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狂犬令嬢は悪魔になって救われたい~婚約破棄された令嬢に皇子様が迫ってくるけど、家門のほうが大事です~【完結です!】  作者: もちぱん太郎


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ガブリエル・ルイス・ダ・シルバ 4

 ガブリエル皇子は帝宮のパーティ会場に来るのが遅れていた。

 それは高位の貴族と、国防に対しての重要な会談があったからだった。


 まだ若いとはいえ、ガブリエル皇子の才能は群を抜いていた。

 そのため彼の意見は重宝されることがあった。

 ゆえに、重要な会議に呼ばれることもある。


 そこで、くだらないプライドのために、最善手を打ちたくないという貴族がいた。


 ガブリエル皇子は――なんて愚かなのか――と思った。


 その貴族が理解できなかった。


 貴族として、または帝家として生まれたのであれば、その生命は国家のために使われるべきだ。

 我々は国家安寧のための装置であるべきだ。


 そして余裕があるときだけ、自分の楽しみを追求すればいい。


 だけど、そこまで強い感情を抱けることを、ほんのちょっとだけ羨ましく思った。


 急いで会談をまとめあげ、パーティ会場へと向かった。


 到着すると、一人視線を集めている少女がいた。

 アデライードだった。


 神秘的な雰囲気をまとう黒いドレス。美しく精巧な金の刺繍。


 彼女はまるで深い深い夜の、星空――その中にたたずむ女神のようだった。


 今夜このパーティは――否――今夜、この世界のすべては、彼女の美しさをたたえるために存在している。

 そんなふうにすら思えた。


 彼女は様々な貴族令息に言い寄られ、優雅にそれを断っていた。


 ガブリエル皇子のアデライードへ向けた感情は複雑だった。

 その大半は好意ではあるが、羨望や嫉妬なども含まれていた。


 アデライードの挑戦的な様子は魅力的だった。

 評判や世間の目を恐れずに、ただひたすら自分の信念に従う勇敢さを持っていた。

 彼女の姿は、ガブリエル皇子の目には眩しく輝くように映った。


――俺とは、全然違う。


 ガブリエル皇子は帝家として常に評価や立場に気を使い、目には見えない束縛をされながら前へ進んできた。

 アデライードのような、自由で勇敢な精神を持つことができたら――と、この国の誰にも憧れられる皇子は思っていた。


 アデライードへの気持ちが、恋なのか、愛なのか、何なのか判断がつかない。

 彼女のことを考えると胸が熱くなるような、初めて覚える感情がよぎる。


 彼女が言い寄られるたびに、焦りのような気持ちが生まれた。


 そして求婚を断るたびに胸をなでおろすような安心感を覚えた。


 彼女をずっと見ていたいと思う。

 それには婚約するのがいい――もしガブリエル皇子が立場のない一般貴族であれば。


――だけど、俺は、好きに婚約する自由などない。


 ガブリエル皇子は帝家として生まれた。その役割と責任がある。

 国家の利益を第一にしなければならない。


 隣国の姫と婚約をして、国の外と結びつきを強める。

 または自国の高位貴族の娘と結婚をして国内を安定させる。


 そういったことが、帝家としての自分の役割だった。


 だから自分がどんなにアデライードに好意を抱いていたとしても、結ばれてはならないのだ。


――それを十分すぎるほどに俺はわかっている。


 だから婚約を申し込まれるアデライードを黙ってみていた。

 それは諦めでもあったし、アデライードなら自分でなんとかするだろうという信頼でもあった。


――俺がここでアデライード嬢にダンスを申し込むことなどあってはならない。


 アデライードに受け入れられなければ、自分自身の帝家としての価値が下がり、自分の婚約の価値もまた下がる。

 それは他国の姫に、または自国の高位貴族に高く売れないということだ。


 受け入れられてしまってもまた困る。

 アデライードは現在自国の領土だけで手一杯であり、他の貴族へのコネクションもない。

 ましてや派閥なども持っていない。国のためにならない。帝家として、してはならない。

 特に受け入れられた後婚約破棄などする事態になれば最悪だ。今まで自分を律し、帝家であろうと努力してきたことのすべてが水泡に帰す。


 だからガブリエル皇子はアデライードが婚約を申し込まれる様を、何もできずに見ていた。


 元婚約者であるヘンリーがアデライードに無礼な求婚をしたときは、斬って捨ててやりたいとすら思った。

 だがアデライードは自分自身の知恵により、軽く退けた。


 やはり、素晴らしい女性だ。

 悪を持って悪を征すという類の手段だけではなく、貴族として正しい方法ですら戦える。


――俺の気持ちは……彼女の力になりたい、彼女を近くで見ていたいという願い……それはおこがましいものですらあったのかもしれない。


 ガブリエル皇子は、優雅にヘンリーを追い払ったアデライードを見て俯いた。


――きっと、彼女であれば自分ですべてを打ち払えるだろう。


 なぜだかはわからないが、そう思うと心が痛むような気持ちになった。


――アデライード嬢。俺は陰ながら君を応援していよう。


 アデライードに背を向け、去ろうとした。

 そのとき、陰気で不吉な、しかし美しい男の姿が目に入った。

 フェルナンド・ダークウッドだ。


 アデライードはフェルナンドと何かを小声で話していた。


 そして、フェルナンドが言った。


「では俺と踊っていただけますか? アデライード嬢」


 ガブリエル皇子は、そのときのアデライードの瞳を揺らめきを見た。


 困惑、恐怖、様々な感情が混ざっているように思えた。

 アデライードの頬に汗が伝っている。

 呼吸が早くなっており、隠しているようだが手がわずかに震えていた。


「さあ。早く手を取ってください。アデライード嬢」


 そしてアデライードが、彼に向かって手を伸ばす。


 目の前の情景が、ガブリエル皇子の中で時間を止めているようだった。


 彼女の追い詰められた姿、その横に佇むフェルナンドの得意そうな表情。

 全てがガブリエル皇子の頭の中でゆっくりと融合していく。


 彼女がその手を取ると、どれだけの事が変わるのか。

 きっと、アデライードは閉ざされた運命に押し込まれる。

 自分はただ見ているだけで何もできない。

 その現実が、ガブリエル皇子の心を苦しみで満たした。


 他人のダンスへの誘いを邪魔してはならない。

 それは当然の教養だった。

 邪魔する理由もない。


――俺は帝家で、捨ててはならない矜持がある。


 今フェルナンドの邪魔できる人間は、自分の評判を気にしないような、捨てる物のない者だ。

 加えて彼女に想いを寄せるものだ。


 自分は帝家であり、捨てられないものは山ほどにある。

 ここでアデライードに手を伸ばすということは、今まで積み重ねたものを崩す行為だ。

 生まれたときから、一日たりとも気を抜かずに帝家としてふさわしい行動をしてきた。

 今したい行動は何一つ利益にならない。


 彼女に本当に想いを寄せているかどうかすら、わからない。


 だが目の前で、アデライードがフェルナンドに追い詰められていることに、不快感を覚える。


――アデライード嬢が、フェルナンドに敗北するということは、ただ彼女の力が足りなかった。それだけのことだ。


 今彼女を救いに行くべきではない。


 それをガブリエル皇子の今までの人生すべてが証明していた。


――今までずっと帝家として積み重ねてきた。


 だから――。






――今この時、この一瞬だけくらい、捨ててもいいだろう?






――たとえそれが、どのような結果をもたらしても。






 ガブリエル皇子は口を開く。


「ちょっと待ってくれないかな」


 鋭い声を出した。

 足を踏み出す。


――もし、この状況に置かれたのがアデライードであるなら、こんな迷いは抱かないかもしれない。


 評判や世間の目を気にして迷ってしまった自分を恥ずかしく思った。

 もしかしたらこの行動を後悔する日が来るかもしれない。

 だが、今このときは、動き出せた自分を誇らしく感じる。


――俺は彼女に少しでも近づけているだろうか。


 アデライードのすぐ近くまで歩み寄り、片膝をつく。

 初めて女性に膝をついた自分を笑ってしまいそうになる。


 ずっと馬鹿にしてきた。


 自分のすべきことを、一時の感情だけですべて崩してしまう人たちを。

 そんな気持ちなど捨ててしまえばいいのにと。


「アデライード嬢。あなたに焦がれるこの哀れな私と踊ってはいただけませんか?」


 そして、彼女の顔を見る。


「アデライード。君のしたいように。断ってくれてもいいし、形だけのダンスでも構わない。しばらく婚約者ということにして、あとで破棄しても構わない」


 ガブリエル皇子は、それがなんでもないことだと示して見せるために、軽い調子を演じて片目を閉じた。


――なんて俺は愚かなことをしているんだ。


 跪いたままガブリエル皇子はアデライードを見上げた。

 彼女の存在が世界を一変させ、かつての自分を崩壊させていく。

 今、その彼女を救うために、自身が一瞬でかつてのすべてを捨ててしまう。

 その意味があるのか、あるいは無意味なのかすら、自分にはわからない。


 それでも、ガブリエル皇子は彼女を救うために動いてしまう。

 なぜなら、その行動が彼自身の内面から湧き上がってきたものだからだ。

 初めて感じたほどの強い情動だった。


 彼女を救う、それはただの一瞬かもしれない。

 しかし、その一瞬が、彼自身にとって何よりも価値あるものになるのだと彼は感じていた。


――この一瞬だけでも、彼女を救えるなら。


 今までとこれからの、自分の帝家としての評判に傷をつけてしまう行動をしてしまった。

 愚かな行動だ。


 だが後悔など微塵もない。


 ガブリエル皇子は、そんな愚かな自分が――今までよりほんのちょっとだけ好きになった気がした。

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