パーティにたまたまきていた男爵家の少年
少年は運命を探しに来た。
少年は男爵家のまだ令息だった。
新進気鋭の騎士の一族であり、少年の兄が功績を立てたので今夜のパーティに一緒についてくることになった。
こんな上等なパーティに来ることは初めてだった。
だから少年は今日をとても楽しみにしていたのだ。
実家である男爵家は兄が継ぐことが決まっている。
そのため少年は、新たな人生を探し求めていたのだ。
パーティには華やかな姿をした人々が多く、少年は気恥ずかしさを感じていた。
だが、武力と教育では負けていないはずと自分を奮い立たせる。
そしてパーティに到着してからしばらくすると、会場がざわめいた。
少年は何かと思ってざわめきの中心を見た。
そこには女神がいた。
黒いドレスをまとった女性だ。
周りのざわめきで、彼女の名前がアデライード・ド・ラヴァルであることを知る。
少年がこの夜を想像したとき、思い描いたのは美しい白や薄いピンクのドレスを身につけた若い女性たちだった。
そういう女性たちも、このパーティには多くいた。
だから少年が初めてアデライードの姿を見たときは驚いた。
彼女が着ていたのが深夜の空を思わせる黒いドレスだったからだ。
黒をベースに金の刺繍が入っている。
黒というのは喪服や儀礼服の色であり、舞踏会では普通ではなかった。
しかし少年がアデライードから目が離せなかった。
そして、その色がなんとも絶妙に彼女の魅力を引き立てていることに気づいた。
そのドレスはアデライードの美しい金髪を強調し、淡い肌をより明るく見せていた。
アデライードの紅く輝く神秘的な瞳を際立たせ、夜空の美しさと同時に、紅い妖しい魅力を放っていた。
周囲からは「このような場に黒いドレスなんて、場をわきまえてない」などという声も聞こえた。
それを聞いたとき少年は心底哀れに感じてしまった。
美しいものを見る素養がないのかもしれない。
少年は惹きつけられ、気が付けば声をかけていた。
男爵家を継げないからとか、婿入り先を探すとか、そんなことは一切考えなかった。
「や、やあ。初めまして。そ、そのとても、お綺麗ですね」
声をかけた後で、恥ずかしくなってくる。こんな自分が声をかけていいのかと考えた。
しかし同時に、今声をかけなければ一生後悔するかもしれないとも思った。
アデライードは柔らかく、しかし芯の強さを感じさせる雰囲気で言った。
「ありがとう存じますわ」
勇気を振り絞って、声を出す。
「よ、よろしければ僕と踊ってくれませんか!?」
声が裏返っていたような気がする。
恥ずかしい。
アデライードはそんな少年にも丁寧に一礼をして返してくれた。
「申し訳ございませんが、もう少し、後で踊る予定なのですわ。ごめんなさいね」
そして少年の初恋ははかなく散った。
その様子を見ていただろう兄が、たった今振られたことには何も触れずに話しかけてくれた。
兄のやさしさが胸にしみた。
少年が話しかけたのを皮切りに、数々の貴族令息たちが彼女に声をかけていく。
しかしアデライードはそのすべてをやんわりと断っていく。
彼女の振る舞いは優雅であると同時に毅然としており、その様子はあるで『マリエラ物語』の主人公のようだと思った。
そして彼女が使用人とぶつかってしまい、ワインが服にかかってしまったときに、少年はさらにアデライードに引き寄せられた。
アデライードは慌てず、周りを心配させないように微笑みながら自分で拭き取った。そして、謝る使用人に『気にしないでいいわ』と言っていた。
その行動も『マリエラ物語』の主人公マリエラのように思えた。
だからきっと、アデライードもマリエラのように自分の運命の相手を探していると少年は確信した。
そしてそこに、ヘンリーという公爵令息が現れた。
もしかして彼こそが、彼女の運命の相手なのだろうか? と思った。
しかしそれはすぐに破られた。




