6 かわいい弟
私は、私の敵にとっての悪魔になると決意した。
この家と弟を守るためにはそうしなければならない。
家督を狙う人間を一人ひとり倒していくには、ラヴァル家の体力が足りない。すでに裏切り者は潜んでいるし、資金面も心もとない。
もはやラヴァル家は蝕まれているのだ。
ならば、敵が歯向かわないようにしなければならない。
歯向かう気もおきなくするために、私は、悪魔になるのだ。
私はそのあとすぐにマッテオと、侯爵家の主人になる算段について話すことにした。
私は病み上がりということで、ベッドに腰かけたまま口を開いた。
「マッテオ。この国の法では、12歳に家督相続は不可能ですわね?」
「ええ。そうなっておりますな」
それはそうだろう。ふつうに考えて、12歳に政務ができるとは考えられない。
たしかこの国の法16歳からだったはずだ。それでも十分に早いのだけど。
「私の家督相続について考えたのだけれど……」
と、私が言うとマッテオが返す。彼もそのことについて考えていたようだ。
「後見人を立てる必要がありますな。後見人さえいれば、16歳以下でも家督の相続が可能です」
「そうね」
そこまでは考えることは同じだった。
マッテオは難しい顔でいう。
「信用できる大人をつれてくるしかないのですが、親族の方々は信用できませんし。契約書を作り、いくばくかの金で雇うのがよろしいかと」
そこに私は疑問を投げる。
「そんなことする必要あるかしら? お金で転ぶような人がこちらを裏切らない保証は?」
「それは、ありません。ですが魔法契約で強く縛れば、可能ではないかと思います」
たしかに魔法契約もなしではないだろう。
「もう一度言うわ。そんなことする必要あるかしら?」
「しかし、お嬢様の年齢では――」
家督の相続はできない、という言葉をさえぎって私は言った。
「あなたがいるじゃない」
マッテオは彼にしては珍しく虚をつかれたような顔をする。
「は?」
「マッテオ。あなたがいるじゃないの。あなたが私の後見人ですわ」
私はそう言いながら肩に乗った髪を手で払った。
「よろしいのですか?」
「ふふ。よろしいも何も、あなた以上に信頼できる人なんてどこにもいませんわ」
「では、魔法契約の準備を――」
そう聞いて私は鼻をならす。
「必要ありませんわ」
「ですが」
「くどい、ですわ」
私がいうとマッテオは少し眉根を寄せていう。
「お嬢様。それは甘さです。上に立つのであれば、甘さを捨ててください。私が裏切ることはないとお思いなのでしょうな? 確かに私に裏切るつもりなどありません。しかし、このような判断を繰り返せば、それはどこかで崩れます。甘さをお捨てなさい」
私はマッテオを睨みつけながらいう。
「これだけは譲れませんわ。あなたは何があっても裏切らない」
私の視線とマッテオの視線が鋭くぶつかり、火花すら散ったような気がする。
しばらくして。
「…………は。そうであればお嬢様。このマッテオ。全身全霊を以って、お嬢様を後見いたしましょう」
マッテオが深く頭を下げた。
「ええ。よろしくお願いするわ」
私はマッテオに微笑んだ。
すると、扉がノックされた。
「お入りなさい」と声をかけるとそこにいたのは、メイドのアンナであった。
彼女が「失礼します」と頭を下げる。
すると、ぱたぱたと足音を立てて、弟のルイが入ってきた。
「ねえさま。もうだいじょうぶ?」
そういって近づいてきたルイの頭をなでる。
「ええ。もう平気ですわ。心配かけて、ごめんなさいね」
そこで私はルイが手に木の棒のようなものを持っていることに気付いた。
おもちゃの木剣だ。
ルイは少し私から離れると、その木剣を振り回した。
「みて、みて。ねえさま! ぼくはもう騎士の一人だよ!」
そういうルイに微笑ましさを覚えた。
「そうですわね。ルイは、立派な騎士ですわね」
ルイは「うん!」と嬉しそうにうなずいて。
「これでねえさまを、守るんだ!」
ルイは、私を守ってくれるつもりでしたのね。
つい、泣きそうになってしまう。
そんな弟を置いて私は、自殺しようとした。
私は首を横に振った。
こんなことじゃ、いけませんわね。
もっと。もっともっともっと、強くならないと。
学ぶこともたくさんある。
時間が足らない――そう思った。