5 悪魔になる日
「はっ!?」
目が覚める。
照明の光が目を焼くかのように眩しい。
あったま、いたいですわ……!?
額に不愉快な感触を感じる。
巻かれている何かをはぎ取った。
包帯だ。
消毒液のにおい。それに交じり、花の匂い。
ここは、どこ?
天蓋付きの、いわゆるお姫様ベッド。
「あれ。私の部屋ですの?」
「いや、私の部屋ではない?」
いや、私の部屋はもっと簡素なベッドだったはず。ソファとベッドとパソコンがあるのがせいぜいなシンプルな――え?
「ぱそ、こん?」
意味不明な文字列。
世界のどこにも存在しないはずのもの。
何かおかしな記憶が自分の中にある。
流れ込んできた、というより、思い出した、が近い。
もしかして、前世の記憶、ですの――?
私は痛む身体で立ち上がり、鏡を見た。
どこかで見たことのある姿。
ああ。
アデライード・ド・ラヴァル。
ああ……。
金髪、赤いつり目の美少女。
見覚えがある。
それは――。
とあるゲームの登場人物だ。
もしかしてここは、乙女戦略SRPGトワイライトロマンス~無垢な乙女と悪の蜜月~の世界ですの!?
戦略SRPG要素が乙女にあまり受けず大して売れなかったあの!
攻略キャラが悪役ばかりというあの!!
ちなみに私は大好きでしたわ!!!
「まじ、ちょーびっくりですわぁ……」
でも、おかしい。
アデライード・ド・ラヴァル。は恐ろしい悪役令嬢のはずだった。なのに記憶の中の自分は、気弱な令嬢。間違っても悪役なんかになりそうな様子はない。
「……もしかして、前世の影響……?」
考えてみれば幼稚園の自分と、アデライードの幼少期はかぶるところがある。
「なーるほど……。ここ、マジでトワロマの世界っぽいですわねぇ」
地名などなど思い当たることはたくさんある。
そんで、なによりやべーのは、この世界マジキチ男がいっぱいいることなんですわよね……。
「こわぁ~、戸ずまりすとこ、ですわ」
さらに言えば、今の状況はとってもよくない。
お父様が亡くなった。そのことを想うと、胸の奥がしくしく痛む。
この時期のラヴァル家は家督相続の争いがおこる。
前に現れたようなハイエナのような男がごろんごろんいるのだ。
それらとの戦いによってアデライードは悪役令嬢として目覚めた設定だったはず。
私は大きく息を吐く。
「もー、悪い男なんてこりごりですわ」
悪い男のせいで死んで。来世では悪い男パラダイスに送られる? いくら好きなゲームとはいえ御免被る。
頭の中で状況を整理する。
現在使えるコマは、私アデライード。三歳の弟。執事長マッテオ。使用人と、騎士団。
だけど細かいことはストーリーでやっていなかったけど、騎士団は裏切り者がいっぱいだったはずだ。
あとは敵に親族連中。頼れる親族は何もなく、ほぼすべての親族がお父様の死肉をあさりに来るはず。
「ラヴァル家の血統かなり終わってますわね。私も悪役令嬢として華を咲かせますし」
私は額を抑えながらいう。
「こーれは、結構詰んでませんこと?」
そこで私はマッテオの『狂犬になりなさい』という言葉を思い出す。
あ~。そーゆーことね?
完全に理解した。
「私が、私こそが! 悪くて強い女になるしかないですわね」
そうだ。気弱に生きていても何もいいことなどない。
これからの人生、開き直るのだ!
だいたい気弱なアデライードにいいことがあったか? ない。そもそも彼女は、弟を市井に送る覚悟があるのなら、自分もいけばよかったのだ。自分だけ死んでも誰も喜ばない。
いきますわよぉ~!
「おーっほっほっほっほっほ!」
私が決意の高笑いをあげていると、ドアが強く開かれた。
マッテオだ。
「お嬢様! お目覚めですか!」
このおじいさん、最近ドア強く開き過ぎじゃね? と私は思ったのだった。
「お嬢様! お目覚めですか!」
あわただしくマッテオは部屋の中に入ってきた。
「……マッテオ」
彼は沈痛な顔をしてアデライードを見た。
「あれから三日たっております。お嬢様がお目覚めになって何よりです」
私はマッテオの顔を見た。
そして告げる。
「私、狂犬にはなりませんわ」
「ええ。申し訳ありません。まだ幼いお嬢様に無茶をいったものです。よろしい、このマッテオ、市井にてお二人のお世話をいたしましょう。なあに、お二人を立派な大人にすることくら――――」
「マッテオ。ちょっとお待ちになって」
「は?」
「私は、狂犬にはなりませんわ」
「ええ」
「それでは、足りませんの。足りませんのよマッテオ」
「……お嬢様?」
「狂った犬っころ一匹どころになんてなりません。悪になりますの。この領で誰よりも恐れられる悪魔に」
マッテオは目をぱちくりとさせた。
「お嬢様」
「そういうことでしょう? 狂犬には触れたくない。そう思わせろってことですわね?」
「ええ。そのつもりでいいました」
すぐに噛みつき、何をするか判らない狂った女。であれば、下手に利用しようなどとすれば何をされるかわからない。だからみんなが遠巻きになるようにしろ。マッテオはそう言っていたと解釈したのだ。
しかし、触れたものを傷つける程度ではまだ足りない。恐れが足りない。傷を恐れず懐に手を伸ばされれば、犬は叩き潰され、宝は奪われる。
それであれば。
「触れるもの全てを破滅させる悪魔になってみせますわ」
私は窓を開け放ちながら言った。
風が吹き、金の髪がたなびく。
晴れた空を見上げながら私は決意を固める。
「……お嬢様」
あの叔父のような存在がいくらでもいる。
ならば、一人ひとり相手をしていても意味などない。
一人断れたとして、次の一人がやってくるだけだ。
であるなら。
まずあの一人を叩き潰そう。
残虐に、凄惨に。
誰もがああはなりたくないと恐れを抱くように。
どうせ相手は悪人ですわ。
私は悪人にとって――私の敵にとっての悪魔となってみせますわ。
だから皆様ごきげんよう。
私を、この私を。
アデライード・ド・ラヴァルを恐れなさい。