48 vsフェルナンド 1
明るく優雅な月夜のパーティは、一変して闇夜の戦場へと変わっていた。
先ほどまでは月明かりが庭園を照らしていた。美しいシルクのドレスやベルベットのタキシードを着た貴族たちが、華やかな音楽の中で踊っていた。
しかし今は炎の激しい赤で庭園は染められている。豪華な料理が用意されていたテーブルは今や炎の海と化している。
かつてエレガントなワインの香りを運んでいた風は、焼け焦げる木材と煙の匂いを運ぶだけだった。
フェルナンドは懐から短剣を取り出す。
この不吉な男は闇ギルド『黒鴉の巣』のマスターであり、原作『トワロマ』の主役の一人だった。
彼は凄腕の短剣術、暗殺術、そして少しの闇魔法を扱いこなす、屋内戦闘のエキスパートだった。
「俺の妹のために、アデライード嬢、あなたには死んでもらいます」
燃え盛る炎の音の中で、冷たい声が響く。
――追い詰めすぎてしまいましたわね。
さすがに、帝宮でこのような暴挙に出るなんて想像できなかった。
マッテオもヴォルフも、ルイのために捜索に出してしまったことが仇となったのだ。
そこで不意に腕が引っ張られた。
私をかばうようにガブリエル皇子が前に出る。
「アデライード嬢。私の後ろに」
ガブリエル皇子の銀髪は月明かりを反射して白く輝いている。細身に思えたガブリエル皇子の背中は、その後ろにかばわれてみると意外なほどに大きく見えた。
美しく気高さを感じさせるたたずまいだった。
対照的に、フェルナンドの姿は醜悪さを露わにしていた。
彼の邪気に満ちた美しい顔は月光の下で陰影を深くし、手に握られていたナイフは悪意を滲ませている。
彼の存在は、見た瞬間に彼がこの災厄の源であることが理解できてしまうほどだ。
「なぜですか? ガブリエル皇子。そこの娘は、もはや爵位を継げるかどうかすらわからない侯爵令嬢です。あなたの身と比べたら、爪の先ひとつほどの価値もない。なぜ、そんな女を守ろうとするのです?」
「さてね」
「はぐらかすのですか?」
「それが自分でもわからないんだ。でも、私はこうしたいと思っている。それでは不足かな?」
フェルナンドは舌打ちをする。
私はそのフェルナンドに声をかけた。
「引いてくれませんか? あなたの目的はわかっていますわ」
私は無理だろうと想いながら、尋ねてみる。
「妹さんの病気を治すためでしょう」
「…………なぜ、知っている」
フェルナンドは低く鋭い声で言った。
「ラヴァルには、大けがや難病すらも治したという伝承があるのですわ。それ目当てでしょう?」
それはアデライードが頭痛とともに思い出した原作知識だった。
フェルナンド・ダークウッドは自らと妹以外を人間だと思っていない。そして妹を救うために治療法を探しているのだ。
そして、妹の友達になった原作主人公を手助けしてくれる。
そういう人間だった。
最終的にはラヴァルを滅ぼすために、主人公をそそのかし、大きな戦いを始めるのだ。
「知っているのですか。それは想定外だがありがたい展開ですね。殺すのはやめておきましょう――代わりに、四肢を切り落とし、知っていることを全部吐いてもらうとしましょうか」
「残念ですわね。そういう伝承があるという話を知っているだけですわ」
「ふむ……」
「そこで、私と取引をしません?」
「一応内容を聞きましょう」
「私は治療法を調べますわ。だからあなた、降参してくださらない?」
私が言うとフェルナンドは鼻で笑った。
「信じられるわけがないでしょう? 俺はあなたの弟を人質にとった。あなたは俺の妹を人質にとった。なら、信じられるわけがない」
「ですわよねー……」
私だって信じられない。魔法契約でがちがちに縛って、自分の配下に置くでもしない限り信じられないのだ。
それはフェルナンドも同様だった。
――それにしても、目の前のフェルナンドと私って似ていますわね。
彼は妹のためにすべてを利用する悪だ。
彼は自分と妹以外を人間としてみない。価値を認めない。すべてを利用して、潰してでも、自分と妹を救おうとする。
そして私は自分と弟と家門のためにすべてを利用する悪になろうとしていた。
ただ一点違うのは、私はそれ以外の人も守りたいということ。
マッテオやアンナを守り、ヴォルフもロランも、領民の人たちも、そのすべてを守りたい。
だから、悪魔になるのだ。
守るために。
だが、まだ悪魔には程遠い。
力が足りない。




