45 たった一人の帝宮パーティ
私はメイドのアンナと二人で皇宮のパーティ会場までやってきた。
しかしメイドのアンナは従者の控室のような場所に連れていかれてしまった。
皇宮のパーティだけあって、使用人は中へと入れないのだ。
マッテオもアンナもヴォルフもいない。
そのことに心細さを覚えた。
私が皇宮の広大な庭園へと足を踏み入れると、すでにそこは華やかなパーティ会場と化していた。
柔らかな照明が夜空の星々と共に会場全体を幻想的に照らしている。
高級なランタンと、一部には特別に設置された照明設備が、ゲストたちのドレスやタキシードを美しく引き立てていた。
遠くからは楽団の音楽が流れてきて、その音に合わせてゲストたちは笑顔で踊っている。
待機所では従者たちがシャンパンや美味しそうな料理を運んでいて、その様子を見ているだけでも非日常感が感じられた。
パーティの本格的な開始は、主催者である皇帝か皇宮の高官からのスピーチとなる。
この日のために特設された小高いステージに、皇帝がゆっくりと登場する。
彼の姿が会場に現れると、会話や音楽が一瞬静まり、全員がその方向に視線を向ける。
皇帝は微笑みながら手に持ったシャンパンのグラスを高く掲げ、声を響かせる。
「今宵、この素晴らしい夜に皆様と共に過ごせること、心より嬉しく思う。私の国民、そして友人たちが幸せと繁栄を享受することが私の最大の願いです。それでは今宵は心ゆくまでお楽しみください」
彼の言葉が会場に響きわたると、ゲストたちは感動した顔でグラスを高く掲げて応える。
皇帝のスピーチが終わると、再び音楽が始まり、会場全体が賑やかさを取り戻す。
私は自分の頬が緊張で引き締まるのを感じながら、この夜が始まったことを改めて実感した。
そして、私は金刺繍入りの黒いドレスの裾をなびかせて、堂々とパーティ会場に足を踏み入れていった。
すると周りがざわめいた。
多くの人が私のほうを見ていた。
後ろに何かあるのかしら? と思って背後を振り向くが、特に変わったものはない。
「なんて美しいのかしら……。あの少女は?」
という声が漏れ聞こえる。
いったい誰の話をしているのかしら。
「あのドレス、まるで夜空をそのまま切り取ってドレスにしたみたいに、美しいわ……」
「このような場に黒いドレスなんて、場をわきまえてない」
どうやら、私の話のようだった。
「だけど、あの少女と絶妙に組み合わさって、とても高貴できれいに見えるな」
「思い出した。あれは確か、ラヴァル侯の息女の……」
「しかしラヴァル侯は亡くなったはずでは?」
「爵位継承のために来ているって噂ですよ」
そのような声を私は気にしないふりをして、会場の中へと進んでいく。
すると、最初は遠巻きに見ていた一人の貴族令息が近づいてきた。
年のころはまだ少年だ。
「や、やあ。初めまして。そ、そのとても、お綺麗ですね」
「ありがとう存じますわ」
「よ、よろしければ僕と踊ってくれませんか!?」
どう見ても純朴な貴族の少年だ。この人がフェルナンドの手の者とは到底思えない。
踊ってしまって、「勘違いした」とフェルナンドに意趣返しになるかな、と一瞬思ったが、やめた。
どう考えてもろくな結果にはならない。
「申し訳ございませんが、もう少し、後で踊る予定なのですわ。ごめんなさいね」
そういって一礼して断る。
すると、次に若くてハンサムな男性が声をかけてきた。
私はにっこりと笑みを浮かべて彼の申し出を断った。
「申し訳ありませんが、今夜は楽しむためにきましたので、まだ踊りは控えさせていただきますわ」
その言葉に、男性は少し驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに笑う。
「理解しました。またの機会を楽しみにしています」
なぜ自分がこんなに声をかけられているのか、私は疑問だった。
しかし、通りすがりに聞いた言葉で疑問は氷解した。
「あの子、すごい人気だな。たしかにきれいだけど」
「ああ。あれか。あのラヴァル家の娘らしいぜ。彼女と結婚したらもれなく領地と爵位がついてくるって話だよ」
「マジか? じゃあ俺も声かけてみようかな」
「やめとけって。さっきの様子を見たろ。お前じゃ相手にされないって」
なるほど。それは確かに優良物件ですわね。
その後も、他の令息たちがアデライードに次々と声をかけてきたが、彼女は皆に同じ答えを返した。
その様子を見た貴族たちは、アデライードが踊りを断っている理由を推測し始めた。
「もしかして、彼女は理想の相手を待っているのかもしれない」
「ああ、まるで『マリエラ』のようだ」
その話題で会場は賑わいを見せた。
『マリエラ』はこの世界で有名なシンデレラストーリーだった。
――へえ、今の私はそんなふうに見えるんですのね。
そこへ、陰気な声が聞こえた。
「アデライードさん。君の元婚約者のヘンリーをつれてきました。彼と踊ってください。いいですね?」
驚いて振り返る。
すると、そこにはフェルナンド・ダークウッドがいた。
相変わらず不吉な雰囲気を周囲にばらまいている。
「……ヘンリーですの?」
「ええ。元婚約者ですし、問題はないでしょう? それにどうやら今あなたは、この会場の主役のようだ」
フェルナンドは特殊な話し方をしているのか、闇魔法を使っているのか、周囲は彼の声に何も反応をしない。
「……そうみたいですわね」
「誰もが、君が誰と踊るのか楽しみにしていますよ。『マリエラ物語』になぞらえてるようですね。この状況で踊れば、誰しもが認める婚約者です」
「そうみたいですわね……。でも私、あの人嫌いなんですのよね」
「弟がどうなってもいいというなら、どうぞご自由に」
ルイ……。
私はあまりの怒りに歯ぎしりをしそうになってしまう。だが、それを無理やり抑える。
もし私がルイのことを大事だと伝えてしまえば、どこまで利用されるかわからない。
利用されてルイが帰ってくるならまだいい。
しかし、結局ルイは邪魔になる。
だから消されるだろう。
この男と分かり合うことは不可能だ。
だから、どうでもいいように思わせなければならない。
「弟? そういえば、いなくなっていましたわね」
――ごめん。ルイ。
まるでどうでもいいことのように話すのが、つらかった。
「なんですって?」
「それより私は自分の家門のほうが大事ですわ」
フェルナンドが何かを言おうとしたところで、声がした。
「さ、どいてくれ。どいてくれないか?」
それは聞き覚えのある声だった。
元婚約者ヘンリーだった。




