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狂犬令嬢は悪魔になって救われたい~婚約破棄された令嬢に皇子様が迫ってくるけど、家門のほうが大事です~【完結です!】  作者: もちぱん太郎


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47 銀の貴公子

遅くなってごめんなさい……!

 アデライードはフェルナンドにダンスを申し込まれた。

 このダンスを受ければ婚約は成立し、後々に弟は殺されるだろう。

 アデライードはどうなるかはわからないが、弟のルイが殺されるというだけでも認められなかった。


 しかし、断るわけにもいかない。


 私の頬を汗が伝う。

 この庭園の明かりが暑く感じた。

 庭園に鳴り響く音楽が、遠い場所でなっているようにも思った。


 周囲に生い茂る庭園の草木すら、不安を誘う。


 目の前にいるフェルナンドは、整った――しかし無機質で虫のようにすら思える表情で言う。

「さあ。早く手を取ってください。アデライード嬢」


 もう、引き延ばせない。

 この手をとるしかない。

 間違いなく、爵位継承をしてもこの男に実権をとられてしまうだろう。

 まだ幼い人間、しかも女が爵位を得ることに対して、抵抗感の強い人間は多いはずだ。


 もうここまでか。

 ルイは、マッテオに頼んでどこか遠くに逃がすしかない。それも、この後殺されずにルイが帰ってくればの話だが。


 私はフェルナンドに手を伸ばす――。


 ざわめいた周囲が、しん――と静まった。


 そこに――。


「ちょっと待ってくれないかな」


 静寂を切り裂くよう声が響き渡った。


 私が、フェルナンドが、パーティの参加者たちがそちらを見た。


 ガブリエル皇子の姿があった。


   ◆  ◆  ◆


 会場中が、ガブリエル皇子を見た。


 彼の美しさは、なんとも言葉にし難い魔性の魅力を放っていた。その姿はまるで夜明け前の星空のように、神秘的な存在感があった。

 皇子の銀色の髪は夜空を反射する月明かりのように輝いている。

 それはまるで繊細な精霊が紡いだ絹のように滑らかで、深い静けさと冷たさを感じさせる。

 銀の流れる川のようににも見え、その美しさは誰もが息を呑むほどだった。


 彼の瞳は深紅の宝石ですらあった。それが決意の色を浮かべ、燃えているように感じられる。瞳の赤色はまるで炎が蠢いているかのように鮮やかだ。

 それに見つめられたものは、自ら目をそらせないかもしれない。

 人の心を掴み二度と離さない。そんな特別で強力な引力を持っている。


 彼の姿は優雅さと力強さを兼ね備えていた。その立ち振る舞いからは高貴さと威厳が滲み出ている。

 純白のシルクの衣装は彼の細身の体型を際立たせ、その身のこなしの良さを際立てていた。

 また、純金で飾られた細工の入ったベルトは彼の地位を示すかのように、輝きを放っている。


 誰もが、息をすることも忘れ、彼に目を奪われていた。


「ガブリエル、皇子だ……」

 誰かが呟いたその声は、会場中に響いたようにすら感じられた。


 ガブリエル皇子は一歩、また一歩と、ゆっくりと私の方へと進んでくる。

 その動きは優雅で、まるで空中を滑るようだ。

 彼の視線がアデライードに向けられ、その口元が微かに上がった時、周囲の空気が一変する。

 彼が求めるのはただ一人、アデライードだけだという事実を周囲が認識したのだ。


「アデライード嬢。あなたに焦がれるこの哀れな私と踊ってはいただけませんか?」


 そういってガブリエル皇子が片膝をつき、アデライードに手を伸ばす。


 会場中は心で理解した。

 この世界のすべてに、太陽に星に空に月に海に、一身に祝福を受けたようなこの皇子すらも恋に落ちてしまう存在がアデライードなのだと。


 アデライードは跪くガブリエル皇子に近づいた。


 パーティ会場の主役はアデライードになっていた。


 会場が、彼女の一挙手一投足を見守っていた。


   ◆  ◆  ◆


 私はタイミングよく現れてくれたガブリエル皇子に感謝しながら、頭痛を抑えていた。

 近づいて彼にだけ聞こえるように話しかける。


「どーしたらいいんですのこの空気」


「アデライード。君のしたいように。断ってくれてもいいし、形だけのダンスでも構わない。しばらく婚約者ということにして、あとで破棄しても構わない」

 ガブリエル皇子は私に向かって片目を閉じた。


 私は断ろうとした。

 横目で、フェルナンドを見ると彼は私をにらみ殺せそうな形相でみていた。

 しかし、すぐに元の無機質な顔に戻る。

 そして口を開く。


「いいんですね。アデライード嬢。君の弟は――」


 離れた場所で、ざわめきが聞こえた。

「待て! ここは今パーティをしている!」

 そんな声だ。


「通して! 通してください!」

 どこかで聞いた声だった。


――ロラン?

 それは、帝都で拾った孤児で、見習い騎士にした少年の声だった。


「お嬢様! マッテオさんが、対象を見つけました! 確保しました!」

 ロランは警備の騎士に取り押さえられながら叫んだ。


 私はロランが必死になって届けてくれた情報に、内心で快哉をあげた。


「ガブリエル皇子、本当にありがとう存じましたわ」

 おかげで時間が稼げた。


「君のためになったのなら嬉しいよ。けど、私のこの手はいつまで出せばいいのかな」

 ふざけるようにガブリエル皇子がいった。


「……本当に、ありがとう存じます。でも私は家門のほうが大事ですの」


「それは残念だ」とガブリエル皇子が言う。


 フェルナンドが冷たい声を出した。


「そうですか。あなたは、弟さんがどうでもいいと、そういうことですか」


「家門のほうが大事ですので。でも、死んでもらっても心が痛みますわ」


「では家族を失って後悔してください」


「ああその前に、フェルナンドさん。私もね? あなたの妹を人質にとっちゃいました。お相子ですね?」

 実際どのように人質にとったのか、詳細は私にはわからない。だが、ロランがマッテオの使いとして現れたなら、それは私にとって絶対だった。


 フェルナンドはその顔色を大きく変えた。


「な、なんですって……?」


「さあ、どうしましょうか。フェルナンドさん」


「妹に何かしたら――あなたの弟の命は絶対に消します」


「それはこちらも同じですわ」


 私とフェルナンドがにらみ合う。


「……お互い、動けない。そういうことですか」


「いいえ? あなたのほうがご家族を大事にしていらっしゃいますよね?」

 そう。私は原作の『トワロマ』をプレイしたから知っている。

 この男フェルナンドが妹を大事にしていることを。

 そして、妹以外は人とは見ず、非常に悪辣なことをしていることを。


 だが! 絶対に私のほうが弟を大事にしている。

 嘘とはいえ、ルイを大事にしていないということを口出すことで心が痛んだ。


「降参してくださいません?」


「そちらこそ降参し、俺の妹を開放しませんか? 今ならまだ許してあげますよ」


「ではお互い家族とさようならですわね」


「……お前」


 するとフェルナンドが手を動かした。

 それはハンドサインのように見えた。

 視界の端で、パーティに参加していたはずの男たちがあわただしく動いた。

 何か液体をばらまき、そこに照明のろうそくで火をつけた。


 突如、会場から悲鳴があがった。

 焦げた匂いがする。


 会場のあちこちからすぐに火の手が上がった。

 ここは屋外ではあるが、植物が非常に多い。椅子やクロスの惹かれたテーブルなど、燃えるものはあちこちにあった。


 フェルナンドの手の者が火をつけたのだろう。

 周囲の貴族たちは我先にと、逃げていく。


 そんな中で私とフェルナンドはにらみ合う。


「ここであなたを殺せばいいだけの話です」


 フェルナンドはそう言った。


「あなたを殺せば、あなたの弟の価値が跳ね上がります。おいそれと、俺の妹に手は出せなくなります」


 月よりも明るい炎が燃え盛るパーティ会場で、フェルナンドの狂気が目に映る。

 彼の視線は燃え上がる憎しみと冷たい決意で満たされ、それが私に向けられている。


 彼の妹が私の手中にあるという事実、そして自身の計画が私によって阻まれた現実に対する怒りと絶望が彼を変貌させていた。


 その狂気的な表情は、彼が自分の目的を達成するためには何でもするという危険な覚悟を強く示していた。


 私の心はそれを見て、冷たい戦慄が走った。

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