそうかもしれませんわ。でも相手は彼ではありませんの」
騎士は馬鹿にするような顔をした。
「ご存じではないようなので、教えてあげますが。適切な配偶者を選ばなければ、家門は衰退していくだけですよ」
「その適切な配偶者というのがあの男ですの? あなた目がお腐り遊ばされているのではなくて?」
私がいうと、彼は下品に舌打ちをする。
「こちらは常識的なことしかいってないんですがねえ? あなたのお父君が亡くなった今、家門を維持するためには新たな力が必要でしょう? ねえ、違いますか?」
「それはその通りですね。ですから私は性急に力をつけなければなりません」
騎士は嘲笑を隠すこともせずにいう。
「女性が?」
不愉快な、相手を見下す声だ。
「そんなことができるわけないでしょう? 一般的に言って女性なんて何もできませんよ。感情的で判断力がなく、いつも余計なことしかできない」
私は言われっぱなしではいられず、返す。
「主のことをそのようにいうなんて、あなた騎士ではなく盗賊か何かでなくて?」
騎士は威圧するように強く床を蹴る。
「無礼な。私は一般的な話をしただけで、お嬢様のことをいっているわけではないのに」
「何と言いましたの? 女性が感情的で判断力がない? そんなことはありませんわ。ですが、あなたこそ感情的で判断力もないようですわね? そういうのなんというかおわかりです? 自己紹介っていうんですのよ」
騎士はイラっとした感情を顔に出した。
「後悔するぞ。マルク氏は大変な力を持っているんだぞ?」
「出てきたセリフがそれですの。三下悪役としては高得点ですわね」
「おまえ……!」
「だいたい、誰の許可をとってこの屋敷に入ってきたんですの?」
私がそういうと騎士は少し余裕を取り戻した様子を見せる。
「は。メイド長から呼ばれてきたんだよ。ここの警備の相談だとさ。俺が勝手に入ってきたんじゃなくて残念でしたね? お嬢様」
言葉も崩れている。
本当に盗賊のような男だと私は思った。
しかし買収された騎士が我が物顔で屋敷を歩いているとは。
おそらくメイド長とやらもグルである可能性が高い。
私は内心でため息をついた。
――この男をこのままにしておいては、なめられてしまいますわね。他の騎士も、私の力をないと思い、買収になびく可能性もありますわ。
――私を気弱なお嬢様だと思っていたかしら。おあいにく様。
「だれか!」
と私は声を張り上げて呼んだ。
「お、おまえ、何を!?」
騎士は戸惑う声を出す。反抗されるなんて思いもしなかったのだろう。
すぐに幾人かの騎士がやってくる。
一番早くやってきたのは、長い前髪で目を隠した警備の兵士だった。
――あの兵士、ちゃんと目が見えてるんですの?
「どうかされましたか。お嬢様」
「この者が私に無礼を働きましたの。しばらく牢へ閉じ込めておいでくださいな」
すると兵士は素早い動きで騎士を取り押さえる。他の兵士と連携して、騎士を拘束した。
「俺にこんな真似してただで済むと思っているのか!? 後悔するぞ!!」
私は冷たい声で言いました。
「後悔? そんなの、もうしないつもりですの。後悔しないために、不穏分子を捕らえただけですわ」
「後悔しても遅いからな! あの方が実権を握ったら、お前も、お前の弟もただじゃおかねえ!」
ルイを?
私は兵士に拘束され、地面に押し倒されている騎士に近づく。
騎士の前髪を手で握って、ひっぱりあげる。
「ぐっ」
「あなたこそ、あまり馬鹿にしないでくださいますか? ねえ、何と言いましたの?」
騎士の頭を床にたたきつける。
「がっ」
私は静かにゆっくりいう。
「弟に何かしたら私はあなたを殺しますわ」
騎士の頭を持ち上げて目を見つめていう。
「あなたの家族も殺しますわ」
冷たく感情の乗らない声がでていた。
「雇い主もその家族もすべて火にくべてみせますわ」
騎士は額に汗を浮かべ、私を見つめていた。
「みなさん、お聞きになりましたわね? この騎士は私を脅迫いたしました。牢に閉じ込めておきなさい」
兵士は「はっ」と短く告げて、騎士を連れていった。
それにしても、やっぱり屋敷に裏切り者が多いですわね。
今集まってくれた兵士たちの顔は覚えておかなきゃ。彼はおそらく信頼できそうね。
あとは、マッテオに言って、メイド長の周辺も洗ってもらわなきゃ。
やることがたくさんありますわねえ。
私はそう思って、深いため息をついた。